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──私はずっとある男に片想いをしている。
その相手はそんな私の気持ちに微塵も気づいていないようだけど……


「No name〜っ、次の国語の課題プリント見せてヨー」

「またぁー?神楽ってばいつになったら真面目にやってくるんだか…いい加減にしないと本当に坂田先生にこのクラスから左遷されちゃうよ?」

「いいヨー、別に。勉強なんてしなくても愛嬌があれば女は生き残っていけるアル!それにいざとなっらたら自国に帰ればいいだけネ」

「それは私が寂しいからダメ!」

No nameの思いがけない大声に隣の席で寝ていた沖田がむくっと顔を起してこちらに言った。


「…なんだよ、さっきからうっせェな」

「…あ、総悟」

「クソチャイナがまた何かしでかしたか?」


机にひれ伏す神楽を見ていつものように沖田は毒づいた。

「課題の話。っていうか神楽に毒づいてる総悟だってどーせやってないんでしょ」

「違ェねェ」

そう言って総悟は再び元の体制に戻り完全に居眠りする体制である。


「ったく…なんなのよ、もう……」

「おい、どーした?No name」

そんなNo nameたちの様子を見ていたのか、側にいた土方が声をかけてきた。
その声にNo nameの鼓動が少し早まった。


「…あ、土方くん……」


─そう、この彼こそが私の恋する相手なのだが……
神楽と沖田の様子を一瞥するなり状況を把握したように、

「あぁ、いつもの流れか」

とため息交じりに呟きながら背中を向けた。


─その彼は私の気持ちに気づく様子などまったくない……


その時、土方の背中をぼーっと見つめていたNo nameの耳に神楽の声が飛び込んできた。

「それでいいヨ。んじゃ決まり!いいヨネ、No name?」

「え、何の話?」

「今日学校終わり次第、いつもの場所に集合って話でさァ。目的はもちろんNo nameの宿題を俺とチャイナが写すこと」

「はァ?何言ってんの!っていうか…それはいいかもしれないけど、私答えに自信なんてない!」

「だからそういうと思って土方さんも誘うんでさァ。成績優秀なやつがいりゃァいいだろィ」

「あいつには私から声かけとくヨ、だからNo nameは何も心配することないネ」

「心配って…!ちょっと!話の流れについていけてないッッ…!総悟っ!?」


No nameがあわてて神楽と総悟の方を見ると、二人はすでに夢の中にいるようだった。


「二人して…都合良すぎッ!」


よだれを垂らして眠っている留学生と茶髪でドSな友人たちを見降ろしつつNo nameは大きなため息をついた。


*

時間はあっという間に過ぎ去り、放課後。場所はいつも学校の生徒のほとんどが帰りに寄り道として使っているカフェである。

その中にたむろしている学生の中で一際浮いている空間が一つ。

─No name、神楽、沖田、土方の4名が一つのテーブルを囲んでいるのだ。
ただ静かに囲むだけならいいのだが、このメンバーで静かに一つのテーブルなど囲めるわけもなく、怒声が飛ぶわ、注文した品物もこぼしまくるわで店員もあからさまに迷惑そうな顔をしている。

「てんめェ!チャイナ!それは俺が先にやってたところだろーが!なんでパクってやがんでェ!」

「うっせーヨ!別にどっちでもいいアル!写せりゃいいんだヨ」

ただ、それだけのことをされても店員が注意できないのは私たちが坂田銀八率いる問題児の巣窟、3年Z組だということが分かっているからである。
と言っても騒いでいるのは実質、神楽と沖田の二人だけでNo nameはなんとか平静を襲おって頼んだカフェラテをすすっているし、一方で土方は二人のけんかが収まるのを待っている。この場合、口をはさんでも無駄なことを彼は理解しているからだ。

だが、いつまでたっても終息に向かうどころかますますヒートアップし、No nameたちの手に負えない範囲にまで及んでいる。
いい加減に店から追い出されると思ったその時だった。

