連載
□タイトル未決定
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別に期待はしていなかった。そもそも、恋愛感情というものが自分にとっては縁のないものだと決めつけていたからだ。だから、実の伯父にあたる松平片栗虎に「たまには男慣れするのもいいんじゃねェの?」と、半ば強引に新撰組の宴会に放り込まれたときも、当初は乗り気ではなかったNo nameは「ただ時間が過ぎるのを待てばいい」と考えていたくらいなのである。しかし、その当日の昼になって突然、片栗虎に呼び出され、それまで同伴すると思い込んでいた従姉妹の栗子を置いて、No name一人で行くように告げられたのである。
「えっ、私一人で行くんですか!?栗子も一緒だと思ってた…!」
「バカ言うんじゃねェ!栗子をあんな連中んとこに放り込んで…万が一隊士のうちの誰かが色目でも使ってみろ……まぁた出したくもない抹殺候補を増やすことになる」
「…でも、伯父さん。私に男慣れするのがいいって言うんで…今晩の宴会の話、取り付けてくださったんでしょ?だから栗子も一緒に行くんだと思い込んでた…!」
「お前はいいんだよ、別に…姪っ子つっても俺と直接血ィつながってるわけじゃねェし、No nameの色恋沙汰がどうなろうと俺の知ったこっちゃねェ……でもねェー栗子はもぉほんと…俺が手塩にかけて育てた大事な大事な娘なわけ。だから昔からお前ら一緒に説教する時も栗子には嫌われねェように…No nameの方を何倍も厳しくだな……」
片栗虎のとても姪っ子に向ける言葉とは思えないようなセリフにNo nameはため息をついた。
「…今の伯父さんの言葉聞いたら、死んだうちの両親草葉の陰で泣いてますね、きっと」
「あれ?怒った?心配すんなよー、普段からお前のこともちゃんと愛してやってんだろォ」
「ええ、知ってます。だから伯父さんには感謝してるんで、その体裁保つために今夜のお話にも乗る気になったんですから。最初は行くつもりなんて全くなかったけど」
「…別にあいつらの前で俺の体裁を保つ必要なんかねェよ。…お前に男慣れさせたいっつーのは本当の話だしな」
「…慣れたところで…そこから私が恋愛に発展させられるかどうかなんて分かりませんよ」
「そういう奴に限ってあっさり心盗まれるもんだよ」
No nameの切り返した言葉に、片栗虎は煙草の煙を吐き出しながら宥めるように言った。
「……」
「栗子がそうなら全く心配しねェが…お前は元来人見知りな上に男を目の前にすると全く話せなくなるだろ…そんなんじゃいつまでたっても彼氏なんてできねェよ」
「…伯父さんの言いたいことはよく分かりました」
「ま、そんな構えなくても大丈夫だってェの…野蛮な連中の集まりだが悪い奴らじゃねェのは保証してやる。気楽に行って来い」
そう片栗虎に肩を押され、No nameは今新撰組の屯所にいるのだった。
気楽に行けとは言われたものの、実際その場に到着するとNo nameは途端に帰りたくなった。
片栗虎にも指摘されたが、No nameはこういう場面にさらされたときに発動する自分の人見知り具合を呪っていた。
気心知れた人とはまだまともに会話できるものの目を見て話すことは苦手で、会話を続けることはできない。初対面の人は男であれ女であれ、どう話しかけていいのか小一時間迷い、そのまま話さずに帰ってくるということは今までだって何度も経験していた。
No nameはため息をついた。
本気で帰ってやろうかと扉の方を見ていると逆方向から突然、肩を掴まれ、悲鳴をあげてしまった。
「うわ…っ!」
「あれ?なんでそんな驚いてんの?」
No nameが振り返ると、そこには新撰組で唯一顔と名前が一致している男が立っていた。
「こ…近藤さん…っ」
No nameがその男の名を呼ぶと、その男は嬉しそうに笑いながら言った。
「おっ!俺のこと覚えてくれてんだな。会ったのは随分前だろ?」
「…近藤さん、インパクト強いですから」
「あー、まぁよく言われるな、それは」
そう言うと近藤は豪快に笑った。そんな近藤にNo nameは遠慮がちに声をかけた。
「あの…」
「ん?」
「私、本当に参加してもよかったんですか?」
「なぁに言ってんの!いいに決まってんだろ!とっつぁんの頼みっていうのも差し引いても俺はNo nameちゃんに来てもらえて嬉しいよ」
「…はぁ」
「ま、まだ連中にはNo nameちゃんが来ることを伝えてないんだけどな」
「えっ!?」
「サプライズゲストってやつか」
そう言うと近藤は満足そうに自分の顎鬚をさすった。
「まぁその話はもういいだろ。実はすでに宴会始めてんだよね…というわけで続きはまた今度。行くぞ!」
「は…はいっ!」
*
近藤に案内され部屋に入っていくと、すでに飲み始めていた新撰組の隊士たちが一斉にこちらに振り返り、起立した。
「…!」
No nameが驚いて立ちつくしていると近藤に肩を掴まれた。
「おーし、お前ら。紹介するぞ、今日のサプライズゲスト、No nameNo nameさんだ」
近藤の挨拶を皮切りに一斉にNo nameの方へ視線が集中するが、どこを見ていいものか迷ったNo nameは咄嗟に会釈で返した。
「……」
そして、皆の視線が自分から離れた頃合いを見計り、No nameが頭をあげるとNo nameの視線はある男に吸い寄せられた。
