守りたい 第二部


□第48話
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雨の中を、走る。
蔵馬と優梨は、二人で走る。
風が強まり、横から打ちつける天の雫は差している傘を役立たずに変え、二人の服はべたべただ。
それでも走った。幽助の家に。

「まだ降るのかな?」

「いや、雲が薄いから明日には止むだろう」

「そっか……」

魔界の穴が広がりきるまで、あと一週間と聞かされた。
二人が霊界に行った時コエンマは何も言っていなかったから、帰った後に発覚したのだろう。

「秀ちゃん、服……おば様に怒られない?」

「誤魔化すのは慣れてるから。それに最近は母さんも、あまりそういうこと気にしなくなったんだよ」

学校をサボり、怪我が増え、家を空ける機会も増えた。嘘を吐いて危険に身を置き、それで何も気づかれていないとは……思っていない。
仮にも母親だ。それに志保利は見た目よりずっと鋭い。
出会ったばかりの頃、優梨の性格もよく見抜いていた。

「じゃあおば様、秀ちゃんがこういうことしてるって気づいてるの?」

「確信めいたものではないだろうが……多分、薄々とは」

さすがに息子が半分妖怪だ、などとは思っていないだろう。
が、それでも"何か"を感じ取っている。
それはきっと、ここ数ヶ月のことだ。優梨と出逢い、幽助と出逢い、忘れかけていた霊妖の血が騒ぎ始めた頃。
いや、あるいはもっと正確に。
志保利は、自分の命が助かったのが誰のおかげなのか……それも気づいているのかもしれない。
だから退院した後も優梨を家に招待しろと蔵馬をそそのかしたり、勝手に学校を休んでも何も言わなくなった。
彼女を救うことは当たり前だと思っていた蔵馬は、志保利の懐の深さを改めて思い知らされたものだ。

「だったら、色々問題が片付いたら親孝行しないとね」

「親孝行、か……」

まったくその通りだ。
少々くすぐったい言葉だが、どこか心地良い。

「前にも言ったでしょ? 『大事に出来る内に大事にしてね』って」

優梨の言葉は、経験に基づくものだ。自分と澪華のようになってはやはり寂しいから、と。
すれ違って別離し、澪華の死後ようやく分かり合えた二人。そんな彼女を見てきた蔵馬は、その気遣いを素直に受け入れた。

「そうだね。せっかく新しい父親も出来ることだし。たまにはのんびり旅行にでも行ってもらおうかな」

「いいね〜、新婚旅行かぁ」

雨粒滴る顔を向けて、蔵馬に笑い掛ける優梨。
ちらちらと街灯の灯りが濡れた白い肌を際立たせるせいか、やけに艶めかしく見えた。



「……ちょっと、羨ましいな」

信号待ちで足を止めた時、優梨は何気なく呟いた。

「なにが?」

「ほら、私の周りってお祖母さまや叔母さま、それにばぁちゃんでしょ? 憧れるんだよね、"お父さん"って」

言われて蔵馬はそういえば、と思う。
幽助も母親手ひとつで育てられ、父親は顔もあまり覚えていないと言っていた。幻海も独り身だし、涼司も"父親"と呼ぶには若すぎる。
優梨の男に対する警戒心が薄いのも、もしかしたらそのせいなのかもしれない。

「どんな感覚なのかな?」

青に変わった信号を見やり、速度を緩めて道路を渡りながらも父親談義は続いた。

「男と女じゃ、感じ方が違うと思うよ」

「またソレ? そんなに差があるもんかな?」

「優梨は、もう少し"男"というものを知った方がいい」

「私が知りたいのは"父親"なの。それをみんなして"男"だ"女"だって……」

どいつもこいつも似たようなことばかり言いやがる。
口にはしないが、優梨は内心で毒づいた。
大体、生物学的なもの以外に何が違うというのか。
体力? 精神力? 考え方?
そんなの男女でなく、個々に差があるものだ。
だとすれば……なんだろう?

「ねぇ秀ちゃん。男の人って、普段どんなこと考えてるの?」

「…………」

蔵馬は無言で思う。

それをオレに聞くのか。
ついさっき、キミを押し倒してしまいそうになったこのオレに?
これだから彼女は危ないんだ。
こんな風だからこっちも堪えるのが大変なんだ。
そんな苦労を、もう少し考えてもらいたい。
今だってそうだ。
髪も服もびしょ濡れで、出来るだけ直視しないようにしていたのに……そんなにまじまじと見てこないでくれ。

「よくわかんないんだよね。幽助も、昔と比べてなんかたまによそよそしいし。それに……」

『それに…』
その後は、続かない。
だが蔵馬は分かっている。
きっと、例の男のことを考えているのだと。

その男に何を言われたんだ?
それとも既に何かされたのか?
そもそもどういう関係なんだ?
そいつのことを……どう思っているんだ?

聞きたくて。
けれど聞けなくて……
蔵馬は曖昧なことばかりを適当に並べた。
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