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結局、「好き」って言葉を伝える暇もなくみんなそれぞれ別々の道を歩んでいる。
戦死した友人も何人かいると聞いた。
行方知れずになった人もいると聞いた。
生き残りが何人いるのかも分からない。

早々に家の事情で寺子屋を途中で辞めることになったNo nameにとって皆の安否は知る由もなかった。
ただ今の世の状態を見ていると、攘夷志士が甚大な被害を出して負けたらしい…ということだけは分かった。
考えたら考えただけ泣きたくなるし不安になることも想定できたので、忘れよう忘れようと思い…早10年が経った。


*

ふと昔の記憶がNo nameの脳裏によみがえったのはある手紙のせいだった。
自宅の倉を捜索していたら寺子屋時代に使っていた教科書の類と一緒に出てきたのだ。

その名前を見てNo nameの胸の鼓動が少し高まった。そこにはへたくそな字で「高杉晋助」と書かれている。


「晋……助…?」

─忘れない。
─忘れられない。
寺子屋に通っていたころからずっとずっと好きだった人。
忘れようと思っても忘れられない、今でも大切な人。
いじめられていじめられて、徹底的にいじめられたけど、なぜか心のどこかでは忘れられずにいる。そんな存在。
攘夷戦争が終わった直後、真っ先に彼の安否を調べた。しかし、結果は行方不明。
ほとんど望みがなかった。当然と言えば当然だろう。
その事実に何度泣いたか苦しんだことだろうか。

No nameは無意識のうちに自分の胸の前で手を握りしめていた。


─生きてたら、一度でいいから「好き」って言いたかった。


*

「…それにしても、こんな手紙もらったっけ……?」

高杉とのことは事細かに覚えている。
大切な思い出なのだから。しかし、その手紙についてはなぜか記憶がない。
今見てもいいのだが、見てしまうとその大切な思い出の一部が崩壊してしまうのではないかという不安もよぎる。
随分迷った末、No nameは意を決して手紙の封を切った。

そこには文面からも見てとれるぶっきらぼうな感じで、こう書かれていた。

『俺が帰ってきたらあの場所で待ってるから、絶対来いよ』

「…」

─何……これ……どういうこと。

そうだ、思いだした。
確か、私が寺子屋を辞めるその日…私が目を離したすきに高杉が何かをしていた。
…これを教科書に挟んでたの…?

『あの場所』の記憶も同時によみがえってくる。

*

「うえーんっ……晋助のアホぉ」

「俺はアホじゃねぇよ!」

「アホだよっ、バカだよっ…なんで最後の登校日くらい……」

「あー、もう。わかった!俺が悪かった。…もう死ぬなんて言わねぇよ。だから泣くな!」

「……っ」

「…おい」

「…何よ」

「お前、涙に交じって桜の花びらついてんぞ」

「えぇっ!?」

No nameが慌てて顔についた花びらを払い落した。しかし、この大きな桜の木の下では花びらは後から後から降ってくる。


「……つーか、お前は俺が死ぬと思ってんのか?」

「思って……ない…でも、分かんないじゃないっ…!戦争なんだもん…っ」

「ばーか。死なねぇよ、俺は。言いたいことも言ってねェんだ……」


……そこで記憶は途切れている。
『あの場所』は……あの時、晋助と最後に話したあの大きな桜の木の下……


気がついた時には、動き始めていた。
もういないのは分かってる…
だけど、行かなきゃいけない…直感でそう思ったのだ。
No nameは無心になってあの桜の木を目指した。


*

その桜の木は今でも雄大にそびえたっていた。そして季節のせいか、今もあの時と変わらず花びらが絶え間なく舞っている。
そんな様子を見ているとNo nameの目から涙が溢れて出してきた。

─この木はあの時と変わらないのに……
どうして…あなたはここにいないの…


「…う…っ…っ……」


どれだけそうしていたのかわからなかったが、突然後ろから凛とした声がした。




「何、泣いてんだよ」



No nameがはっとして声のした方を見ると桜の木の陰から高杉がゆらりと姿を現した。

「泣いてばっかりいんのは…相変わらずなのか?No name」

「…晋……助……っ?なんで……生きて…」

「俺ァ、死なねェって言わなかったか?」

「……バカ」

言いたいことが山ほどあったはずなのに、やっと絞り出した言葉があまりにも不本意なもので思わず高杉から視線を外してしまう。
そして、高杉もNo nameの言葉を聞いて笑いながら言った。


「クックック…それが久しぶりに再会したやつに言う言葉かよ」

「だって!……私が…どれだけ…心配したと…思って…るのよ!」

勢いに任せてそう話すと、高杉は真顔になり続けた。


「…お前の涙見りゃだいたい想像つくわな」

「それより……なんで…ここにいるの……」

「生きて帰ったらここでお前に言いたいことあるって言ったの覚えてねェのか?」

「お…覚えてるよ!」

「だったら俺がお前を待ってた理由も分かんだろ?」

「…?」


すると高杉はおもむろにNo nameの方に近づいてきて、No nameの顔に触れた。

「な…何…!?」

あまりに突然のことで、No nameは思わず目を閉じてしまう。

「…花びら」

「うそ……また……っ!?」


No nameが慌ててそれを取ろうとするよりも高杉が行動を起こす方が早かった。
気がついた時には、No nameのほほに高杉の唇が触れていた。

「……なっ!?」

「…言葉言っても伝わりそうにないやつはこうするしかねェだろ?」


高杉はニヤリと笑いながら言った。

「…それどういう……」

「ずっと忘れられなかった女が目の前にいたとしたら、お前はどうする?」

「…」

「俺なら、こうする」

そして高杉はNo nameの体を抱きしめ、つぶやいた。


「もう離してやんねェから」


(…もう置いていかないで)
(ああ)
(晋助…)
(なんだよ)
(……好き)
(んなこたァ、お前がガキの頃から知ってたよ)



【おしまい】






((2012.01.09.加筆/訂正))
 

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