連載

タイトル未決定。
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「……」

銀八は咄嗟に自分の状況が理解できず、絶句していた。嘘だと思いたかった。しかし、何度名簿に視線を落としても、その名前が消えることはなかった。

「どうなってんだ…」

銀八は頭を抱えた。かすかに頭痛もする。頭の中にある無数の糸がこんがらがっているような、そんな感覚がしていた。
“あの日”本屋で“彼女”を見たとき、まるで鈍器で頭を殴られたときのような衝撃が走ったのだ。
銀八にとってその女と出会うのはニ度目だった。いや、正確に言えば“銀八として”の姿で彼女に会うのは初めてだった。しかし、銀八はそれよりも前に彼女と出会っている。銀八が銀八として生きるそれよりも前──かつて自分が坂田銀時として万事屋を営んでいた頃──に。


*

「ってことは…つまり…二重人格ってこと?」

No nameが3Zの教室に入り、自分の席につくなりお妙が「このクラスの生徒になるんだったら、銀八先生の秘密を教えてあげないとね」と言ってきたのだ。

No nameは話の一連の流れを聞き、目の前にいるお妙にそう聞き返した。No nameのその問いにお妙は少し首を傾けながら答えた。

「二重人格っていうのとはまた違うんじゃないかしら…」

「どういう風に?」

No nameが聞き返すと、お妙は持っていた鞄の中から手帳を取り出し、一番後ろのページを破り取って図を書き始めた。

「…ほら、二重人格っていうのは一人の人間の中に二つの人格が存在していて、それぞれの人格に決定権が存在していてるでしょ?」

お妙は破り取った紙に描いた二人の人間を線で結び、一つの丸を書き、続けて言った。

「…銀八先生の場合はそうじゃなくて、一つの人格の中に二つの記憶が存在しているのよ」

そう言うとお妙は、先ほどの紙をひっくり返し一人の人間の中に二つの丸を書いた。

「…こういうことかしらね」

「ふぅん…」

No nameは半信半疑にそう呟いてお妙が説明書きに使ったメモに目を落とした。

「で?その銀八先生は銀八としての記憶のほかにどんな記憶を持ってるの?」

「先生が言うには、自分の前世の記憶らしいけど…」

「前世?」

「そう、前世」

「……」

No nameは頭が痛くなってきた。お妙の話を理解しようにも簡単に理解することができない。ただでさえ、自分がなぜ突然このクラスの一員になったのかも分からないのに、その上、前世の記憶を持つ担任の話を聞いても到底信じることなどできなかった。しかし、そんなNo nameの様子になど目もくれず、お妙は話を続けている。

「…先生が言うには、先生の前世は万事屋を営んでいた“坂田銀時”っていう人なんだって」

そこまでお妙が話をしたところで、No nameはストップをかけた。

「…ねぇ」

「何?」

「…お妙はその話、信じてるの…?」

「どういう意味?」

「…だって!いきなり前世とか過去の記憶とか…そんな話されて信じろって言う方が無理なんだけど」

批判される覚悟で恐る恐るそう言ったNo nameに、お妙はさっと「あらいいわよ、別に。信じてなくても」と言ってのけた。
その反応のギャップにNo nameは思わず体をのけぞらせた。

「え!?」

「…だって別に信じてもらおうとこの話をNo nameにしたわけじゃないもの。ただ…先生にはそういう一面があることを伝えただけ。信じるか信じないかは個人の自由だもの。…現に信じてない連中もいるようだしね」

そう言うとお妙は再び教室を見まわした。

「……」

No nameが眼前のお妙に視線を向けると、お妙は意味ありげな顔をこちらに向けていた。

「…何?」

「…どこの世界にもおせっかいな人間はいるものよ。…私の言葉もその一つとして受け流してくれればいいわ」

「……?」


*


なぜ、No nameは再び自分の目の前に現れたのだろうか─銀八は先ほどからその疑問を心の中で反芻させていた。しかし、考えても考えてもその答えは浮かんでこず、却って疑問が深まるだけだった。
気分を落ち着かせようと、近くにあったいちご牛乳に手を伸ばしたが、時間が経っていたようですっかりぬるくなっていた。その微妙な生ぬるさに顔をしかめながら、銀八は再び大きなため息をついた。
ふと本屋で出会ったときのNo nameの表情を思い出した。一度、視線が交わったのだが、それに気付くとNo nameは慌てて視線を逸らした。あの様子だけを見ていれば、No nameが自分に気づいていたために慌てて逸らしたと言えなくもない。

時刻は午前八時半になろうとしていた。間もなく全校一斉朝礼の時間に突入する。

このまま考え込んでいても仕方がないと思った銀八は意を決したように、机に両手をつきその場に立ちあがった。そして、イスにかけてあった自身の上着を手に取り、腕を通した。


*

銀魂高校内で朝礼の時間を示すチャイムの音が鳴ると先ほどまで騒がしかった3Zのクラスメイトたちも徐々に席につき始めた。
普通、新学年に突入すると担任が教室に入ってくるまではそわそわしたりするものなのだが、銀魂高校に限ってはそれがないのだ。
案の定、周りの生徒たちも担任がどんな人なのかを知っているようで、まったく緊張感が感じられない。

─いったいどんな人なんだろう。

No nameは考えを巡らせた。
信じるも信じないもNo nameの自由だとお妙は言った。実際、今のところは半信半疑だというのが正直な感想である。しかしそれを本当の話だと仮定すると、普通の人間を想像しようにもできなくなってしまったのだ。

そんなことを考えていると、誰かが3Zの教室の扉の前に立つ気配がし、やがて扉を開け、中に入ってきた。


No nameは自身の目を疑った。
そこに立っていたのは、数週間前に本屋で出会った“あの男”だったのだ。


「…嘘…」




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