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「…やーっぱ、昨日無理するんじゃなかったなぁ…」
No nameはたった今測り終えた体温計を見つめながらそう呟いた。
No nameの体温は38度を超えていた。
重い体を起こし、ふらふらになりながらふとんを抜け出した。
─とりあえず、今日は仕事に行けそうにない。
欠席を伝えるため、携帯電話に手を伸ばそうとしたその時、No nameの部屋の扉が唐突に開いた。
「いい加減にしねェと遅刻しやすよ…いつまで寝てるつもりですかィ?」
「総…悟…?」
No nameが顔を上げると、なぜかバズーカを携えた沖田総悟が立っていた。
「…って…あんた…なんでそんなもん持ってるわけ…」
「あァ、これですかィ?寝坊確定の先輩の頭吹き飛ばしてやろうと思って…」
「…そんなもんで吹き飛ばされたら確実に私だけじゃなくてこの屯所も吹き飛ぶよ…」
No nameは今思いついた精いっぱいの皮肉を総悟に向けた。
「ンなことより…どうしたんでィ、その顔」
「…顔?」
「妙に赤く感じるのは俺の気のせいではないと思うんですけどねェ」
そう言うと総悟は遠慮なしにNo nameの部屋にあがりこみ、No nameに近付いてきた。
「…ちょっとあんた…妙齢の女の部屋に勝手に上がりこむなんて…あんたにはデリカシーってもんはないのか!?」
「じっとしてくだせェ」
No nameの皮肉を再び無視して総悟は手を伸ばしてきた。No nameが反射的に目をつむると、次の瞬間に総悟の大きな手がNo nameの額に触れた。
「…やっぱり、熱あるじゃねェですかィ」
「8度超えだって、笑えないよね…こりゃ」
「その身体じゃ、今日の仕事は無理ですねェ」
「…じゃあ、それを土方副長に伝えといてくれる?」
「…こっちは起こしに来ただけなのになんでお願いまで聞いてやらにゃいけねェんだよィ」
「…総悟、あんたってやつは嫌みの一つでも飛ばさないと素直に行動できないわけ?」
「No nameさんこそ、昨日近藤さんの誘い断っときゃ…ここまで体調悪化することなかったんじゃねェですかィ?」
「…え」
総悟のその言葉にNo nameは少しドキッとした。…見ていたのか。
「…とにかく、今日はゆっくり寝といた方がいいでしょ。ほら、横になってくだせェ」
総悟はそう言いながら、No nameに再び布団に入るように促した。そして、もう一度きれいにふとんをかけなおしてくれる。
「…土方さんには俺から伝えておくんでィ」
「あ…ありがと」
「んじゃ、お大事にィ」
そう言って部屋を出ようとする総悟をNo nameは後ろから呼び止めた。すると、総悟が振り返った。
「…何ですかィ」
「なんか…妙に優しくない?総悟」
「…No nameさんは俺にいったいどんなイメージ持ってるんでィ…俺だって他人に優しくなる時くらいありまさァ」
「…ふぅん…?ついさっきまで毒々しい言葉私に投げかけてたくせに…急に優しくなっちゃって。…なんかあるんじゃないの?」
「…大人しく寝てねェと、仕事に参加させますぜィ」
「…それは勘弁、さすがにそれは無理」
「じゃあ俺の言うこと聞いて、大人しく寝といてくだせェ」
「…ありがとね」
No nameはもう一度そう言って、総悟が部屋を出て行くのを寝ながら見送った後、もう一度頭まですっぽりとふとんをかぶった。
*
「よーし!みんな思いっきり羽目外していいぞォ!」
近藤がビールジョッキ片手にほぼ全裸状態でそう言った。
No nameはそんな近藤の姿をぎりぎり視界に入れない程度にNo nameもグラスを片手に持ち、部屋の隅にいた。
仕事から帰ってきてから、なんだか身体が重い。いつもはもう少し楽しんで吞み会に参加できるのだが、今日はそんな感情すら湧いてこない。それどころか声を出すのも億劫に思うほどである。
No nameは深いため息をついた。
