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「そういうわけで、今日祝杯あげることになったらしいっスよ」

「ふぅん」

いつの間にかNo nameの隣に立っていた来島また子が言った。

「…なんだか、どーでもいいって感じっスね、その反応」

「…別に、どうでもよくはないけど…いちいち攘夷活動成功する度に祝杯あげる必要あるのかって疑問に思っただけ」

「あーぁ…これだからド真面目人間は…」

No nameの返答にまた子は首をすくめて大げさにお手上げのポーズをした。

「…んじゃー聞きますけど、No nameはずっと仕事仕事でやってられんスか?」

「さぁ?無理ではないと思うよ。…そもそも私がここにいるのは……」

「晋助様の考えに共感したから、スね。もう聞き飽きたっスよ…それにその考えは私たちも同じなんスから」

「…分かってんならくだらない質問しないでよね」

「…つくづく可愛くない女っスよね…No nameって。…晋助様もこの女のどこを気にいったのやら…」

「何それ」

ため息を吐き出すようにそう言ったまた子の言葉にNo nameは思わず聞き返していた。

「何が?」

「…晋助様が私のどこを気にいってるって?」

「あー…直接聞いたわけじゃないんスけどね。ただ雰囲気からそういうのが伝わってくるってだけっスよ…No nameのド真面目ぶりを評価してるとかじゃないんスか?」

「へぇ、意外だね…」

No nameはふっと高杉の顔を思い浮かべた。戦闘以外では感情をほとんど表に出さず、それ故に何を考えているかが分からないのだ。


「…ま、その話はさておき。…ちゃんとこうして連絡いれたんスから今回こそは参加してくださいよ。声かけてんのに来ないときちゃ…まーた晋助様の機嫌が悪くなるんスから」

「……面倒くさいなぁ、もう」

No nameはその言葉に行きたくないという意味を込めて呟いてみた。するとまた子の方もその意思を汲んだのか、「何をそんなに嫌がってんスか」と聞き返してきた。
No nameはまた子の瞳をじっと見つめてため息をつきながら言った。

「…別に。大したことじゃないから」

「…今まで一回も参加してないんスから、今回くらい来てほしいんスけど」

「…気が進めばね」

「…なんなんスか…もう…」

No nameの微妙な反応にまた子は少しいらついた態度を見せて、その場を立ち去って行った。
しばらくして一人になったNo nameは近くにあった椅子に腰を下ろした。

*

そうして時間は過ぎ、また子のいう吞み会の開始時間になった。しかし、No nameはどうしても気が進まなかったため、未だ自分の部屋にいた。
別にお酒が苦手なわけではない。むしろそれは得意な方だ。しかし、皆で集まって呑み語りをするというのがなんとなく自分の性格に合わないような気がしていたのである。

ふいにNo nameの脳裏にまた子とのやり取りが浮かんできた。また子は言った。“No nameが来ないと晋助様の機嫌が悪くなるんだ”と。その時は深く考えなかったが、今になってNo nameは、それはどういう意味なのかと思い始めた。
やがて一つの結論に行きついたが、それはあの高杉に限ってはあり得ないと判断した。
No nameはため息をつき、自分の髪の毛をかきあげた。

「…顔出しくらいしとくか…」

No nameは自分に言い聞かせるようにそう言い、座っていた椅子から腰を上げた。


*

「…珍しい奴が来たもんだ」

No nameがのみ会の行われている部屋に入ると、まず初めに高杉と目が合った。高杉はNo nameの顔を見るなり、妖しい笑いを浮かべてそう言った。

「…また子に誘われたので、出ないのも悪いし…せめて顔出しだけでもしとこうかと思いまして」

そう言いつつNo nameはまた子の方へ視線を向けた。しかし、また子はと言えばすっかりできあがっているのか机に突っ伏して眠っていた。開始してから随分時間が経っていたようで、また子だけではなく大半の人が眠っているか、その場に倒れていた。

