うちよそ短編集

□メリークリスマス
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こんな時代になってもここの季節は巡る。
ついこの間までは任務を終えれば、汗だくになり一刻も早くアナグラへ帰投しシャワーを浴びたくて仕方なかったのだが。
今では汗をかいてもすぐにそれはひいて、時折吹きすさぶ風が身体を容赦無く冷やしていく。
どちらにせよ早々に帰投し、シャワーを浴びたいと思うには変わりないなと帰投ヘリを待つ少女はぼんやり考えていた。

「お? これなんだろう?」
暇つぶしに辺りをウロウロしていると何かを見つけた。
形は曲線的で、左右対称に動物の耳の様なもふもふとしたものがちょこんとついている。
どうやら猫耳のついたカチューシャらしい。

「可愛い〜。貰っちゃおっと!」
思わぬものを拾い、満足気なアイリーン。聞こえて来たヘリの音を合図にアイリーンはその場をあとにした。


ヘリに揺られる事数十分。無事にアナグラへ帰投したアイリーンは、他の隊員に挨拶もそこそこに素早く自分の部屋へと向かう。
一度シャワーを浴び、着替えを済ませ鏡の前に立つ。
そこで先ほど拾った猫耳を自分の頭につけてみた。

「むふふ〜! みんなに見せてこよー!」
普段アクセサリーの類をつける事のないアイリーンはよほど嬉しいらしく、猫耳をつけたまま部屋を飛び出した。

アナグラを練り歩き、いつものメンツを探す。
そこでふと気がついた。今日はいつにもましてなにやら騒々しい。それにアイリーンと同様、アクセサリーをしている女性も何故か多い。
一体何がと考えているところに目の前を響鬼が通り過ぎる。

「あ、響鬼くーん!」

「や、アイリーンちゃん! また後で沢山お話しようね〜!」
そう言って響鬼は手を振りながらそそくさと走り去ってしまった。
その後、響鬼の後ろを何人かの女性が凄い形相で追いかけていくのを見てポカンとするアイリーン。

「およ。響鬼君忙しそう…。まぁ良いや! 別の人に自慢しに行こう!」
そう言って気持ちを切り替え、アイリーンは再び仲間を探す。

今度はラウンジに来てみた。ここもロビーと同じくいつにも増して人が多い。
そこでソファに腰かけるルーシー、ムクロ、アルトの三人を見つけた。

「おーい! みんな〜!」
声を上げながら近寄るアイリーン。
すると三人も順次反応を示してくれる。

「あ、アイリーンさん。こんばんは!」
「おう」
「こんばんは。アイリーンさん何してるんですか?」
ルーシーとムクロの返事の後、アルトの問いに答えようとふふんと鼻を鳴らすアイリーン。

「あ、これ見て見て! さっき拾ったんだけど…」
アイリーンの言葉の途中で警報が鳴り響く。緊急連絡と叫ぶその内容は感応種の出現とブラッド隊への出撃要請だった。

「あ、出撃要請ですね…」
「……」
「仕方ないよ。アイリーンさんすいません! 俺達出ますね。ほら二人とも行くよ!」
三人とも急いでラウンジを出ようと立ち上がる。
出撃とあっては仕方ない。アイリーンもうんと頷くしか出来なかった。

「なぁ…」

「ん?」
ムクロだけがこちらを振り返り何かを伝えようとしている。

「それ、か……かわ…」

「ムクロ! 急ぐよ!」

「だぁーもう! わーってるよ! 悪りぃ何でもねぇ。じゃな」

「あ、うん。行ってらっしゃーい…」
アルトに急かされ、ムクロも話の途中で行ってしまった。
結局ムクロが何を言いかけたか分からぬまま、ラウンジに取り残されたアイリーン。

仕方なくラウンジを後にして、アテもなくフラフラと歩く。
誰かに反応してもらいたかったが、どうにも皆忙しくて相手にしてもらえない。

少し寂しくなり、頭につけた猫耳を自分で撫でてみる。もふもふとした感触が心地良い。
心地良い筈なのに、気分は落ち込むばかりだ。

いつの間にか神機保管庫のそばまで来ていた。
そう言えばまだ受注されていない防衛任務もあったかもしれない。気分を変えようと受付へ向かおうとした時だった。
不意に保管庫の扉が開き、中から影咲リュウが出て来た。

「…こんなとこで何してんだ?」

「お兄ぃ!」
思わず抱きつくアイリーン。リュウは少しよろめきながらも、しっかりとアイリーンを支える。

「……何かあったか?」

「えへへ。何にも!」
特に理由はない。ただ何故か無性に嬉しくなったのだ。

「それ。誰かにもらったのか?」
リュウが頭の方を指差しながら言う。
ようやく反応してもらえたのが嬉しくて、アイリーンは更にテンションを上げる。

「これはね〜。任務中に拾ったの! 似合う?」

「…ああ。良いと思うぜ」
そう言ってもらえただけで幸せだった。先ほどまでの気持ちが嘘の様に、アイリーンの心は晴れていった。

「…ほらよ。これ」
リュウが手渡して来た小さな箱。プレゼント用のラッピングが施されており、袋は赤と緑を基調としたデザイン。
そこでようやく今日がなぜ賑やかしかったのか合点がいった。

「ねぇねぇ! 開けても良い!?」

「あぁ。そのためのもんだからな」
聞きながら既に袋を解いていくアイリーン。中から出て来たのは星を象ったワンポイント付きのネックレス。

「ほわぁー! 綺麗! 本当にもらって良いの!?」
アイリーンは目を輝かせながら、ネックレスに夢中である。
リュウはそっとアイリーンの手からネックレスを取り、アイリーンの首に付ける。

「…メリークリスマスだ」
リュウの柔らかな微笑みと優しい声に包まれ、アイリーンは喜びを噛みしめる。

今宵は聖夜。全ての人に幸あれ。


→あとがき
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