連載

Each destiny is entangled.-守りたいもの-
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長い夢を見ていた気がする。しかし、見ていた夢については思い出せなかった。ただなんとなく“あいつ”が出てきたような気がする、ということだけは覚えていた。
総悟が目を開け、ふと近くに置いてあった置時計に目を向けると、先ほど時刻を確認した時よりも長針が二周し、午前四時過ぎになっていた。
まだ起床するには早すぎるが、だからと言って再び眠りにつくという自信もなかった。総悟は仕方なしに重い体を起こし、ふとんから抜け出した。

季節が冬まっただ中ということもあり、窓の外をのぞくと月と星の光だけがあたりを照らしていた。

「眠れねェ夜なんて久しぶりでィ」


総悟を取り囲んで眠っている隊士たちは昼間の激務に対する疲れがたまっているのかぐっすりと眠っている。
そのため、当たり前だが総悟のつぶやきに答えるものは誰一人としていなかった。
総悟はそんな隊士たちを起こさないように足音を殺し、部屋を出ようとする。
その途中で、上司にあたる土方十四郎の寝顔が見えた。いつもなら、何かいたずらでもしてやろうかという考えが浮かぶのだが、今日はそんな気分じゃなかった。

部屋を出ると、部屋の中で見たときよりも月明かりがより身近に感じられた。
部屋から出たはいいものの何をするか考えていなかった総悟は一瞬迷って、ふと思い立ち、総悟は自室に古くなった竹刀を取りに戻った。
その竹刀は総悟にとっての原点だった。
手に持った竹刀を見ていると、先ほどまで夢に出てきていたような気がする“あいつ”の顔が浮かんできた。──とは言っても、かれこれ数年は顔を合わせていないので、総悟の記憶の中にあるまだ幼いままの顔であるが。

*

「ねぇ」

「ん?」

「総悟の大切な人って誰なの?」

思いもよらない疑問が唐突に投げかけられたので、総悟は思わず前につんのめりそうになった。

「…何でィ。いきなり……」

「別に。ちょっと気になっただけ」

「…なんでその疑問を今聞こうと思ったんでィ」

「んー?だからちょっと気になっただけだって」

「……」

「なんか、納得してないって顔だね」

「真顔でんなこと聞かれたら誰だって身構えるだろィ」

「…まぁそっか…。でも本当に大した理由はないよ。総悟が昔竹刀の素振りに一生懸命になってたでしょ。その時のことをふと今思い出したから」

「んで?俺が大切な人を守るためって答えたことを思い出したってわけですかィ」

「ビンゴ。よく覚えてんね。で、それは誰のことだったんだろうって思っただけ……まぁ総悟のことだから?あの美人なお姉さまとかなんだろうけどね」

No nameは人差し指を立てて総悟の鼻の前に出して、自己完結するようにNo nameは薄く笑い、その手をひらひらと振った。そして付け加えた。

「…どう?当たってるでしょ?」

「…自分で解決するんだったら俺に聞く必要ねェだろィ」

「だから言ったでしょ、ちょっと気になったから聞いただけだって。それに対して総悟が真面目に答えてくれるとも思ってなかったしね」

「……」

総悟はそれに対して答えず、しゃがんでいたその場から突然立ち上がった。もともとその場にあった柵にもたれかかっていたNo nameの目線と同じ高さになった。


「…もし、違うって言ったらどうすんでィ」

「え?」

想像していた返答と違ったのか、No nameは少し戸惑ったような顔をした。

「…ま、No nameの言うとおり、姉上ももちろん大切ではありますけどねィ」

そう総悟は少しおどけて言ってみせた。

「…そういう言い方すると他にもいる、みたく聞こえるんだけど」

No nameがそう答えると、総悟が一瞬真剣な瞳をしたのをNo nameは見逃さなかった。しかし、すぐにいつもの表情に戻り、「ま、No nameには言わねェよィ」と言った。

「…何よ、気になるでしょっ」

「ちょっと気になっただけの質問にここまで丁寧に答えてやったんだぜィ。…本当なら何か要求してやりてェくらいだ」

総悟の意地悪い顔をみてNo nameは内心で総悟に向かって舌を出した。

「ちょっと食いついてきたくらいで期待した私がバカだったわよ」

No nameがふてくされ気味にそういうと、総悟は勝ち誇ったような表情をした。
総悟と口げんかして勝てた試しがなかった。
いつもうまい具合に言いくるめられるか、徹底的にたたきのめされるかのどちらだった。
最近ではNo nameの方から白旗を上げるようにしていた。
そんな状況を少し不満に思いながらも、総悟が見せた一瞬の真剣な表情についてNo nameは考えを巡らせた。
やがてひとつの答えに行き着いたが自意識過剰もいいところだと反省し、あわてて首を横に振った。

「…何でィ。いきなり」

その様子を見ていた総悟が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「…あ、ごめん。なんでもない」

そう言いながらも確かめるくらい別にいいか、とNo nameは考え直し総悟に身体を向けた。

「…さっきの話だけど」

「…まだ何かあんのかよィ」

「いいじゃない、別にそれくらい。…あくまでも仮定の話だけど」

「ん?」

「その…大切な人の枠が空席になったら私を置いてくれる?」

「………」

何を言われたか分からなかったのか総悟はすぐに返答しなかった。
No nameはそんな総悟を見てあわてて「仮定の話だからマジに考えられても困るんだけど」と冗談っぽく言ってみた。
するとそれに対する総悟はNo nameとは間逆に真面目な表情をして答えた。

「…意味のねェことだな」

総悟が何気なしにそう答えると、妙に傷ついたような表情をしていた。その表情が何を意味しているのか、当時の総悟には理解できなかった。


*

ふと我に返った総悟は、二、三度竹刀を振りそれを元の場所に戻した。
ふと総悟が空を見上げると、部屋を抜け出してからずいぶん時間が経っていたようで、朝日が昇り始めていた。
部屋に戻ろうと、歩いてきた道を逆に行こうとすると後ろから声をかけられた。

「…居眠りの常習犯がこんな朝早くに起きてくるなんて意外だな、総悟」

振り向かずともそれが誰の声か分かったので、そのままの体勢で声の主に向かって言葉を投げかけた。

「…たまたまいつもより早く目が覚めたんで、ちょっと外に出てみただけでさァ。…近藤さんこそ随分早いじゃねェですかィ」

「お前が起きて出ていくのが見えたんでな」

「…そーですかィ」

「…あんな古い竹刀引っ張りだして何してたんだ?」

─見ていたのか、という表情を極力顔に出さないように総悟は近藤の方へ振り返った。

「…別に、ただなんとなく懐かしくなったんで引っ張り出してきただけでさァ」

「ほぉ?…あれはそういう顔じゃねェように思ったんだが」

相変わらず、自分のこと以外になるとこの男はとてつもなく鋭いようだ。
総悟は仕方なしにため息をついて、近藤に言った。


「…昔のことを思い出していただけでさァ。…忘れたくても忘れられねェ…」



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