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「何よっ!総悟なんか大ッ嫌いッ!別れてやるッ」

「…あー、俺もあんたみてェな面倒くせェ女はタイプじゃねェんで」

総悟に面と向かってそう吐き捨てたNo nameに、総悟は涼しい顔をしてそう返した。

「……。…あっそーッ!じゃあそうすればいいでしょ」

「…あぁ、そうしまさァ」

総悟の憮然とした態度にNo nameの中で怒りの炎が燃え上がり、ついには爆発した。

「…せっかくだし…最後に」

「…まだ何か俺に用でもあるんですかィ」


No nameはそれには答えず無言で総悟の元に歩み寄り、総悟の右頬に渾身の一撃をくらわせた。

「…せいぜいお幸せにねッ!バカ総悟ッ」

No nameはそう吐き捨てて部屋を出ようとすると、案の定総悟がそのまま黙っているわけがなく、不穏な雰囲気をまとっているのがNo nameの背中越しでも十分に伝わってきた。

「No name、この俺に向かって平手打ちたァ、いい度胸してんなァ…?」

「置き土産よ、あんたみたいな利己主義的な人間にはこれくらいの仕打ちが十分でしょ」

「どうやら…死にてェようですねィ…」

「…それなら総悟に殺される前に、副長にガッチリ守ってもらうんでご心配なく」

No nameが“副長”という言葉を使うと、総悟の眉が少しだけぴくついた。そして何か言いたいことがあるかのような視線を向けてきた。

「…それはそれで、俺にとっては一石二鳥ってやつですかねェ…あのうざってェ土方さんも同時に殺れんだったら…こんなに都合のいいことはねェ」

「…あーはいはい、どーせ副長の座しか見えてないもんね、あんたって奴は。…勝手にすればいいよ!もう知らないっ」


そう言うとNo nameは総悟の返事を待たずに、一方的に勢いよく部屋のふすまをを閉めた。
しばらくして、かすかに自分の右手が痺れてきたように感じたNo nameが手に視線を落とすと、自分の渾身の力を物語るように赤くはれ上がっていた。

