守りたい 第二部
□第41話
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「ヒマだよなぁ」
「平和ってコトじゃねーか」
浦飯幽助十四歳、中三。
平和な日々が退屈だった。
今は桑原や彼の舎弟達と共に、恒例の居残り勉強中だ。
「ンな事より、雪菜さんどうしてっかな〜」
「山だから涼しいだろ。案外快適なんじゃね?」
「ばぁさんと二人っきりで寂しがってねぇかな〜」
「たまに優梨と電話で話してるみてぇだし、それなりにやってんだろ」
「オレにもサプライズで連絡くれねぇかな〜」
「『和真さんとお話する事なんてありませ〜ん。私は優梨さん一筋で〜す』」
「くぉら、浦飯ぃ!! いちいち余計なツッコミ入れんな!」
ガタン、と椅子から立ち上がり桑原は幽助に抗議する。
しかし幽助は意にも介さない。
ぴらぴらと手を振りながらそれをあしらう。
「実際そうだろ。お前にゃ高嶺の花だって、諦めろ諦めろ」
「なにを〜〜!!」
取っ組み合いでも始めんばかりの二人の間に、桐島・沢村・大久保の三人が割って入る。
「まあまあ、桑原さん落ち着いて!」
「〜〜アンタもいらんこと言わないで、おとなしく教科書とにらめっこしとけって!」
「……じょーだん……」
幽助は、先日優梨が夕飯を食べに来た時の事を引きずっている。だから非常に機嫌がよろしくない。
「くそッ、面白くねぇ!」
ガンッ、と何の罪もない机を蹴り飛ばす。それを耳ざとく聞きつけた幼なじみがタイミング良く、あるいは悪く、教室に入ってきた。
「ちょっと何やってんのよ幽助!? 備品は大事に扱いなさい!」
「……うるっせぇな」
螢子の顔を見て、余計に思い出す。温子の言葉が頭の中でリフレインした。
『中途半端な事して傷つくのが誰か……』
『アンタがいつまでもフラフラしてたら』
耳が痛い。
これは、罪悪感なのだろうか。
自分が一番大事な女は彼女じゃないのだ。それなのに、付かず離れずの曖昧な関係をずっと続けている。
螢子には、感謝してる。
こんなロクデナシに愛想を尽かすことなく、よく気に掛けてくれた。
危険に巻き込んでも、責め立てることはしなかった。
武術会にも駆けつけてくれた。
そもそも、生き返れたのだって彼女のおかげだ。
それなのに……
自分はなんという恩知らずなのだろう。
幽助が蹴飛ばした机の位置を直し、螢子はそれを間に彼の正面に立つ。なにやら、いつもと違う感じがした。
「何か……あったの?」
「何でもねぇって」
ぐ、と幽助は唇を噛みしめる。
螢子の好意が、痛かった。この辺りで言っておくべきなのかもしれない。
「……お前、もういちいちオレに構うな」
「なによ、急に」
「言葉通りだろ。幼なじみだからって別にそこまですることねぇし。……それに……」
『オレは、
お前の気持ちには応えられないから』
――その一言が、出てこない。
「『それに』? ……なんなのよ?」
「……なんでも。あ〜……そろそろぼたんのヤツ来るかもな」
昼休みにお決まりのように制服で潜り込んだ彼女は『話が長くなるから放課後また来る』と言っていた。
多分、指令だろう。面倒だが、やらないわけにもいかない。
「オレ、今日は帰るわ」
席を立った幽助は鞄を取る。
ぬいぐるみのフリをしていたプーが、ぶらん、と揺れた。
「もう、またそんなこと言って! せっかく進級出来たのに留年したいの?」
「しゃーねぇだろ、仕事だ仕事。おい桑原、行くぞ」
「は!? オレもかよ?」
「優梨に会えば雪菜の近況が聞けるぞ」
単純な桑原は、この言葉にガバッと立ち上がる。
「うぉ〜そうだ! 雪菜さぁん!」
尋常ならざる速さで筆記用具を片し、幽助を差し置いて教室を飛び出す。
グループのリーダーである彼のそのはしゃぎように、舎弟達は目が点になった。
「桑原さん、相当惚れ込んでるな」
「どんな子なんだ? その"ユキナさん"って」
「あ? まぁ……顔は可愛いぜ。月とスッポン、美女と野獣」
「そこまで言うかよ……」
身も蓋もない答えを返し、幽助もまた教室を出ようとする。
「……優梨さんに、会うの?」
螢子が不安げに尋ねた。
何を気にしているのか、そのくらいは察している。
「そりゃ……助手だし」
わかっている。こういう言い方がダメなのだと。これが螢子を迷わせているのだ。
だから今日こそは、と幽助は鞄を持つ手に力を込めた。
「アイツは……オレが守ってやる、って決めたから」
「約束……したから?」
それもある。
いや、初めはまさにそうだった。
しかし今は……
「それだけじゃねぇ。オレが、そうしたいんだ」
ズキリ、と螢子は胸に痛みを覚える。
真摯な瞳。幽助は、本気だ。
「……そう」
だから螢子は、それしか言えなかった。