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そもそものはじまりはいつものように通常の任務を終え、同じく任務でタッグを組んでいた友人の来島また子と晩酌していた時に起こった。
「でぇー?あんた結局晋助様のことどう思ってんスか?」
乾杯の合図に二人でビール瓶を開封してから数時間、呑み語りを繰り返していた。おかげで、二人の周りには空になったビール瓶が数本と、缶チューハイが数十本と転がっている。
いい加減、呑みすぎたのか泥酔したまた子が一息ついたときに、呂律の回らない口調でNo nameに尋ねてきた。
「何よ、いきなり…らしくない話題だなぁー…っていうかその質問、そっくりそのまま聞き返すよ、また子。あんたこそどう思ってんのさぁ?」
「そりゃー尊敬してるっス。私はあの人に一生ついてくって決めてんだから」
「…あれ、何それ……恋愛感情の話じゃなかったわけ?」
「それはNo name限定の質問っス」
「はぁーっ!?何よそれ…フェアじゃないよ!?」
No nameのその返答が想像以上に響いたのか、また子は両手で耳をふさいだ。
「…うるさいんスけど。…っていうかまぁ…言い方も悪かったスけどね。私にはそういう感情ないんで」
「えー…嘘だぁ…」
「なんで嘘つく必要があるんスか」
「…だってまた子。前に目輝かせて晋助様に一生ついて行く!とか言ってなかったっけ?」
「…だぁーから、それは尊敬の意味を込めてっスよ。あーいう発言したからってそれがイコール恋愛感情にはつながんないっスよ」
「ふぅーん…?」
自然とまた子を見つめるNo nameの視線は疑わしいものへとなっていた。そんなNo nameの表情に気がついたのか、また子は不審そうな顔をしてNo nameに返答する。
「…何なんっスか…その信用してないような目は…」
また子がそう言うと、No nameは小さなため息をついて言った。
「だーってぇー…また子も本気で晋助様のこと狙ってるんじゃ、私なんかがものにできるわけないもんねー…」
自分の膝に顔をうずめながらNo nameはそう言った。
「………」
No nameが思わず言ってしまった言葉にまた子は何も言わず見つめ返してきただけだった。しばらくして、また子が返答しないのを不審に思ったNo nameが顔を上げると、ニヤニヤと笑っている。そんなまた子の顔を見て、ようやくNo nameは自分の失言に気がついた。
「いや…えっと…なんていうか…なんでもないよ?っていうかもぉおおおっ!また子!ずるいっ」
「なんとでもどーぞ!っていうかずるいなんて言われる筋合いないっスね。勝手に暴露したのNo nameなんスから」
「いーや!また子のことだからわざと私に暴露させようとして、あんな質問投げかけたんでしょっ」
「はいはい…好きなだけ言えばいいっスよ。…でも残念ながら私の脳にはしっかり今の言葉刻みこまれちゃいましたけど」
「言うな言うなぁ!恥ずかしいっ」
「まぁまぁ!落ち着いて。別にしゃべんないっスよ、それにそんなこと随分前から分かりきってた事実じゃないスか」
「…へ?何それ、どういうこと…」
「要するにNo nameが分かりやす過ぎるって話っスよ。…それなのに自分ばっかでなんとかしようと考えてたんで、今まで何もできなかったわけっスよね」
「ちょ…ちょっと待ってっ!なんでそんなこと知ってんのっ!?」
「…私を誰だと思ってんスか。それにあんたとの付き合いも長いんだから、これくらい読めて当然って感じなんスけどね」
また子はそう言いながら、ほぼ空になっているするめの袋に手をいれ中身を探っている。
そしてようやく見つけ出したげその干物を口に放り込んで続けた。
「…ま、今まで仕事も散々二人三脚でやってきたんスから、恋愛もそれでいいっしょ」
「……」
「それにあんた、放っておいたら何しでかすか分かったもんじゃないしね。…そーいう話なんだったら最初から打ち明けてくれた方が手も貸せたかもしれないのに」
