幻想郷**

□モーントの夜
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生きることは、罪だろうか。生きたいと願うことは、罪だろうか。
笑い合うことは、罪だろうか。笑いかけてもらうことは、罪だろうか。求めることは、罪だろうか。求め許しを乞うのは、罪だろうか。助けることは、罪だろうか。助けてもらうことは、罪だろうか。

人間なら普通にできることが、全て罪になるじゃないか。それは人間が蔓延る世界で、人間が定めた法が適用されているから。なら、わたしが全て壊せばいいじゃないか。買い物をしているあの親子も、談笑しながら食事をしているあの学生も、帰宅しているあのサラリーマンも、テレビに出ているあのアイドルも、すれ違った男性も、みんなみんな、壊してしまえばいいんだ。

『ねぇ、ちょっと死んで?』
「き、キャアァァアァア!!」
すれ違った女を赫子で殺すと、辺りは逃げ惑う人たちで溢れかえった。目についた者を殺し、逃げる者を引きずり回し、血の雨を浴びていると奴らがきた。わたしたち喰種殲滅を生業とする白鳩が。

「…やはりお前だったか」
『こんばんは、有馬特等』
口角を吊り上げて笑っても、こいつは微動だに表情を変えなかった。なぜわたしを知っているか?そんなことはどうだっていい、ただ目についたやつの血を浴びるだけだから。

『こうなる原因を作ったのはあなたたち人間よ』
「下賤な生き物の話を聞いている時間はない」
わたしたちだって、最初はひっそりと暮らしていた。自殺者や事故死した人間の肉を食べ、共存を図っていた。なのに、人間が裏切ったんだ。人間だって、動物の肉を食べるのに。捕食対象が自分たちになると、途端に攻撃を始める。
わたしたちより罪深いのは、人間のほうじゃないか。

『みんなみんな殺すの。だってこんな世界おかしいでしょ?おかしいよね?おかしいもの。だからわたしが、正すの』
子どもに振りかざした赫子が、突然現れた親の胸に突き刺さった。

『ア?』
どくん、駆け巡る記憶。誰かの背中が、わたしの目の前にある。血まみれ。倒れた。わたし、泣いている。

『あ…あ、あ、』
少しの隙をついて、有馬のクインケがわたしの腹に突き刺さる。

『…なみだ?』
頬を伝うのは、わたしの涙?いや違う。地に倒れたわたしに覆いかぶさる、有馬の涙。

「凜音、」
この男が紡いだわたしの名前は、とても悲しくて、とても苦しくて、かすれた声だった。

『あ、りま…?』
ああ、思い出した。昔…いつぐらい昔だったっけ。喰種のわたしは喰種に襲われた。人間が人間を襲うのと同じ、イカれた奴の仕業。
怯えるしかなかったわたしの盾になったのは、人間だった。わたしたちは憎み合う存在なのに、なぜ助けるの?なぜ、自分の命を犠牲にできるの?倒れこむ人間に問いかけると、彼はこう答えた。

『襲われている人間を助けるのは、当然だ』
わたしは喰種なのに。あなたたちとは違うのに。


わたしは、人が好きだった。温かい気持ちになれるあなたたちが、大好きだった。いつから変わってしまったのだろう。本当は、好きで好きでたまらなかったのに。
周りを見渡せば大好きな人たちが死んでいる。殺したのはわたしだ。

『ア、わたし…なんてことを、』
「もう、終わりにしよう」
あなたが、好きだった。出会いは簡単で、どんどん惹かれていった。あなたは神童として白鳩になってしまった。愛を囁きあう相手はもういない。そう決めて消えていったのはわたしのほうだった。勘の良いあなたが気付かないはずもなかった。わかっていて、知らないフリをしてくれていたのか。

『大好き…大好きよ。有馬も、人も。みんなみんな、大好き』
最後に見たのは、涙を流し唇を噛みながら、わたしの胸を貫く愛しい人の姿だった。

fin.

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