守りたい 第二部
□第46話
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神谷との戦いの翌日は、皆それぞれ通常通り登校していた。
霊界が空間の歪みを再解析することになった為、待機の指示が出されたのだ。
「神谷の奴、知ってたのよ。魔界の穴が開いたら自分自身も危険だって」
「じゃあ、それを承知の上でこんな事やってるんだ?」
授業が終わり教室を出た優梨と愛実は、並んで歩きながら昨日の出来事についてお互いが見聞きしたことを報告し合う。
「わっかんないなぁ……魔界ってそんなに良い所なのかな?」
「私が知るわけないじゃない。っていうか、そういう問題でも無いし」
魔界へ行きたがるのは本人の勝手だ。ただ問題なのは、それに人間全てを巻き込もうとしていることなのだ。
「他の六人も知ってるのかな?」
「一人が知ってて他が知らない、ってことは無いんじゃないかしら。これだけの大掛かりな事件だもの」
神谷は、首謀者ではなかった。
"敵"の中の一人に過ぎない。
彼と同等以上の情報を持っている者は、必ずいる筈だ。
「ねぇ優梨。私……身を退いた方がいいのかしら?」
「どしたの、急に?」
「もしかしたら足手まといかな、って思って」
虫寄市で、大凶病院で、自分は逃げることしか出来なかった。その上あろうことか、優梨が身を守る為に貸してくれたブレスレットを壊してしまった。
これ以上迷惑は掛けられない。
愛実が昨日からずっと考えていた事だ。
「怖い?」
「そうじゃないけど……」
「だったら、居てほしいな」
優梨は迷い無く言う。
愛実にはわからなかった。そこまで必要とされる要素が、自分にあるとは思えないのだ。
「私ね、嬉しかったよ。こういうことに首突っ込んでる自分を、愛実が受け入れてくれて」
霊力の事を知って。エリカの事を知って。武術会の事を知って。それでも愛実は、変わらず友人でいてくれた。
「愛実に見捨てられたら私、おしまいだよ」
「大袈裟ね。今更じゃない」
言って、愛実は理解する。
そう、今更なのだ。
それは優梨にとっても同じ。
「戦えなくたってやれることはあるよ。現に螢子ちゃんのこと、守ってくれたじゃん」
「あれは一緒に逃げ回っただけでしょ」
「でも幽助は感謝してたよ」
昨日。
病院から離れた後、落ち着いた頃合いを見計らって幽助は愛実に礼を述べた。
『螢子のこと、あんがとな』
実は優梨が知らないだけで、そこには二重の意味が込められていた。
彼女を神谷から庇ったことと、自分との関係にフォローを入れたこと。
どちらも今の幽助に必要で、幽助自身には出来なかったことなのだ。
「足手まといなんてとんでもない。むしろ愛実で良かったと思ってるよ」
それがウソや誤魔化しでないことを、愛実は知っている。
目を見れば、わかるから。
「……ありがとう」
だからこそ思った。
自分に出来るやり方で、この親友を支えていこうと。
「私、部活に顔出して行くけど……優梨はどうする?」
下駄箱で靴を履き替え、つま先をトントン地に当てながら愛実が優梨に尋ねる。
これから休むこと前提で、今の内にやれる事はやっておかねばならない。
中等部時代に部長を務めていたこともあり、一年生でありながら愛実の部での役割は大きいのだ。
一方、面倒事が苦手な帰宅部の優梨はその点の心配は無い。
ただ、別の心配事はある。
「御飯……どうしようかなぁ」
「ごはん? 自分の……じゃ、なさそうね」
「ん……知り合いがね、あんまり食べてなさそうでずっと気になってるんだけど」
「会いに行けばいいじゃない?」
「それが出来なくて困ってるんだよ〜!」
ゴチン、と優梨は下駄箱に額をぶつける。
『汚いからやめなさい』と咎められた。
「なんで会うのがダメなのよ?」
「だって……」
「会いづらい理由でもあるの?」
「う〜〜」
「告白でもされた?」
「…………」
「……本ッ当〜〜にわかりやすいわね」
「……ほっといて」
はぁ、と愛実はひとつ溜め息を吐いた。
素直なのかそうでないのか、優梨の性格は今一つ掴みづらい。
それが周囲を翻弄し、多くの男を惑わしていることに本人が気付いていないから、タチが悪いと言われるのだろう。
「でも珍しいわね、すぐに断らないなんて」
「だって……」
下駄箱から離した顔は、心なしか赤く見えた。
まんざらでもないらしい。
「好きなの? その人が」
「……わかんない」
これまた珍しい答えだ。
いつもなら『知らない人だし』とか『フツーに友達でいいじゃん』とか言うのに。