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人は恋をすると次第に変わっていくという。
それが内面的なものなのか、外見的なものなのかは分からない。
……私もそうなのだろうか。
そうなんだろうな……
──だって!今まで面倒くさくて…たとえ、自分のためであろうと包丁も握ったことなかったんだもの!
─その私が!最近できた彼氏のために毎日包丁と格闘しているなんてあなた、信じられる?
*
「ゴホッ…」
いかにも風邪であることを象徴するかのような咳が部屋に先ほどから響いている。
「あー…クソ…ゴホッ…せめて咳が止まりゃあいいんだが」
「ムチャいわないでよね!たとえ咳が止まってもその熱じゃ無理ですっ」
「冗談だよ…どーせこのだるさじゃ無理だ」
「食欲はある?」
「…微妙だな。腹は減ってるが食う気がしない」
「じゃあリンゴ剥いてあげるよ!」
「むいてって…お前…包丁も持ったことない奴がよく言うぜ…ゴホッ」
「そんなことないもん!土方さんと付き合うようになってから努力してるんだもん!見ててよっ」
意地になったNo nameは包丁を取り出し、りんごの皮をむき始めた。…というより、りんごと対峙しはじめた。
「…お、おい…No name…やっぱやめとけ…」
「いいって!これくらいできるもん!だから土方さんは寝ててよっ」
「意地をはるな!俺が心配で見てられねーんだよ!バカかお前はっ!…ゴホッ」
大声で言ってしまった土方はむせてしまう。
「バカって!それ失礼でしょ!」
「てんめっ!よそ見すんなァ!」
しかし、土方の必死の制止はすでに遅かった。
土方が気づいた時にはNo nameの指から血が出ていた。
「痛っ!」
「……言わんこっちゃねぇな」
土方は呆れたようにため息をついた。
「うううううううるさーい!これくらいなんともないもんっ!」
「…頼むからもうやめてくれ、No name」
「……え」
土方が真剣な顔をしてNo nameに言った。
「…りんごに血がにじんだらまずくなんだろーが…」
「真面目な顔して何言うのかと思ったらそれかッ!傷ついた!めちゃくちゃ傷ついた!彼女よりりんごの心配ですか!」
「最後まで聞けよ…ゴホッ」
「…何よぉ……」
「…No nameがもう怪我すんの見たくねぇっつったら止めてくれるか?」
No nameの指を切った方の腕を土方が掴みながら言った。
「……う」
─なんなのよ、その緩急差。
「…わかった」
「……ならいい。…とりあえず切った分寄こせ」
「…え!?」
「え、じゃねぇよ。食うつってんだ」
「…あ、うん…」
No nameは切り終わっているりんごにフォークをつき刺した。
「はい…これ…」
No nameがりんごのかけらを土方に手渡そうとすると、土方は呆れたように言った。
「…お前なぁ。俺が病人だってこと分かってんのか?…No nameが食わせろ」
「はい!?」
「何度も言わすなよ…」
「…あ、うん……分かった…でも…」
「なんだよ」
「本当に血がついてるかもしれないよ」
「…俺が食いたいから食うんだよ、ほっとけ」
─何よ、それ…さっきからずるいよ…
「…っ」
「どうした?」
「…なんか、土方さんにはかなわない」
「はァ?何言ってんだお前」
「だって!さっきから私のこと傷つけたと思ったらその上を行く甘い言葉放りこんでくるし!反則っ」
No nameは勢いのままにそう言った。
すると土方はさも当たり前のように続けた。
「当たり前だろーが、お前は俺の女なんだから」
土方のその言葉にNo nameの顔は嬉しくて真っ赤に染まった。
─恋をすると人は変わるんだそうです。
だって、こんな小さなことでも幸せに感じられるんだから。
それを言ったのが、土方さんだから余計なのかもしれないけれど。
(あ)
(ん?)
(これ…りんご擦れば食べやすかったんじゃ)
(……あー、その方が血の味もしなかったろうな)
(もぉ!それは言わないでって言ってるのに!)
【おしまい】
((2011.01.06))