BOOK

□序章
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午前7時23分

夜勤を終えて帰宅した母が突然、再婚を宣言した。


「葵ちゃん。お母さん再婚するね」


26年間女手一つで、私をここまで育ててくれた母が幸せになろうとしている。

そんなの、手放しで喜ぶに決まってる。


………


出勤時間の5分前で、
しかも、マスカラ塗ってる時じゃなければ、
だけど。


「そういう大事な事を、今、言うかな〜」

少しだけ呆れた声で、母さんに聞いた。
もちろん、メイクの手を止める時間はない。

「喜んでくれないの?」

しゅんとした母の姿が、鏡に写り込んでくる。

まったく。
この可愛らしい人は本当にもうすぐ50歳になるのだろうか。
わが母親ながら、疑わしい。


仕方がない。
メイクの手を止めて、母の方に向き直る。

「嬉しいよ。
おめでとう、母さん」

私の祝福の言葉を聞いた母さんは「ありがとう」の言葉とともに極上の笑顔を返してくれた。

あぁ、本当に、
母さんが幸せになろうとしている。


相手はどんな人?
どこで出会ったの?
いつから付き合ってるの?


聞きたいことは山程ある。

でも。

やっぱり。


「ごめん!時間ないっ」


コートとカバンを掴んで、慌てて玄関へと向かう。

左右の睫の長さが違ったとしたら、母さんのせいだ。

腕時計と睨めっこしながら靴を履く私に向かって、母さんはとんでもない事を告げた。

「あさっての金曜日、
智和さんを紹介するね」


まるで以前から決まっていた予定のように、さらりと言ってのける。

笑顔で。

可愛い笑顔で。


……

……

私に反論する時間は残されていない。

多分、きっと。
金曜日には母の再婚相手と対面している。

母さんの決定に逆らえたことはないのだから。

「まあ、いいか」

そう思っていた。

母の再婚相手との初対面。

それが、
最悪の1日になるとも知らずに―――
 

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