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その日、坂田銀時はいつものようにぐうたらな1日を終え、万事屋の下に店を構えている居酒屋「お登勢」で呑んでいた。
珍しく、マダオもとい長谷川さんも合流し、二人で呑むことになった。
呑み始めて、お互いの話に適度に花をさかせた後、長谷川泰三さんが唐突に話を切り出した。


「あーそうだ、銀さん。俺ちょっと聞きたいことあるんだよねー」

「何よ?いきなり」


ほろ酔い気分だった銀時は突然真面目な顔で話を切り出されたので、少し身構えてしまう。

「いやぁー大したことじゃないのよ。ちょっと小耳に挟んだんだけどさぁ、最近万事屋によく顔見せてるNo nameって女の子と付き合ってるらしいじゃないの」


思ってもみなかった話題に銀時は持っていたお猪口を思わず落としそうになった。

「いやいやいや、ないないない…違う違う。つーか何その話。知らねーよ?そんな話、身に覚えがありません」

「なんだ、そーなの?いや、そういう噂立ってたし……ほら、No nameって子誰もが認める美少女だからさぁ、嫉妬してる輩が多いんで、聞いてみた」

「つーか、あんなのと付き合う度胸のある男がいるとは思えないんだけどね」

「それどういう意味?」

「……あぁーまぁ、あいつのファン多いんだったら夢壊すみたいになるから黙っとくけど」

「すみにおけないねぇ…銀さんも。美女の独り占めなんてうらやましい。…まぁ妻持ちの俺には関係のない話だな」

「だから、そんなんじゃねーんだって」


No nameは少し前から万事屋で働き始めた女である。神楽と異様に気が合ったようで、仲良くなったので連れてきた、ということだった。そしてあれよあれよという間に万事屋で働くことになったのである。……といっても毎日顔を見せるわけではなく、大きな仕事が入った時だけ頭数を揃えるのに必要な時だけ出勤しているという状況だった。
銀時も最初にNo nameにあった時は正直、その美貌に見とれた。しかしその一方で、こんな美女がどうして神楽のような娘と気が合ったのかという疑問も生まれた。
…しかし銀時はその疑問に対する回答はすぐに得ることができた。


*

「…で?なんだって?」

「だぁーかぁーらぁー、なんかこの前の仕事で帰りに二人でパフェ食ったでしょ?その時の様子を誰かに見られてたらしくて…で、噂が広まったらしいよ」

場所はファミレス。
長谷川さんに教えられた噂を一応、No nameの耳にも入れておこうと考えた銀時は、万事屋から少し離れたところにあるファミレスにNo nameを呼び出したのである。

「ふぅーん…みんな暇なのね…いちいち騒ぎ立てるなんて」

「まぁ一応否定はしておいたから」

すると、No nameが銀時の瞳をじっと見つめてきた。

「…あたしはいいわよ?別に。銀さんと付き合ってると思われても」

「どういう意味だ?」

「私のこの美しい顔の影響力舐めないでくれるかしら?外出すれば、ストーカーなんて当たり前だし、挨拶しただけで勝手に好かれてる!?と勘違いされるわ、それが彼女持ちなら勝手に濡れ衣着せられたり…前なんか……」

「あ、いや…もういいです」

自分の経験を淡々と語るNo nameに銀時は止めに入った。

「つーか、相変わらず…すげぇなお前……自分で自分のこと美人だとか言ってるし…」

「だって本当のことだもの、しょうがないわよ。これで私ブサイク〜〜とか言ったらただの嫌味にしか聞こえないでしょ?」

「…いやまぁそうなんだけどさぁ」

遠慮…というか、謙虚さってもんがねーのか!てめぇはァアアアアア!
…銀時は心の中で精いっぱいのツッコミをいれた。
No nameはそこでため息をついて言った。

「…まぁ、だからあたしとしては銀さんと付き合ってると思われた方がくだらない男寄せ付けないし、ありがたいんだけどね」

「…やーっぱお前のこと好きだって言うやつらが可哀想だわ…何がいいんだかねぇ…この女の」

「それは誉め言葉としてありがたく頂戴しておくわね」


No nameは最上級の営業スマイルを銀時に向けた。
No nameは銀時がこれくらいで落ちるような男ではないことくらい容易に予想がついていた。…だからこそ、No nameはこの男に興味がわいたのだ。…そしてこんな男に密かに思いを寄せているのはNo nameだけの秘密である。

「…じゃあ、これ以上変な噂立てられたら銀さんも迷惑でしょ?あたし、先に帰るから」

No nameは席を立った。銀時の方に視線を下ろすと、相変わらずパフェを頬張っている。

「…ん?…ああ、まぁそうだな…」

「じゃあね」


*

No nameはファミレスを出て、まっすぐ万事屋へ帰ろうとするが…妙な気配を感じてわざと回り道をする。

「…またか」


つけられている。ということに気付いたのはそれからあまり時間がかからなかった。
意を決してNo nameは振り返った。

「…さっきからあたしの後ついてきてるあなた。…あたしに何か用ですか?」

見るからにその男は不穏な空気に包まれていた。極力目を合わせないようにNo nameは続けた。

「…ファミレス出た時からついて来てたんなら見ましたよね?あたし、さっきの男の人と付き合ってるんです。だからもうついて来ないで…」

そこまで言いかけたところで。No nameはその男に左手をぐいっと掴まれた。

「な…なにするんですかっ!」

No nameは全身に身の毛がよだった。妙に手が汗ばんでいて不快感しか感じられない。


「そんな態度取っても分かってるんだ、僕は…前に君とすれ違った時から…君は僕に…っ」

そこまで男が言いかけた時、後ろから声がした。


「ちょっとそこの君?人の女になーにしてくれてんの?」

「な、なにっ!?」

「…銀さん…っ」

「…この女に気安く触れてんじゃねーよ」

銀時は冷酷な視線を男に向けた。
男は完全にびびってしまい、その場から逃げだした。


「…あのさぁ、No nameチャン」

「…」

「言ってくれりゃーあんなの追っ払ってやるのにさぁー」

「…」

「そんな頼りないかね、銀さん」

「…あんなの、銀さんに助けてもらわなくても自分で追っ払えたもの…」

精いっぱいの強がりをNo nameは銀時にぶつけた。だが、身体は正直だ。先ほどの震えが止まらない。

「…」

その様子を銀時はじっと見ていた。そして呆れたようにため息をつきNo nameの左手をぎゅっと握りしめた。


「…何?」

「虫よけだよ」

銀時のぶっきらぼうな言い方にNo nameは思わず笑ってしまった。

「何がおかしいんだよ、コノヤロー」

「…別に?」



(だって、本当に惚れてしまったなんて言ってもきっとあなたは信じないでしょ?)
(だからね、面と向かって言う勇気ができたら)
(ちゃんと伝えてやるんだから)
(あなたが好きですって)



【おしまい】




((2011,12.29))

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