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〜♪

まただ…
また鳴ってる…
大好きな人からの着信音。
特別に他のみんなとは別に設定してあるから間違えるわけがない。

でも…

「やっぱ無理ぃっ」

No nameは枕で自分の頭を覆い、その上からさらに布団までかぶってその音が聞こえないようにする。
でも気休め程度にしかならず無駄であることはNo name自身が一番よく分かっていた。

いったい何回目だろう?
最低なことをしているのは自覚していた。そして多分向こうもあたしが電話が苦手でわざと電話に出ないことを自覚しているに違いない。

しばらくしてやっと着信が止んだ。
No nameはふっと安堵のため息をもらし、さっきまでけたたましい音をあげてい
た携帯電話に手を伸ばした。
履歴を見るとやっぱり先ほど電話をかけてきたのは好きな人だったようだ。


─土方十四郎。

携帯でまたその名前が表示されるたびに鼓動が高鳴るのがわかった。

「十四郎さん……絶対怒ってるよね…」

そう思うと今度は不安のため息が出た。
でも…苦手なものは仕方ない。
No nameは心で必死に謝りながら携帯電話の画面を見つめてた。


すると再び携帯電話のけたたましい音がNo nameの部屋に鳴り響いた。
No nameはあまりにびっくりしすぎて思わず通話ボタンを押してしまう。
その発信主の名前を見てNo nameはさらに驚いた。
なぜならそれは今しがた電話をかけてきた、まぎれもないNo nameの彼氏である土方十四郎だったのだから。

