幻想郷**

□逆賊シンデレラ
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なぜわたしはこんなに狭い篭に閉じ込められているのだろう。少し前までは、普通に仕事して友人と食事して、翌日の仕事に不満をもちながらも温かいベッドで幸せに眠りについていたのに。数ヶ月前に突如として現れた黒い男はわたしをここに閉じ込めた。

「ああリンネ、今日も可愛いよ」
真っ黒な男はわたしの輪郭を撫でて噛み付くような口付けを押し付けてきた。ああ、今日も苦痛の始まりがきた。

『やだ、やめて!お願いッ…』
「ダメだ、もう止まらない」
狂ったようにわたしに侵入してくる男に、ただただ静止の懇願をするしかなかった。でもこの願いは受け入れてもらえない。気持ち良くなんてない、ただ辛いだけ。それでも逃げ出せないのは、わたしが弱いから。弱者は強者に従うしかないから。

「リンネに似合うと思ってな。青が好きだろう?」
男の手には真っ青な綺麗なドレス。でも全然嬉しくない。
日々に不満はあったけど、それでも楽しかった。美味しいご飯も温かい居場所もあったから。今この篭で高級料理をだされても広いベッドを与えられても、美味しくもないし孤独で冷たいだけ。
どうしてわたしなんだろう。わたしはこの男のことを知らない。どうしてこの男は、自分を嫌っている女を抱けるんだろう。

外が騒がしい。ここはどこかの城のようだが、人間はわたしとあの男しかいないはずなのに。そっと階段から広間を覗くと賊が入り込んだらしい。恐怖で固まっているわたしを見つけると、下卑た笑みを浮かべながら段差をゆっくりと上ってくる。
逃げなければ。でもわたしはここから出たことがない。咄嗟に自室に逃げ込むも、木の扉はことごとく破られた。あれ、逃げる必要なんてないんじゃないのか?ここで生き延びたって、虚しい篭で一生を終わらせるだけだ。ならばいっそ、殺されてしまったほうが良いのかもしれない。
諦めたようにゆっくりと目を瞑ったが、一行になにも起きない。不思議に思って目を開くと、男の後ろ姿が飛び込んできた。

「リンネ、怪我はないか?」
少し息をきらして問いかけてくる。鼻につく血の匂いと、優しい声。

『どうして助けたの』
「やっぱり…覚えてないんだな」
とても悲しそうに笑う顔に、胸が締め付けられた。わたしは…この男を知っている?遠い記憶の、霞ががった昔をぼんやりと思い浮かべた。

家族旅行の最中に、スラム街に迷いこんだ。まだ十にも満たないわたしは、楽しく探検をしている気分で、辺り一面ゴミが広がる世界に足を踏み入れた。鼻をつんざくような悪臭に耐えきれず立ち去ろうとすると、背後には自分と同じぐらいの子どもが立っていた。驚いたようにまん丸に開かれた目と、全身を覆う黒がとても印象的だった。

「君、名前はなんて言うの?」
『リンネだよ』
どれくらい話していただろうか。少年はわたしの知らない世界を色々知っていて、話し上手なものだからついつい聞き入ってしまった。親の顔は知らなくて、ずっとここで暮らしている。将来は盗賊になるんだと語ったのが印象に残っている。

『でも寂しくないの?』
「平気だ、仲間もいる」
『じゃあ将来わたしと結婚しようね!』
「…はっ?」
ずいぶんと大人びた少年だったけど、この時は年相応に驚いていた。まだ子どもだったから結婚とかよくわからなかったけど、なんとなくそう言いたかった。

『わたしね、お姫さまみたいにお城に住みたいの!好きな青色のドレスをきて、豪華な食事をして。ベッドは一人じゃ広すぎるぐらいがいいの!でもあんまり人が多いのは好きじゃないから、お手伝いさんは要らないの!』
目を輝かせて興奮して喋るわたしに、少年はとても優しい笑顔を向けた。そして、そっと頭を撫でてくれた。

「いつか、俺がリンネを迎えに行くよ」
『うん、待ってるね!そうだ、あなたの名前は?なんて言うの?』
少年がそっと呟いた名前は……




『…クロロ、』
なんで今まで思い出せなかったんだろう。幼いわたしたちが交わした、不確かな約束を。そのどうしようもなく幼い願いを、彼は叶えてくれた。長い間忘れることなく、わたしを想っていてくれたのに。

『クロロ…ごめんなさい、』
「思い出して、くれたのか?」
『うん、うん…』
どうしようもなく愛しさが溢れてきて、ぎゅっとクロロを抱きしめた。今までは冷たいとしか感じなかった背中に回された腕は、こんなにも温かかった。耳元にかかる悪魔の囁きも、こんなにも甘かった。憎くてしょうがなかった彼の存在が、こんなにも大切だと思えるなんて。

『クロロは十年以上前のこと、覚えててくれたんだね』
「俺は頭がいいからな」
そんなおどけた彼が可愛く思えて、抱きついたまま勢いよくベッドに倒れこんだ。

『なんでそのこと言ってくれなかったのよ…バカ』
「俺は不器用だからな」
なんで愛し方だけ不器用なの?変な人。でも今は、全てが変わった今は、その変な人が愛しい。冷たく狭いと思っていた篭でさえ、温かい居場所に変わった。

「今まで辛い思いをさせてすまなかった。でも俺は、本当にリンネのことを愛してるんだ」
『ここまでされたらバカでもわかるよ』
わたしだってあなたに負けないほど、あなたのことを愛してしまったようだ。


fin.

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