「…今さら痛み感じるなんてね」


*

「ほォ…総悟と別れたのか…」

「ええ、まぁ…」


総悟の部屋を出たNo nameはまっすぐに上司であり、総悟との仲の良き理解者でもあった土方の部屋にあがりこんでいた。

「…っつーか、朝っぱらから何してんだよ…テメェら…お前は今日非番だからまだしも…あいつ普通に仕事だろーが」

「…別れは突然に来るんです、仕事のことなんて気にしてられません」

「No name…仮にも俺はお前の上司なんだから…仕事なんて、とか俺の目の前で言うんじゃねェよ」

「…あ、…すいません」

「…まぁ、今はどっちでも構わねェか…」

「……はぁ」

「まぁ、話を聞いた俺の率直な感想を述べるならば」

「…はい」

「…本気で総悟のこと嫌って別れてきたっつー愚痴を俺にこぼしに来るんなら、まずはその未練に満ちたお前の顔をどうにかしろ」

「みっ…未練なんてないですっ!何言ってんですか、副長っ」

土方の指摘にNo nameは激しくかぶり振った。

「そーか?俺にはそんな風に見えたんだけどな」

「ないですっ!絶対っ!変なこと言わないでくださいっ」

「…そこまで言うんだったら、俺から一つ提案がある」

そう言うと、土方は煙草を口にくわえて、No nameの前で自身の人差し指を突き立てた。

「なんですか?」

「総悟と別れたんだったら丁度いいから……俺と付き合ってみるか?」

「丁度いいって…なんですか!?地味に言い方ひどくないですかっ!?っていうかなんですか、その提案ッ」

土方の予想外の提案にNo nameは早口で突っ込みを入れる。そんなNo nameの様子を見て、土方は冷静に煙を吐き出して失笑気味に言い返した。


「…冗談だよ、冗談。…あの総悟に平然と平手打ち喰らわせられるような女は俺のタイプじゃねェよ」

「……」

「…おい…何か言い返して来いよ…調子狂うっつーか…冗談でも俺が頭下げなきゃならなくなるだろーが」

「あ…ごめんなさい…」

「……」

「……」

しばらく、二人の間に沈黙が続いた。その雰囲気に耐えられなくなったのか、土方が煙草の火を灰皿で消し、思いついたようにNo nameを呼び掛けた。

「No name」

「…なんですか?」

「気分転換だ。…今からどっか出掛けるぞ」

「…へ?…だ、誰と…?」

「…提案してんのは俺だろうが」

No nameのとぼけた様な返答に土方はあきれたように返した。

「あ、そっか……でも…」

「…どうせ俺もお前も非番だろ。このまま無駄に時間過ごすんだったら外に出た方が時間的にも有効だ」

「それは…そうですけど……」

返答に窮するNo nameの脳裏に一瞬、総悟の顔が浮かんできた。そんなNo nameの様子を見抜いたかのように問いかけてきた。

「総悟に申し訳ないとか考えてんのか?」

「なっ…ないです!それはっ」

「じゃあ否定する理由、他にはねェだろ。行くぞ?」

「…あっ…、はいっ!」

*

「さて、と。出てきたはいいが…とりあえず何か食うか」

周りを見渡しながら、土方はNo nameにそう尋ねた。

「……」

しかし、何も答えないでいるNo nameを不審に思った土方が、No nameの方へ視線を向けると、No nameの顔は下の方へ向いている。

「今、総悟のこと考えてただろ」

No nameの顔を下から覗き込んで土方は問うた。

「…ちっ、違います…っ!」

「んじゃ…俺がさっきお前になんて聞いたか答えてみ?」

「そっ…それは…」

「…ほらみろ、やっぱ考えてんじゃねェか」

「考えてないんですってば…!」

あくまでも否定するNo nameに、土方はため息をつきながら言った。

「…ちょっと頭冷やしてよく考えろ…適当に飲むもんでも買ってきてやるから」

「えっ…!?ちょっと…副長…っ」

No nameの呼びかけを無視して土方はその場にあったベンチにNo nameを座るように言い、踵を返してどこかに行ってしまった。

「頭を冷やせって言われても…」

土方に置き去りにされたNo nameは小さな声でそう呟いた。
No nameがどこかを見るわけではなく、地面をぼーっと見つめていると、自然と総悟の顔が脳裏に浮かんできた。

─確かに土方の言う通りだった。
何度頭の中から沖田総悟という人間を追い払っても浮かんでくる。

勢いとはいえ、No nameは一方的に沖田に別れを告げたことに今更ながら後悔の念を抱いていた。

「なんであんなこと言っちゃったのかなぁ……」

─そんな気持ち1ミリもないくせに。

No nameは頭を抱えたくなった。こんなときにまで弊害を起こす、自分の偏屈ぶりに嫌気がさしていた。

No nameは相変わらずじっと地面を見つめていた。だから、目の前に数人の人だかりができていることにも気付かなかった。
はっきりとその事態について把握したときには、もうすでに遅かった。

「…この女、知ってるぞ…確か、新撰組沖田の女だ」

「えっ…!?」

「へぇ…そうなの。沖田筆頭に新撰組には山ほど借りがあるからなぁ…この女に返すのも悪くはねェか」

「…あなたたち攘夷志士ね…っ!?」

No nameは咄嗟に仕事モードに切り替えようと腰に手を当てたが、いつも携えているはずの刀がない。
No nameは、はっとした。

─そうか…非番だから…刀、部屋に…っ!

「…見ろよ、こいつ丸腰だぞ。ますます都合がいいな」

「あぁ。こんなところで刀も持たずにぶらついてた自分の不運さを呪うんだな」

そう言うと、No nameの前に立つ攘夷志士の連中はNo nameに手を伸ばしてきた。
No nameが唇を噛みしめ、成す術がないことに悔い、下を向いたそのときだった。
誰かが刀を鞘から抜いた音がした。

