守りたい 第三部
□第75話
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北神を説得すること二日、更に国境を跨いでの移動に三日。計五日という時間を掛けて、一行はようやく癌陀羅付近までやって来た。
岩壁の上から、幽助が叫ぶ。
「黄泉ィィーー! 聞こえっかコラァーーー!! 今から行くから、お茶用意して待ってろォーーー!!」
「ついでにお茶菓子があったら嬉しいでーーす!!」
「雛、ようかん好きぃぃぃーー!!」
続いて声を張り上げたのは優梨と雛だ。なんとも緊張感の無い同行者たちに、北神一人が頭を抱えていた。
「……頭痛がしますよ」
深い森を分け入って歩きながら、苦労性のNO.2はそう呟く。優梨は申し訳なく思う反面、微笑ましくもあった。
「幽助を王に迎えるつもりなら、これくらいは慣れてください」
野生児のような二人が張り切って先行している為、彼と一対一で会話が交わされる。
「何を仕出かすか予測しづらいから、心配なら常時見張ってないとですよ」
「先が思いやられますよ全く……あの怪しい荷物もイヤな予感がしますし」
「なんか幽助の部屋からガリガリ音が鳴ってましたよ。お土産に手彫りの置物でも作ってたりして」
「"紅鮭くわえた熊"……ですか?」
「詳しいですね」
「これでも人間界のことは、いろいろ調べ済みですから」
調査のベクトルが間違っている気がしないでもないが、そこにはあえて触れずにおく。生真面目故の直球ぶりが妙に可愛げを感じさせた。
「貴女には、出来れば国で待機していて頂きたかったのですがね」
「それはムリな相談です。王様自ら敵地に飛び込むのに、待つだけなんて性に合わない」
暗黒武術会の時だってそうだった。
その身を案じながら無事を祈る、などというしおらしさは持ち合わせていないのだ。
「『幽助は私が守る』って、あの時決めたんですから」
「しかし、今の貴女では……」
「それはわかってます」
今の優梨の実力は、黄泉はおろか幽助本人にさえ遠く及ばない。
「それでも、やるんです」
やれる事はある。きっと。
そう信じたから、彼の元を訪れたのだ。
「そういうあなたは、どうなんです?」
「私……ですか?」
尋ねられた北神は、目を丸くしている。
「北神さんにとっての本来の主君は雷禅パパですよね。その息子、ってだけで幽助を次の王と認めちゃって良かったんですか?」
「そうですね……最初は確かに迷いもありましたよ」
「正直ですね」
いや……思えば彼は、初めから取り繕うといった事はしなかった。黒呼の家に押し掛けて来た時も『幽助の実力は自分より劣る』と、『そんな力量の猫の手でも借りたい』と、そうはっきり言ってのけたのだ。
「本当のところを申し上げますと、今でも不安はあるのです。しかし一年という短い時間の中で、急速に彼の人柄に惹かれていく自分がいるのもまた事実」
「つまり、今はまだ試用期間だと?」
「そういった表現が正しいかは判断致しかねますが……」
北神は幽助の背を見つめる。そして……
「面白い方だとは、思います」
そう言って、笑みを浮かべた。
確たる答えなど無くとも、優梨にはそれで充分だ。
「なら、それでいいです」
「え?」
雷禅には届かない力。
けれど雷禅とは違う魅力。
それを見出してくれたのなら。
「ありがとう」
「何故、礼を?」
「嬉しいからです。幽助を"雷禅の息子"という縛りだけで量らずにいてくれたのが」
彼らを統べるだけの器が幽助にあるのか、それは優梨にもわからない。
だが少なくとも北神は、色眼鏡無しで幽助を見極めようとしてくれている。
だから、それでいい。
「もし北神さんにとって幽助が仕えるに足る存在だと思えるなら、全力で守ってやってください」
「もとより、そのつもりです」
「じゃあここで質問です」
足を止めた優梨は、北神の眼前にピッと人差し指を立てた。