今すぐ切ろうかと考えたが、それはあまりにも失礼すぎると思い直し、No nameは意を決して話し始めた。


「…もしもし?」

もしもしじゃねーよ!バカヤロウ!ちゃんと電話出られるんじゃねーか!」

開口一番、No nameの耳に土方の大きな怒声が響き、思わず受話器を耳から遠ざけてしまった。

「ご…ごめんなさい…っ!」

「居留守なんか使いやがって!そんなに俺からの電話が嫌なのか?」

「…そ、それは違うっ!」

「何が違うっつーんだよ」

「だから…っ!電話は苦手だって何回も言ってるでしょ…っ!?」

「……そんな理由かよ……」


No nameの言葉に土方は呆れたように溜息をついた。

「あたしにとっては大問題なんだってば!ホントに心臓破裂しちゃうかと思ったんだからね?…しかも!今までこんな連続でかけてきたことなんかなかったのに…!」

「不意打ちっつーやつだな。…まぁある程度お前の行動読めてたし…」

「…う」

「……」

「…だって…本当に苦手なんだもん……」

「…しょーがねェやつだな…ったく」

「…ごめんなさい……」

「まぁ、んなくだらない理由でも声聞けただけマシだと思えばいいか」

「え…?…今なんて……?」

受話器から聞こえた思いがけない言葉にNo nameは思わず聞き返した。


「…な!なんでもねーよ」

それを聞いた土方はあわてたように続けた。

「十四郎さん…心配してくれてたの…?」

「…聞こえてたんじゃねェか」

「…だってなんかとても十四郎さんが言いそうな言葉じゃなかったからびっくりしちゃって……」

「…あのなぁ…」

「…はい……」

「何回もかけてんのに電話出ねーんだぞ!?電話苦手なのは知ってるっつっても…もしかしたら何かあったのかも知れねェって思うのが普通だろーが!」

「…えっと…」

「お前は俺の女だろうが!俺が心配しねェで誰が心配すんだよ!」

「…そんな風に思ってくれてたんだ…」

「当たり前だろーが!」

土方のその返答にNo nameに、怒られていると分かりつつも心に暖かい風が吹き付けたようだった。

「……十四郎さん」

「あァ?」

「あの…こんなこと今言ったら怒られるかもしれないけど……」

「…んだよ」

「今、私すごい幸せ」

「……」


No nameの思いがけない言葉に土方は黙ってしまった。さすがに怒られるかと思ったNo nameは自分から続けた。


「…えっと……聞いてる?」

すると、しばらくして土方がゆっくりと答えた。

「…んじゃ、その幸せ…俺に寄越せよ」

「へ?…ど、どうやって…!?」

「No nameから俺に電話かけてくれるだけでいい」

「…えっ!?ちょっと!それ…世間一般でいう…ムチャぶり……」

「んじゃ…今まで居留守使って俺の電話に出なかったこと許してやんねェよ」

「それはヤダ!」

「んじゃかけてこい」

「…メールじゃ…だめ…?」

「んなもんいつもやってんだろうが!なんの特別感が得られんだよ!アホか!」

「…!」

“特別感”という土方の思いがけない言葉にNo nameは言葉が出なくなってしまった。


「聞いてんのか?」

「…き!聞いてますっ」

「んじゃ待ってるぜ」

「…あ…あの…!」

「じゃあな」


No nameが言う言葉を聞こうとはせず土方は強引に電話を切った。
しばらくNo nameは自分の耳から携帯電話を話すことができなかった。

普段の土方からは考えられないような甘い言葉が節々に含まれていたことが一番の原因だった。


「電話か…」


しばらくぼぉっとしていたNo nameは先ほどまで話していた携帯の画面を見つめながらつぶやいた。

電話自体が苦手なわけではない。
実際、土方と同僚の沖田や上司の近藤に電話するときはなんの緊張も起こさない。
相手が土方だからこそ、こんなにも緊張するのである。

【その幸せ…俺に寄越せよ……】

さっき言った土方の言葉がよみがえってきた。そしてまたNo nameの鼓動が速くなる。

しかし、No nameはどうしても発信ボタンを押すことができなかった。


*

「……遅い」

業務中にも関わらず土方は携帯の画面と見つめあっていた。
そんな様子を見兼ねた沖田が横から土方に嫌味を飛ばした。

「…いっつも仕事なめんなって言ってんのどこの誰ですかィ?仕事中に私情で携帯触るなんて聞いたことありやせんぜ、土方さん」

「…うるせェよ」

「…No nameとケンカでもしましたかねェ」

「お前にゃ関係ねェ」

「……チッ」


土方のぶっきらぼうな態度に沖田は舌打ちをして車に乗りこもうとしたその時、土方の携帯の着信音が鳴った。
沖田が土方を見ると、一瞬表情が和らいだように見えた。

「…お目当ての女ってとこですかィ」

「…」

土方はそれには答えず、電話に出た。


「…もしもし…?」

「と…十四郎さん…!?えっ…なんでっ!?…あ、そうじゃなくて……わ、私…No nameです…っ!」

予想通り焦っていたNo nameに土方は思わず表情を緩めた。

「…あぁ」

「…それにしても……十四郎さん…電話出るの早くないですか?今仕事中ですよね…?」


No nameのもっともな疑問に今度は土方が言葉を詰まらせる番だった。

「……」

「ねぇ…十四郎さん…?」

「……」

何も答えずにいて、しかも客観的にみてどう見ても焦っている土方に沖田は助け舟とはとても呼べないような助け船をだした。


「当たり前でさァー土方さん、今日ずーっとあんたの電話待ち続けてたんですからねェ」

「…え」

「お前っ!総悟っ!余計なこと言うなッ」

「…えっと…あの……十四郎さん」

「あんだよ」

「…今の話本当?」

「……」


No nameの直球な質問に土方はしばらくして照れたように言った。



「…悪ィかよ……」

「…ううん、全然…!嬉しい…っ」

「でもまぁ…おかげで…幸せは分けてもらえたよ」

「…うん…」

「これからも頼むわ」

「えっ!?」

「…想像以上にお前からの電話が嬉しかったんだよ!…まだ言いたいことあるか?」

「…ない……です…」

「んじゃ待ってる」

「……うん。あ…お仕事頑張ってね」

「…あぁ」


そこで電話が途切れた。
土方はしばらく先ほどまでの感傷に浸るかのように携帯の画面を見つめながらふっと微笑んだ。



(人前でイチャついてる自覚あるんですかねィ、このバカップルが)
(…しかも無駄に幸せそうで腹立つんだよ、土方コノヤロー)



【おしまい】







((2012.03.16))

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