No nameの手に土方が手を重ねてきた。
あまりに突然のことで、No nameは驚いて声をあげることができない。

「……!?」

土方はその手をそっと引いて自分の口元にNo nameの耳を近づけて、そっと呟いた。


「…出るぞ」

「…え、だって…」

「このバカ二人のせいで俺たちまで被害被るのはごめんだ」

「…でも…」

「ん?」

「課題が…」

「No name真面目なんだから先生も理解してくれんだろ、なんなら俺が状況説明してやってもいい」

「……」

「行くぞ」

「うん…!」


気づいた時にはNo nameは土方が引く手に甘えていた。
夢中で店から飛び出したNo nameが上着を店に忘れたことに気付いたのはしばらくしてからだった。

「…寒……」

No nameは無意識のうちに呟いていた。
手を組んだその時、自分がブラウス1枚であることに気づいたのだった。

「…あ、上着…忘れてきちゃった……」

「……」

そんなNo nameの様子を見ていた土方が無言でNo nameの肩に自分が着ていた学ランの上着を着せた。

No nameが驚いたように土方の顔を見上げると、土方は照れたようにNo nameからそっぽを向きながら言った。

「…着とけ」

「…え、でも…」

No nameが渋ると今度は土方が怒ったように言った。

「見てるこっちが寒いッ!」

「えッ!?ちょっと…それひどい…!」

「…今更取りに戻れるか?」

「…無理…だよね…」

「だったら着とけ」

「……ありがとう」


土方の突然の行動にNo nameは頭がついていかない状態だった。
嬉しいのと、幸せなのと、なんで突然土方がこんなことをするのかという疑問が同時に押し寄せてきてどう感情で示せばいいのかが分からないのだ。
…もうこのまま時間が止まればいいのに。

「…No name」

そんな甘い幻想を抱いていると、突然土方に呼びかけられた。

「え、あ!…な、何?」

「家。どっちだ?」

「…え、向こうだけど……なんで」

「バカか。もう暗くなんだろうが!…女子一人で歩かせられるか」


そういう土方の表情がまた照れている…ような気がする。夕陽のせいだろうか…

「か…彼女でもないのに…!」

その発言にしまった!と気づいた時にはもう遅かった。さきほどの甘い幻想が最悪の形で言葉に出てしまう。

─やばい。絶対ヒかれる…!

「…なら、今この瞬間から俺はお前の彼氏ってことでいいんじゃねーか」

「え」

No nameが土方の方を見ると、今度は大真面目な顔をしてNo nameの方を見ている。
その状況が信じられないNo nameの方が今度は土方から目をそらしてしまう。

「…ま、これは俺の一方的な気持ちだから、No nameがよければ、だけどな」

「…つまり…その…それは土方くんが私のこと…」

「好きだってこと」

「…う」

こうもためらいもなく言われると却ってどう言えばいいのかが分からない。

「どうする?」

そういいつつも土方は手を差し出している。


「……いいに、決まってる…!だって……」

「No nameも俺が好きだから、だろ?」

No nameが続けようとした言葉を土方が少し微笑みながら代わりに告げた。



「え」

「…分かりやすいんだよ、お前」

「…なッ!?」

「隠そうとしてるところも筒抜けだ」

「……」

土方の思いがけない言葉にNo nameはあからさまにショックを受ける。そんな様子を面白そうに見つめていた土方が続けて言った。


「でも、これは知らなかったろ?」


そういうと土方は突然No nameの握っていた手を強く引き、自分の元に抱き寄せた。


「そんなお前に惚れたのは俺の方が早かったってこと」



(…げ、もうこんな時間ヨ!どうしてくれるアル!)
(それはこっちのセリフだァ、全く進んでねーじゃねェだろィ)
(ふざけるのも大概にするヨロシ)
(やるって言うんですかィ?だったらこっちも…)
(いい加減にしてください、お客様……)



【おしまい】





((2012.02.02))

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