「また子ぉおおっ!ありがとぉおっ!やっぱ、あんたは私の親友よぉっ」
そう言いながらNo nameはまた子の首に巻き付いた。するとまた子の方はすっかり酔いがさめたのか少し面倒くさそうに言った。
「んじゃさっさと行動に移すなりしてくれないスか?手段を選んで手をこまねいてるNo nameを見てるとどうもイライラするんスよ」
「えっ!じゃあどうすればいいの?」
「そりゃもちろん、晋助様に直で会って言うしかないスよね」
「げッ!何それっ!いきなりハードル高っ」
「何言ってんスか。言うタイミングなんていつでも同じっスよ」
さも当然、と言うようにまた子は言った。
「で、でも…晋助様ってやっぱり忙しいし、私なんかの話を聞いてる暇なんてないんじゃ……」
「それはないっスね。よく仲間内で祝杯あげてるの見かけたことあるし…まぁさすがに昼間は無理だろうけど」
「……」
「あ、じゃあ昼間に晋助様捕まえて夜に話があるんで…って感じで呼び出して告白するってのはどうっスか?…これ、我ながらナイスアイデアじゃないスか…これでいこう!」
「いこう!って…また子!私まだ賛成なんてしてないんだけど!」
「…そんなこと言って逃げて逃げて今じゃないんスか?」
「うっ」
「それにさっきも言ったけどいつか伝えるなら今から伝えるのも同じっスよ」
意気込んでそう言うまた子にNo nameはしばらくしてから、ついに折れたのだった。
*
高杉の姿が一瞬でも視界に入ると、No nameの胸の鼓動はこれでもか、と言うくらい高まってくる。
また子は伝えるということを意識しすぎるからそうなるんだ、と笑いながら言ってくるが、それはあくまでも第三者の意見で、実際にその場に当事者として立つと意識せざるを得ない。
何度やめようと思ったことか。しかし、また子にうまく言いくるめられてしまい、今更辞めるなどという言葉をどうしても発言することができなかった。
それからしばらくして、ついにその瞬間がやってきたのだ。
…というよりもしびれを切らしたまた子が強引にNo nameを窮地に追いやったのである。
気がつけば、夢にまで見た高杉の姿が目の前にあった。
「…で?俺に何の用があるってんだ?」
煙管の煙を口から吐き出しながら目線だけをNo nameの方へ向けて高杉が言った。
「用事っていうか…言いたいことがあるって言うか……」
No nameが曖昧な言葉でそう返すと、高杉はNo nameの瞳をじっと見つめて聞き返した。
「何だ」
「…今晩…っ、晋助様に好きだとお伝えしたいのでお時間頂けませんか…っ」
「……」
No nameは緊張のあまり自分が何を言っているのか分からなくなった。ふと顔をあげると、高杉は妖しい笑いを浮かべている。
とっさにNo nameは自分が言ったことを思い出そうとするが、思い出すことができなかった。
「…あ、あの…?」
「…クックック。なるほどねェ」
そう言いながら高杉は不自然なほど見つめてきた。高杉の端正な顔に見つめられ、No nameはあわてて目線をそらして言った。
「…じゃ、じゃあ夜になったらまた来ますので…っ!」
即座にその場から逃げようとするNo nameに高杉が後ろから声をかけた。
「…待てよ」
「…は、はいっ」
「…お前の言いたいことの返事を今ここでしてやるよ。…だったらお前もわざわざ後で出向かなくてもいいだろ」
「し…晋助様っ…私の言いたいことの見当がついてらっしゃるんですか?」
「……」
高杉は、No nameの素っ頓狂な発言に一瞬虚を突かれたような表情をしたが、すぐに素に戻り続けて言った。
「…お前みたいな面白ェやつを俺の特別な女にしてやるのも悪くねェ」
(…って晋助様に言われたんだけど、これどういう意味だと思う…?)
(…本当に分かんないんスか?)
(……)
(特別、とか言われてるくせにっスか?)
(…だってっ…!)
(…なんつーか、やっぱNo nameに晋助様ほどの男はもったいないような気がしてきたんスけど…)
【おしまい】
((2012.05.31))