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「何やってんですかィ、こんな遅くに」

「…げッ、総悟ッ…なんで起きて……」

「ガタガタ物音するから眠れなくてねェ」

「…あ、ごめん」

「…で、何やってんですかィ」

「なんでもないッッ!」

慌てて机の上に並べられたいろんなものを片づけ出したNo nameに総悟は疑わしそうに呟いた。


「……ふぅん?」

「もうっ!早く寝てよッ」

「…その前に一つ賭けやせんかィ?」

「は?賭け…?」

「そうでさァ…明日、近藤さんが仕事をサボるかどうか」

「はぁ?そんなの…サボらないに決まってるじゃないっ!」

「そーですかィ。んじゃ俺はサボるに賭けまさァ」

「ね、ねぇ…総悟…さっきから意味分かんないんだけど……」

「あー、そうでした。賭けの対象決めるの忘れてやしたねェ」

「いや…ちょっと、私の話聞いてる…?」

「そうですねェ…んじゃ、勝った方が負けた方の言うこと何か一つだけ聞くって言うのはどうですかィ?」

「え、ちょっと待って…っ!そんなの私が負けたら……怖くて想像できないんですけどッ!」

「No nameが勝てばいいだけの話でさァ」

「ちょっとっ…!なんか嫌だっ!っていうか嫌な予感しかしないものっ!その妙に自信あり気なの、何かあるとしか思えないっ」

「んじゃ、そういうことで!明日、楽しみにしてまさァ。おやすみなせェ」

「ちょっと…!総悟っ…!待ちなさい……っ!」


しかしNo nameが呼び止めても、総悟は無視して部屋を後にした。

「…意味分かんないんだけどッ!」

─…っていうか、せっかく総悟のためにチョコ手作りしたのに…っ!渡す前から雰囲気ぶち壊された感じなんだけど……


No nameはさっき咄嗟に隠したピンク色の包み紙につつまれ、ご丁寧に沖田宛へのメッセージカードを添えたチョコを見つめながらそう思った。


*

翌日、ついに迎えたバレンタイン当日のこと。
土方たちに義理チョコを渡すついでに挨拶しようと部屋に入ろうとした時、部屋の中から土方の怒声がNo nameの耳に飛んできた。


「はァ?近藤さんが休みィ?どーいうことだ、それッ!?」

「さァね、有給出したって話でさァ。ま、大方、姉さんとこに今日一日張り付いて無理矢理でもチョコ貰う気なんじゃねェですか?」

「んなくだらねェ理由で休み取ったのか!あの人はッ」

「まー相手が姉さんだから、休んでまで欲しいってとこなんじゃないですかィ?」

「……ったくあの人は…バレンタインなんぞくだらねェ風習に騙されやがって……」

「全くでさァ。んなもんに騙される女どもも余程のバカなんでしょうねィ」


そんな二人の会話をふすまの向こうから聞いていたNo nameはいつしか部屋に入るタイミングを完全に見失っていた。
…こんなタイミングでチョコを持って部屋に入って行けるほどの勇気はNo nameにはなかった。
気がつくとNo nameはその場に腰をおろしていた。総悟が言った言葉が妙に言葉に突き刺さったのだ。

「…バカで悪かったわね……」


No nameは手に持っていたチョコに向かって呟いた。


「誰か、そこにいるんですかィ」

その呟き声は思ったより大きかったらしく、中から総悟が顔を出した。
咄嗟に反応できなかったNo nameは案の定、総悟に見つかってしまう。


「…あ」

「…なんでィ、No name。来てたなら入ってくれば…」

「取り込み中っぽかったからつい…」

「…何持ってんですかィ」


沖田はNo nameが持っていた義理チョコを詰めた紙袋を目ざとく指摘してきた。


「あー…これ?今日、バレンタインだから…隊士のみんなにって義理チョコ買ってきたんだけど…バレンタインに踊らされるバカな女からは受け取りたくないでしょ?」


気がつけばNo nameは沖田に向かってそんな毒を吐いていた。後ろにいた土方もその言葉を聞き、ばつの悪そうな顔をして言った。

「聞いてたのか」

「聞こえたんです。副長の声よく通りますから」

「いや…あれはその……」

「別にいいですよ、怒ってないし。副長も総悟もこんな安もので申し訳ないけど気持ちなんで受け取ってください。じゃ」


No nameは一方的に持ってきた紙袋をその場に置き、部屋を飛び出した。


「…怒ってんじゃねェかよ」

*

No nameはなんだか、どうしようもなくイライラして、その気持ちをどこにぶつけていいのか分からず、しまいには涙が出てくる。

─総悟へ本命チョコ渡すの、もうやめようかな……バカにされそうだし…

ふと、そんな考えが頭をよぎった時、No nameは手に何も持っていないことに気がついた。

「しまった…ッ!さっき、総悟へのチョコもあの袋に入れてきちゃったんだ……!」


途端に頭が真っ白になる。沖田に渡そうとしていたチョコだけはあからさまに特別仕様になっている。おまけに総悟への気持ちも書いた…いわゆるラブレター付き。

取りに戻ろうかと思ったが、そんな勇気が出るはずもなく…。


「……今頃、副長とあの手紙見て爆笑してたりするんだろうなぁ……最悪のバレンタインになっちゃったよ…もう……」

こればっかりは自分のミスなのだが、そこを責めてももうしてしまったことは取り返しがつかない。あきらめて今日の仕事に行こうとした瞬間、後ろから声をかけられる。


「…No nameはいったい俺にどんなイメージ持ってんですかィ」

「!?」

沖田の突然の言葉に驚き、No nameは振り返る。


「…それくらいのモラル、弁えてるつもりですがねェ」

恐る恐る総悟の方に視線を移すと案の定沖田が“問題の”チョコを持っている。
ただ、意外なことに開けられた様子がない。


「…ちょッ、それ…返してッ」

「いいですぜィ」

「…え?」

意外なほどに素直に沖田がチョコを返してきたことにNo nameは目を丸くさせた。

「……」

「……」

No nameは何を話していいかわからず、ずっと下を向いてうつむいていた。すると、沖田の方が口を開いた。


「昨日話した賭け、俺の勝ちですぜィ」

予想にしていなかった内容に驚いたNo nameは思わず顔を上げた。


「…え…っ!?」

「俺が言った通り近藤さん今日は休みでさァ」

「そ、それは…総悟があらかじめ知ってたからでしょっ!?そんなの不公平よっ」

「ま、でも賭けはしたんですから、この勝負俺の勝ちですねィ」

「……最悪」

「というわけで、俺の言うことをNo nameが聞くのが決定したわけですけどねェ」

「………」

「実はもう決めてあるんでさァ」

「何よ……」


すると沖田は何も言わずにNo nameに返したあのチョコを再び取り返した。


「へっ!?」



「これ、もらっていきますんでェ」

「ちょっと…まっ……」

「おっと!こいつは俺がもらったんでィ、No nameにはもう返しませんぜィ」

「…総悟…それ、受け取ってくれるのっ!?」

「なーに言ってんですかィ?これは俺が賭けに勝ったから頂くんですぜィ。いわば戦利品。No nameの意志は関係ねェでさァ」

「……ありがとう…っ」


No nameが呟くと、沖田がふっと笑って言った。

「んじゃ、ありがたくいただきまさァ」



(…あ)
(どうしたの?)
(このオプションの方は必要ないんで返しますねェ)
(えっ!?)
(んなもんわざわざ書かなくても、No nameの考えてることくらい前から気付いてやしたからね)



【おしまい】






((2012.02.14))

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