すると、その瞬間を目撃していたのか、目ざとく近藤が声をかけてきた。
「おぅNo name!どうした?辛気臭ぇ顔してんなァ!」
「…あ、局長…」
「んー?よく見たらお前、顔色悪いなァ」
「…ちょっと調子悪いみたいで」
「そうか!それなら、酒を飲め!酒は百薬の長つってな、何にでも効くようにできてんだよ」
豪快に笑いながら、近藤はNo nameにビールをたっぷり注いだジョッキを手渡した。
「…あ、じゃあ…頂きます」
No nameは渋々そのジョッキを受け取り、一気に飲み干した。
「おっ!イケる口じゃねェの。ほら、もっと飲め飲め!」
気付いた時には、その部屋の中に数十本のビール瓶や缶チューハイの缶が散乱していた。
そのころになると、No nameは完全に夢の中へ飛んで行っていた。
「…普通女にここまで呑ませやすかィ?」
呑みすぎてくたくたになって眠っているNo nameを見下して、総悟はため息をつきながら言った。
「同感だな。…まぁ、No nameは紅一点だし…近藤さんとしてはそれもあって色々気にかけてんだろ……やり方には賛同できねェが」
「…土方さんもあんまり呑んでねェみたいですねィ」
「…俺まで酔っぱらっちまったら何かあった時どうすんだよ」
「…違ェねェ」
「お前も呑まなかったんだな」
「…気分でさァ。今日は呑みてェ気分じゃなかったんでィ」
「ま、そういう時もあるわな……」
そこまで言って土方は持っていた煙草に火をつけ、煙をふいた。
「…とりあえずお前、No nameのこと頼むぞ」
「了解でさァ」
*
No nameは目を覚ました。
あれから何時間眠っていたのだろう。
置時計を確認するために身体を起こすと、突然隣から声をかけられた。
「…起きたんですねィ」
「えっ!?」
No nameは驚きのあまり身体が硬直してしまった。そして、恐る恐る声の方に顔を向けると、No nameの部屋の壁にもたれながら、胡坐をかいて座る沖田がいた。
「そ、総悟っ…いつからそこに…」
「さァ?1時間くらい前じゃねェですかィ?」
「…な、なんで……」
「…別に?No nameさんの様子が心配だったんで、見に来ただけでさァ…」
「…仕事は?」
「とっくに終わりやしたよ。その間ずっと寝てやしたから…多分、過労からくる発熱でしょうねィ」
「過労…って…」
「要するになんでもかんでもしょい込みすぎってやつですかねェ…朝も言いやしたけど…嫌なら昨日もさっさと誘い断って寝てりゃあよかったんじゃねェんですかィ」
総悟が何もかも見透かしたようにそう言った。
「…なんで…」
「そりゃ、ずっと見てたら分かるもんでさァ。…あんたがどういう人間で、どういう考え方するか」
総悟はそこまで言うと、不意に立ちあがりNo nameが寝ている布団の隣に歩み寄ってきた。そして、そこに腰をおろして再び話し始め、No nameの右頬に自分の手を添えた。
「…顔色も元通りですし、明日には完全に復活できますねィ」
「……」
「じゃ、俺はこれで」
総悟はそう言うと再び、立ちあがり部屋を出て行こうとする。
「…ちょっ、ちょっと…っ!」
「なんですかィ」
「……あ、なんでもない…」
No nameにはどうしても気になることがあった。それを問いただすため声をかけたのだが、それを本人に聞く勇気はなかった。
すると総悟は再び、その場に片膝をついて、No nameの顎の先を軽く持ち上げ言った。
「…どうせ、俺がなんでここまでするか聞きたかったんだろィ」
「…!」
「そんなの簡単でさァ。…ただ単に俺があんたのこと放っておけなかっただけなんですから」
(…総悟お前、やけに素直に俺の言うこと聞くんだな)
(…何勘違いしてんですかィ?土方さんに言われたからじゃなく…相手がNo nameさんだから動くんでさァ)
(はァ?)
(俺以外の誰かに勝手に触れさせたくねェんでィ)
(……)
(…ま、本人はそんな俺の気持ちに微塵も気付いてねェようですけど)
【おしまい】
((2012.05.17))