「え…っ!?」

「うっ」

「何っ!?」

No nameが驚いて振り返ると、目の前にいた攘夷志士の連中が次々に倒れていくところだった。


「…テメェら…殺される覚悟、できてんだろうなァ?」

「おっお前は…」

「沖田…総悟…っ!」

「総悟…!?」


No nameの呼び掛けには答えず、沖田はそのままこちらに向かって歩いてくる。そして、No nameの背後から手をまわしてNo nameをぎゅっと抱きしめた。
ただ力任せに抱きしめるのではなく、その力加減には優しさが込められているのがNo nameには分かった。

「…!」


そこから何が起こったのか、No nameの記憶にはなかった。気がつけば、先ほどまでNo nameを取り囲んでいた連中は、地面に横たわっている。


「…嘘…」

「…こいつら、攘夷志士は攘夷志士でも末端ですねィ…手応えがまるでねェや」

そう吐き捨てるように言う沖田をNo nameは見上げてかすれるような声で呼びかけた。

「…総悟…」

「ん?」

「…なんでここにいるの…」

「別に。たまたまそこ通っただけでさァ」

そして総悟はそこでようやく思い出したようにNo nameから離れた。

「……。…そう」

総悟の抑揚のない返答にNo nameは少なからずショックを受けていた。

─助けにきた、なんてやっぱり虫がよすぎる…か…


「総悟、お前こんなとこで何してんだ?」

その事態が落ち着いたころに、土方がジュース片手にその場に戻ってきた。

「…それはこっちのセリフでさァ。…No nameのこと連れ出しといて肝心なとこでいなくなるってどういう神経してんですかィ?」

「…襲われたのか」

そこで土方はようやく気がついたかのように横たわっている連中に目を向け、妙に納得したようにため息をついて言った。

「…加減を知らねェ総悟にやられちまったらそりゃこういう状況にもなるわなァ」

「まぁ…こいつら、なんてこたァねェ…ただの雑魚でさァ」

「…みたいだな」

「…で、土方さんは今までどこにいたんですかィ?」

「あァ…俺は自分から一方的に別れ告げたくせにいつまでもめそめそしてる女の息抜きに付き合ってやっただけだよ」

「えっ!?ちょっと…副長っ」

「事実だろーが。…それに総悟も…今日は近藤さんと会議だろーが…お前の方こそこんなところで何してんだ」

「え…?」

No nameは一瞬耳を疑い、思わず沖田の方を見つめていた。沖田の方は土方の突っ込みにバツの悪そうな顔をしている。

「……」

「…どうして……」

「…どーせ、俺にNo nameのこと盗られちまうかもって焦ってつけてきたんだろうけどな」

「…」

「心配するな、総悟。…この暴力女を盗ろうなんざ微塵も考えてねェよ…この女はドSのお前にゃお似合いだ」

「ぼっ暴力女ってなんですか!」

「あ?間違ってねェだろ?総悟に平手打ち喰らわしてんだから」

「……うっ」

「……」

「総悟…?」

しかし、土方に何を言われても黙っている沖田を心配して顔を見上げた。
やがて心の枷が外れたかのように髪の毛を掻きむしって言った。

「あー…面倒くせェったらねェや」

「…?」

「No name」

「な…なに?」

「朝別れるっつったの…撤回してくれやせんかねィ?」

「えっ」

「…あれから頭冷やして考えたら…やっぱNo nameじゃねェと俺の女は務まらねェと思ったんでさァ」

「総悟…」

「…それに、なんだかんだ言ってもNo nameの方こそ、まだ俺のこと好きだと思いますしねィ」

「…な、何平然と当たり前のように言ってくれてんのよっ!?」

「あれ?違いやしたか?」

そういう総悟はいつものように意地悪そうな表情をしていた。

「意地悪っ!ドSめっ」

「そんなに怒らないでくだせェ」

「怒ってないっ!」

「…まァいいでさァ」

「……もうっ」

「No name」

「何よ…」

今までのおどけた様子から一変し、今度は真剣な表情をNo nameに向けて総悟は言った。


「もう一度、俺の女になってくだせェ」



(あー!もうムカツクッ)
(何が?)
(…総悟にそんなこと言われて逆らえない自分に腹立つのよッ)
(ふぅーん?)
(つーかお前ら)
(ん?)
(俺がいること忘れてんじゃねェだろうな?)
(……あ)



【おしまい】





((2012.06.21))

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