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「何言ってるんですかィ、俺があんな女興味あるわけねェだろィ」


ドア越しにたまたま聞いてしまった言葉。
聞かなきゃよかったと後悔してももう遅い。
脳ではそれを理解していても体はやっぱり正直だ。No nameはその場で微動だにできなかった。


ずっとずっと沖田さんが好きだった。
だから、側にいたくてやっと同じ隊に配属されるまで上り詰めたのだ。そして、やっとの思いでまともに会話できるようにまでなったのである。

─なのに、その思いを踏みにじるかのような今の沖田さんの言葉。ショックで呼吸すらままならない。


「さぁー、どうだかなぁ…お前のNo nameに対する態度が、たまに俺からお妙さんへの愛のシグナルと少しかぶる時がある」


その場にいた近藤が腕を組みながら目の前にいた沖田に向けてそう言った。


「俺をあんたみたいな変態ゴリラストーカーと一緒にしねェでくだせェ」

「え、ゴリラ?ゴリラって言ったよね、今?」

「…まァー…近藤さんのストーカーの件は差し引いてもそれ以外は俺も納得だな」


同じくその場にいた土方がたばこの煙をふっと吐きだして言った。


「…お前、この間の仕事でNo nameのミス自分がしたことにしたらしいじゃねェか」

「さァ?んな昔のこたァ覚えてやせんねェ」

「…ま、お前の気持ちなんざ俺には関係ねェが?さっさとなんとかしろ。イライラすんだよ」

「俺ァ常にあんたの存在にイライラさせられてる身ですけどね、土方さん?」

「それはこっちのセリフだよ」

「おい!お前らっ!その辺にしとけ!」


このまま暴走してしまいそうだった土方と沖田の間にあわてて近藤が仲裁に入った。

「先に言い始めたのは土方さんですぜィ?」

沖田は明らかに不満そうな言い方をする。
─さっきまでの会話も忘れ去られたかのように、沖田の怒りのすべてが土方に向けられていた。

しかし、No nameにはそんなことは頭に入らなかった。沖田の言った言葉しか出てこない。


──沖田先輩……


ふっと気が緩んだその瞬間だった。
No nameの体がふすまにふれかすかに物音が響いたのだ。


「ん?」

「誰かいんのか」

逃げようと思ったがそれはすでに遅かった。
勢いよく沖田によってふすまが開けられたのだ。

「そこにいんの誰でィ」

「……!」

開けた沖田自身も予想していなかったのだろう。
お互いの身が固まった。

「なんだァ?誰がいたんだよ……」

そんな沖田の様子を不審に思った土方も後ろからひょっと顔をのぞかせた。

「…あ」

「No name…?」

土方に名を呼ばれ、我に返ったNo nameは思わずその場から逃げだした。
そんな様子を見ていた土方がまた溜息をついた。

「…あの様子じゃさっきの話聞いてたな?」

「……」


土方の言葉に沖田は答えず、No nameが逃げたあとをじっと見つめていた。
何もせずにそこにいる沖田を見兼ねてか、近藤が後ろから言葉を投げかけた。


「……追え、総悟。好きな女泣かせるなんて最低の男のすることだぞ」

*

─最悪……
聞き耳を立てていたことがばれた上にあの場所からすぐに逃げたんじゃ…あの話を肯定してるのと同じじゃない……っ!

No nameはあふれ出そうになる涙をぐっとこらえて天を仰いだ。
そこは屯所内にある桜の木の下だった。
──なぜだかここに来ていた。
季節がら、桜の花びらが舞っている。

─そう、ここで沖田に出会った。
屯所内を見学していて迷ったNo nameが途方に暮れていると、どこからともなく現れた沖田がNo nameの手を引き、出口まで送り届けてくれた。


「こんな広い建てもン中、女一人が歩き回るもんじゃねェよ?」

呆れたようにそう言った沖田の表情をNo nameは今でも覚えていた。
そしてそのまま何も言わず屯所内に戻ろうとして沖田を捕まえてあわててお礼を言うと、今度はさっきまでの表情とは逆に、優しい表情をしてNo nameに言った。


「こん中ゆっくり見たいんだったら、新撰組に入隊すればいいんでさァ。…その時が来たら俺が案内してやりまさァ」

*

覚えてなくても構わない。
でも…沖田のそばにいたかった。
こんな人が上司なら…そう思って、新撰組入隊への道を志した。
でも日々沖田を見るたび胸が高鳴り、その気持ちが単なる尊敬だけじゃないとようやく気付いたのである。

─そんな思いさえ消えてしまったようだった。

No nameは桜の幹にもたれかかるように立っていた。
次の瞬間、No nameの頭に誰かの掌が乗る感触がした。


「え…?」

「…何してんですかィ、んなとこで」

「お…沖田先輩っ…!」

「…」

「…ど、どうして…」

「目の前で逃げた女追いかけてきただけでさァ」

「…なんで…私を……」

「それはNo nameが逃げた理由を話してくれりゃァ、俺も理由話しまさァ」

「…!」

「……」

本当にNo nameが話さなければ沖田は何も言わないつもりなのだろう。
何も言わずNo nameの顔をじっと見つめている。


「…うっ」

沖田の整った顔にじっと見つめられたNo nameは、途端に緊張してきた。
でもこのまま黙っていても前に進まないので、No nameは意を決して語り始めた。


「先輩が……私なんかに興味ないって言った時ものすごくショックで…多分、それは後輩として沖田先輩を尊敬しているのではなく…一人の人として先輩のことを好きだから…!…だから……」

続けて言おうとするNo nameを制止するように、沖田が突然No nameの身体をぎゅっと抱きしめた。

「…えっ!?」

「はい。よくできました」

「よ…よくできましたって……」

「んなこと俺が知らねェわけねェだろィ?」

「…!」

「…だったらこの場所まで迎えに来たりしやせんぜ」

「この場所…」

「俺が初めてあんたを見つけた場所」


すると沖田がじっと桜の木を見上げた。
No nameもつられて上を見上げると、沖田がこちらに視線を移した。


「今度は俺の番ですねィ」

「…?」

「…この場所であんたを見つけたあの日から、俺はあんたが好きです…ワケもなく惹かれたんでさァ…なんとかしてやんねェとって思ったんでさァ」

「……」

「…守ってやりてェと思うことはその人を大切にしたいと思うことと同じだろィ?」

「…先輩……」

「…」

「じゃあなんでさっきあんなこと…」

No nameが沖田を見つめると沖田はふてくされたような表情になり言った。


「…俺の気持ちを土方さんや近藤さんに見透かされるのがなんかいやだっただけの話でさァ」

「……」

沖田のその言葉を聞き、No nameは思わずふふっと笑った。


「何がおかしいんでさァ」

「…先輩のそういうとこ好きですよ、私」


驚くほど簡単にNo nameの口から好きという言葉が出た。
そのことに驚いたのはNo nameよりも沖田のほうだった。しかし、すぐに嬉しそうに微笑みNo nameをぎゅっと抱きしめ、自分の唇をNo nameの唇に重ねた。



(今日から俺の女ってことで)
(…はい?)
(二人でいるときの敬語と先輩呼びは禁止でさァ)
(ええっ!?)
(破った場合はそれ相応の罰がつくことを覚悟しといてくだせェ)






((2012.03.15))

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