「…せっかく来たんだ。呑んでいけ」

「…あ、いえ。さっきも言いましたけど私は顔だしに来ただけですので」

「なんだ?…俺の言うことが聞けねェのか」

高杉はNo nameを見上げてそう言った。No nameはその問いに慌ててかぶり振った。

「…あ、いえ…そんなつもりじゃ」

「なら、座れ」

「……はい」

No nameは高杉に言われるままその場に腰を下ろそうとした。すると、高杉は不満そうに再びNo nameを見つめて手招きしながら言った。

「…そんなところに座るんじゃ、注げねェよ、こっちに来い」

「えっ」

「……」

驚くNo nameに高杉は何度も言わせるなよ、という意味合いの視線を向けてきた。

「今、行きます…」

言われるがまま、No nameは高杉の隣に腰を下ろした。

「あ…私、注ぎましょうか」

「いや、いい」

「…そうですか」

「呑めよ」

「…いただきます」

出鼻をくじかれたNo nameが何を話そうか迷っていると、高杉の方から声をかけてきた。

「…それにしても」

「はい?」

「なぜ来る気になった?」

「…特に理由はありません、ただ…また子があんまりしつこく誘うもんで」

「……なるほどな」

高杉はNo nameの返答に妙に納得したように答えた。

「…そう言えば」

「何だ」

「…また子に気になる話を聞いたんですけど」

「……」

「…私がこういう会合に来ないと晋助様の機嫌が悪くなるとかなんとかって」

「…分かってるじゃねェか」

「分かってるって…ど、どういう意味ですか?」

「あいつの言ってることは正しいってことだ」

「え」

「…No nameのような仕事にばっかり集中しちまうような堅物なやつはつい、いじめたくなる」

「堅物って…っ!私、そんなキャラじゃありませんっ」

「…まぁそんな怒るな…今は俺がお前に対して思ってることを話をしてんだ」

宥めるようにそういう高杉の端正な顔に見つめられ、No nameはなぜだか顔が赤くなってしまう。
それを本人に悟られないように、必然と呑むペースが速くなった。



それからどれだけ呑んだのかNo nameの記憶には残っていなかった。
ただ今まで、いわゆる酔い潰れた状態にはなったことがなかったので、今回呑んだ量はまさに未知の領域と言えた。

No nameが目をあけると、記憶が停止する前と同じように隣に壁にもたれかかって片膝をついて座る高杉がいた。


「…あれ…私…」

「呑みすぎたようだな。…途中から完全に呂律が回ってなかったぞ」

そういうと高杉は思い返すように、机に置いたペットボトルの水を口に含んだ。

「ご…ご迷惑をお掛けしたんなら申し訳ございませんでした…っ」

「…心配には及ばねェ…それに大して迷惑も掛かってねェ」

「…なら…よかった…」

高杉の返答に安心したようにNo nameがため息をつくと、再びアルコールに蝕まれたのか頭がふらついた。
そんな様子を見ていた高杉が今まで自分が飲んでいたペットボトルに入った水をNo nameに差し出した。

「とりあえず…これ飲んでアルコール抜け。そのままじゃ明日に差し支える」

「…って…それ晋助様の飲みさしなんじゃ…」

No nameが恐る恐るそう言うと、高杉は相変わらず鋭い眼光をNo nameに向けて言った。

「…不満か?」

「ふっ不満とか…!そういうんじゃなくて!…それは色々と問題が生じてくるんじゃないかと…」

「問題なんてねェよ」

「いや…っ、あの…晋助様は問題なくても…私の方が抵抗ありますっ!」

「……」

No nameが高杉から目線をそらしながらそう答えると、高杉は小さくため息をついてNo nameの後頭部に触れた。

「…へ…?」

No nameが驚いて顔をあげると、高杉は強引に自分の唇をNo nameの唇に押しつけた。
そしてしばらくして高杉の方から頭を離すと真剣そうな表情をNo nameに向けて言った。

「…No nameの言う問題っつーのはこれのことか?」

「な…何して…っ!」

「…俺はお前の言う問題を取り除いただけだが」

「はぁ…っ!?…っていうかそういう問題なんですか…っ!?」

「…俺はそう解釈した」

「あっけらかんと言わないでくださいよっ!っていうかそれ間違ってますっ」

No nameは自分でも驚くくらいの声でそう言った。酔いが冷めていない頭に、自分の大声は予想以上に響いた。
No nameは一瞬、意識が遠のき後ろに倒れそうになるが、高杉が後ろからNo nameの背中を腕一本で支えた。そのせいで、No nameと高杉の距離が妙に近い。

「…あ…ありがとうございます…」

「…だからさっさと俺の言うとおり、飲んでればよかったんじゃねェのか」


至近距離で高杉に見つめられたせいで、No nameはどうしていいか分からず高杉から思わず顔を背けた。

「……でも、やっぱりそれは…」

「…なら、俺に口で移されるのと、この水、そのまま飲むのどっちがいい」

「選択肢がおかしいんですけどっ」

「……」

尚も拒むNo nameに高杉は何も言わず見つめ返してくる。

「…いっ…いただきます」

そんな高杉にNo nameは少し戸惑いながらペットボトルに口をつけ一気に飲み干した。高杉はそんなNo nameを見つめながら、面白そうに笑った。

「…ど、どうして笑ってるんですかっ!?」

「…いや、なんでもねェ」


(…つーかお前)
(…はい?)
(俺に唇奪われといて、たかがペットボトルで恥じるこたァねーだろ)
(……あ)
(…今更気付いたのかよ)



【おしまい】





((2012.06.28))

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