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─臆病な私はただ君の横顔を見つめるしか出来ない。
だから、少しでもあなたの側にいたくて…あなたの背中を追って…この高校を選んだの。


「また見てんのか?」

「うー…」

一時間目の授業を終え、特にすることが思いつかなかったNo nameの視線は自然と学ランを着た“彼”=沖田総悟に向かっていた。

「らしさ0、だな」

そんなNo nameの姿を見兼ねたのか、幼馴染の土方十四郎がNo nameの机の上に手をつき、話しかけてきた。

「嫌味なんかいらないんだけど…」

「…俺にキレてる暇あんだったら話すなりすりゃァいーじゃねェか」

「それができたら苦労しない」

「…あー、まぁそうか、中学時代なーんもできなかったからこうやって追いかけてきたんだもんなァ?」

「…それを言わないでってば!」


─自分でそれを理解しているからこそ、人に指摘されると自分の情けなさに腹が立ってくる。

「高校入学を機に自分を変える!とか宣言してたのどこのどいつだったか…」

追いうちをかけるように土方がNo nameに言葉を浴びせてくる。


「変わろうと思ったんだけど……」

「まァ、あいつ生意気で話しかけにくいのもなんとなく分からなくはねェけど、…俺もバカにされてるしな。でも普通に喋ってんだろ?」

「それはトシが沖田くんと友だちだからでしょ?それに…沖田くん、どう考えても美人好きでしょ…私のようなやつ相手にされるワケないじゃん」

「…いや、美人好き関係なくね?っつかさー…お前、口言ってばっかで全然行動してねェだろーが」

「行動!?無理無理ッ!あたしなんか絶対アウトオブ眼中に決まってる…!…中学三年間名前すら呼んでもらったことないんだよ?…沖田くんの記憶にすら残ってない自信ある!」

「…ダメな方にすげェ自信だな、お前……」

土方が苦笑しながら言った。

「つーか、んなこと言ってたらまた無駄に高校三年間過ぎ去っていくぞ」

「分かってるよ!…でも怖いっ…私なんかに話しかけられたら嫌でしょ!?」

「はー…まァたそれかよ?つーかそれはNo nameが一方的に決めつけてるだけだろ」

「でも分かるッ!乙女の勘でッ!」

「…乙女がどこにいるって?」

「ここよ!トシの目の前!見えないッ!?」

「俺の目の前にいんのはただの臆病なバカ女だけだな」

「…なんであんたみたいなのがモテるんだろー…?意味わかんない」

「さぁな、それは俺にゃ関係ねェ話だが」

「…あっそ」

「ま、どっちでもいいけど。見てるだけじゃなくて行動に移せ。俺が言えるのはそれだけだよ」

「…う」

「…何も難しいこと言ってねーぞ?手始めに挨拶くらいしてみるか」

「…手始めに?」

「このままお前をこうやって説得し続けても行動に移しそうにねェから、今から無理矢理窮地に追い込んでやる」

「…何それ……嫌な予感しかしないんだけど…何する気……」

No nameがそう言い終える前に、すでに土方は噂の沖田に向かって声をかけていた。

「総悟、ちょっと来い」

「…何ですかィ」

「…ちょっと…うそでしょっ、トシ…!?」

土方の行動でまさに窮地に追い込まれたNo nameは焦って土方の方へ視線を向けた。

「俺に何か用ですかィ?」

「いや、俺からは別になんもねェ、でも…こいつがお前と話したいのに話せねェっつうから、話してみろって言っただけだよ」

「…」

No nameの悩みを隠すつもりなど、土方には毛頭もないようで、あっけらかんと沖田に言った。

「ちょ…っとトシ……」


土方の言葉を聞いた沖田の視線が途端にNo nameに向けられる。
沖田の端正な顔つきに見つめられ、No nameの鼓動が急に慌ただしくなってきた。


─見られてるよね、これ!?
っていうか…そんな…いきなり…
私…何の準備もしてないのにっ…


「…っ」

「…」


沖田は何も言わずにNo nameを見下ろしている。


「………っ」

「おい、No name。何か言ったらどうなんだ…」

「…」

「あの…」

「…」

「ごめんなさいっ!」

・・・・

・・・・・

No nameの予想外の言葉にその場の空気がいっぺんに凍りついた。

「……はァ?」

「…へ?」

「なんで謝ってんだよ、お前……」


No nameの様子を見て顔をしかめながら土方が言った。


─それはあたしも聞きたいデス。
…なんで謝った?


「ぎゃああああああああああああっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

「…」

「…なァーんでこうなるんだよ、こいつは……」

土方が呆れながら髪の毛をかきあげた。

「ホンット、ごめんなさいッ!やっぱり私が沖田くんに話しかけていいわけないよねーうん」

「…土方さん、何なんですかさっきから。この女」

沖田が扱いに困っている動物を見るような目線でNo nameを見ていた。

「…俺も予想外だ」

「…さすが土方さんの幼馴染って感じですねィ」

沖田も半ばあきらめが入った口調で溜息をつきながら言った。

「あー!思い出した!私ー、銀八先生にノート運ぶように言われてるんだった!今から行ってこなきゃー!…っじゃ!」

そういうとNo nameは二人の返答を待たず、その場を飛び出した。

「…逃げんのかよ……」

*

「…え、ちょっと待って…」


さっきの出来事を冷静にNo nameは振り返る。自分の醜態を鮮明に思い出した途端に顔が真っ赤になってしまう。

─せっかくトシが作ったチャンスに…
私ってば…何してんの…?
しかも…
な・ん・で・謝・っ・た・?

─また…やっちゃった…

そう気付いた時には、No nameはがくっとうなだれ壁にもたれかかっていた。
すると、そこに後方から声が飛んできた。

「おい、そこの女止まれ」

「…」

「聞いてやすかィ?」


ぼぉーとしていたNo nameは肩を掴まれるまで自分が呼ばれていることに気がつかなかった。

「えっ?」

No nameは思わず抱えていたノートを落としそうになった。

「…何で、そんな驚いてんですかィ」

「お、沖田くん…っ!?」

まぎれもない、そこにいたのは沖田総悟だった。

「…まさか、追いかけてきたの?」

我に返ってた時、No nameは自分の発言に後悔した。

─何言ってんの?私。

「…。…あんた俺になんか用事があったんですってねェ」

さっきの問いにあえて聞こえないふりをした沖田は逆にNo nameに問いかけた。

「用事…?」

「って土方さんに聞いたんでねィ」

「…あ」

「…何ですかィ?」


「あの…」

「ん?」

「私…ッ、中学の時からずっと沖田くんのことが大好きで…!沖田くんを追いかけてここまで来たの!」

気付いた時にはそう言っていた。
さすがにそんなことを言われるとは思っていなかったであろう沖田の表情は案の定、あっけにとられている。
そしてふと我に返った時沖田が言った。


「…まさか全校生徒が行き来するこの廊下でそんな盛大に告白されるとは思いやせんでしたねィ」


沖田に冷静につっこまれ、No nameは自分が何をしたのかようやく悟り、あわてて否定した。

「…あっ、違っ…」

「あれ、違うんですかィ」

「…いや…違わないんだけど、それを今言うつもりはなかったというか…タイミングを間違えたというか…」

「ふぅん?」

「だから…あの、さっきの言葉…忘れてくださいっ」

「やだね」

「…やだねって…っ」

「…ま、突然だったんで確かに驚きやしたけど、俺あんたみたいな直球勝負の女嫌いじゃねェですし」

「えっ」

「もちろん付き合うどうこうは関係ねェですけど」

期待しかけたNo nameに沖田の見事な言葉のカウンターが決まった。

「…で、ですよね……」


No nameが沖田の言葉にショックを受けていると、沖田は突然何も言わずNo nameは抱えていたノートの半分を自分の方へ寄せた。


「あ…ちょっと!何してっ」

「何って職員室まで運ぶんだろィ?手伝ってやろうと思ったんですけど、何か文句ありやすかィ?」

「…ないです…」

「だったらほら、急がねェと休み時間終わっちまうだろィ、No name?」

それはあまりにふいの出来事で、何が起こったのか理解するのにNo nameは数秒の時間を要した。

「…名前っ」

「…あァ、これから3年長いんだから、名前くらい呼んだっていいだろィ」

「うん…」

「ほら、放っていきやすぜ」

「ま、待ってよっ!沖田くん…!」



(だめですねィ)
(…え、何が…?)
(俺があんたを名前で呼んだんだ。そこはあんたも俺を名前で呼ぶのが道理ってもんだろィ)
(…いいのっ?!)
(いいも何も、それくらいしねェと俺とは付き合えねェよ?)




【おしまい】





((2012.04.12))

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