その瞬間、時が止まったといっても過言ではなかった。
なぜか分からないけどNo nameは“その男”に惹き込まれたのだ。その男を除いても他に数十人以上の隊士が同じ空間にいるのにも関わらずである。
ただ、No nameはその理由が自分ではどうしてだか分からなかった。説明しろと言われても何に惹かれたのか説明できないのだ。だけど…どうしてだか一目見て、No nameはその男に何かを感じたのだ。
そんなNo nameを不審に思ったのか、隣に立っていた近藤が声をかけてきた。
「どうした、No nameちゃん?」
「あ…近藤さん……」
「さっきから動きが固まってるぞ…まぁムサい男ばっかだから緊張するのも無理ないが…せっかくなんだ。いろいろ話してみるといいだろ」
「いや…そうは言っても私より歳上の方ばかりでしょ?気軽に話しかけるなんてとても…」
それに私、人見知りですし。No nameはそう付け加えようとしたが、その寸前で思いとどまった。…今ここで近藤にわざわざ打ち明ける必要もないと思い直したからだ。
「そんなことないぞ?No nameちゃんと同じ年代のやつらもいる」
「そんな人いるんですか?」
No nameは自分でも驚くくらい棒読みの返答になった。明らかに自分はさっきの男を意識している。しかし、近藤はそんなNo nameの返答に少しも気にならなかったようで、続けていった。
「あぁ。おーい!トシ。総悟、山崎!ちょっと来い」
近藤に呼び掛けられ三人の男が即座に腰をあげ、こちらに向かって歩み寄ってきた。
No nameの鼓動が少し高まった。予想していた通りの人物も含まれている。
そして気づけば三人はNo nameの目の前に立っていた。
「あ…あの…」
「あーこの子、さっきも言ったけどNo nameNo nameと言ってな、松平のとっつぁんの姪っ子なんだ……つまり栗子ちゃんの従姉妹だな」
栗子の名を聞いた途端、長身で黒髪のいかにも神経質そうな男がしかめっ面になるのをNo nameは見逃さなかった。
「…ってことらしいですぜィ、土方さん」
その男のしかめっ面に気がついたのか、今度はその隣に立っていた茶髪の男が意味ありげな微笑みを浮かべて、黒髪の男に向かって言った。どうやら黒髪の男は土方と言うらしい。
「うるせェよ、もうあの一件は俺には関係ねェ…で?なんでその従姉妹とやらがここにいるんだよ?」
「まぁ待て!一から説明する。あーNo nameちゃん、こっちの黒髪の男が土方十四郎で、こっちの茶髪が沖田総悟っつーんだ」
「…はい……」
No nameは返答しながらも視線は“その男”に向けた。その男の方も、自分の名前が呼ばれないのか少し眉間にしわを寄せながら近藤の方を向いている。
「…俺のことは無視ですか、局長」
「あ、山崎。いたのか」
「いたのか、じゃないですよ!あんたが呼んだんだから来たんだろ!何言ってんだよ、意味分かんねェよ」
山崎、と呼ばれた男がまくしたてるようにそう言うと近藤は宥めるように言った。
「冗談だよ、冗談。ちゃんと覚えてたさ。あぁ、No nameちゃん、こいつは山崎つってな…新撰組一の地味男で…」
「初対面の女の子に向かって余計な情報盛り込むのやめてもらえますか、局長」
そう言うと山崎はため息をついて続けた。
「……改めて、俺、山崎退って言います、よろしく、No nameさん」
「山崎…さん…」
No nameはその名前を噛みしめるように呟いた。
一通りの紹介が終わったのを見透かしたように土方が再び口を挟んできた。
「…で?とっつぁんの姪っ子がなんでいるんだよ」
「とっつぁんから聞いた話では、No nameちゃんの人見知り克服のためだと聞いてるよ」
「人見知りィ!?なんだ…それ……」
近藤の答えが意外だったのか土方は目を見開いて聞き返した。
「まぁ細かいことはいいじゃねェの、お前らだって女がいた方がいいだろ?」
「はッ、くっだらねェ…別に俺には関係ねェ話だよ。おい総悟…飲みなおすぞ」
「……」
そう言い捨てて背中を向けた土方とその土方の後ろを追ってその場を立ち去った沖田を見たNo nameは途端に自分のせいで土方の機嫌を損ねたのかもしれないと思い始めた。
そんなNo nameの意思に気がついたのか、いつの間にかNo nameの隣に立っていた山崎がそっと告げた。
「気にすることないですよ。副長…前に色々あってね、栗子さんがトラウマみたくなってるだけで…普段はもーちょい空気読める人だから」
「…そうなんですか」
まさか山崎が自分に話しかけるとは思ってなかったNo nameは、自分の想像とは相反してそっけない返答になってしまった。
そんなNo nameの様子を見抜いたのか、山崎が少し苦笑気味に言った。
「俺のこと、怖い?」
「え…どうしてですか…?」
「や。なんか挙動不審に見えたから…さっきも俺が話しかけた時若干肩震えてたしね」
「いえ…!そんなことないですっ」
「そう?ならいいんだけどさ。…ま、せっかく来たんだし気楽にゆっくりしていきなよ」
そこで山崎も自分の席に戻ろうとするが後ろから近藤が引きとめた。
「おーい、ザキ」
「なんですか、局長」
「どーせだったら、お前の隣にNo nameちゃん座らせてやれよ」
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