企画系

reply:沖田
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別に期待はしていなかった。
私の想いが副長に届いているとは思っていなかったし、そんな感触すら感じられなかった。
それをバレンタインというイベントに託けて、気持ちを強引に伝えようとしたのだから失敗するのも無理はない。
それでも、いざ渡すとなったと時には柄にもなく緊張はしたし、ドキドキもした。だから、面と向かって断られた時の悔しさ、悲しさ、やるせなさは表現しがたいもので、いつまでもいつまでも心の奥底に沈んでいた。
おかげで一カ月たった今でもプライベートはもちろん、仕事上の付き合いでさえ微妙な溝があった。

その日もいつものように、各隊の仕事の割り振りを書いた資料を副長から受け取るためNo nameは会議室に来ていた。
会議室のふすまの開け方や音でNo nameがやってきたのが分かったのだろう。
土方は顔もあげず、自分の仕事を黙々とこなしていた。そのせいか、部屋の中は不気味なほど静かだった。No nameは遠慮がちに土方に声を掛けた。

「…あの、副長…」

「仕事の指令ならお前に任せる。今、割り振り書いた紙仕上げてるからそこで待ってろ」

「あ、はい……」

尋ねようとしたことを先に言われてしまい、No nameは口をつぐんだ。
─そんなに私と話したくないのだろうか。
必要最低限の会話しか交わそうとしない土方の態度を見ていると、No nameはそう感じざるを得なかった。なんというか、本人にそう言われたわけではないのだが、土方が発する雰囲気がNo nameを拒絶している風に思えた。
しかし、そんなことを上司である土方に指摘できるわけもなく、No nameは仕方なしに黙って待つことにした。
No nameが、自分が座る椅子を探していると、後方からふすまを開ける音と共に、ため息交じりの声が聞こえてきた。

「…ったくしょうがねェ話でさァ。割り振り表くらいさっさと書けってんでィ」

その声に彼の憎たらしさや生意気さを存分に含んでいたようで、それを聞いた土方の表情は見る見るうちに不機嫌そうなものへ変化した。

「総悟…」

「おはようございやす、No nameさん」

No nameが彼の名を呼ぶと、憎たらしい様子からは一変して爽やかで穏やかな表情をNo nameに向けた。

「…何の用だ?」

「別に大した用なんてないでさァ。…土方さんに挨拶。まだしてなかったなァと思いやしてねェ」

「…の割には毒しか吐かれてねェように思うが」

「それは土方さんが人に期限付きで仕事押し付けて先にあがったくせに、今出来てなきゃいけねェ仕事をこなせてねェからでさァ」

「いつの話をしてんだ、テメェは。つーか、普段真面目に仕事しねェやつが何言ってやがる」

「そっくりそのままその台詞土方さんにお返ししまさァ」


何がそんなに気に入らないのか、あくまでもけんか腰に話す総悟に土方は感情を押し殺すようにため息をついて言った。


「…総悟。俺の邪魔すんなら、さっさとその女連れて朝礼室行ってろ。お前らがいると気が散って一行に作業が進まねェ」

土方は何気なく言ったつもりだったのだろうが、想像以上にその言葉はNo nameの心をえぐった。
…要するに、顔も見たくないという意味なのだろうか。
No nameが呆然と立ち尽くしていると、いつの間にか隣に立っていた総悟がNo nameの右手を強引に引いた。

「No nameさん、ここから出やしょう」

「…えっ!?」

「土方さんがあァ言ってるんでさァ。…これ以上ここにいてもいいことなんてないだろィ」

「…あ、でも…」

No nameはちらりと横目で土方を見た。
しかし、土方はNo nameの立つ方に見向きもしないでぶっきらぼうに答えた。

「…さっき言ったこと、聞こえてなかったのか?」

「…え」

「…お前らがいると気が散るんだよ。さっさと行け」

No nameは唇を噛み、やがて絞り出すような声で言った。

「…分かりました」

*

「あ…あの、総悟…」

No nameが尚もNo nameの手を引きながら、前を歩く総悟に遠慮がちに声をかけた。

「なんでェ」

「…手、繋いだままなんだけど…」

No nameがやんわり指摘すると、総悟はようやく気が付いたかのように慌てて繋いでいた手を離した。

「っと…すまねェ。…痛かったですかィ?」

「ううん、そういうわけじゃないの。…ただ、ちょっと急だからびっくりしちゃって」

「……」

「でも…連れ出してくれてありがとう。…あのまま副長と一緒にいたら…私多分、泣いてた…」

「…だろうねィ」

「ほんとよかった…たまたま通りかかってくれて…」

「本当はたまたまじゃないですがねェ…」

「え?」

「ずっとNo nameさんのことを探してたんでさァ」

「…私を?…探してた?…なんで?」

「あァ……」

総悟は少し頷き、足を止めてゆっくり振り返った。
その総悟の表情がいつになく真剣で、No nameは少しドキッとした。


「No nameさん」

「…何?」

「今日が何の日か知ってやすかィ?」

その質問は自分が想定していたものを軽く逸脱していたのでNo nameは軽く眉間にしわを寄せた。

「…?…誰かの誕生日だっけ…?」

苦し紛れにそう言い返してみたが、総悟にあっさり切り捨てられてしまった。

「違いまさァ」

「……?」

尚も考えをめぐらすNo nameにしびれを切らしたように総悟が口を開いた。

「これ」

そう言うと、総悟は小さな箱をNo nameに差し出した。

「…え、何?これ…」

「ホワイトデーのお返しでさァ」


総悟にそう言われ、No nameはようやく今日がホワイトデーだということを思い出した。バレンタインデーに土方に振られた苦い思い出だけを引きずっていたために、今日がホワイトデーであることを完全に脳の片隅に追いやっていた。

「…でも、私…総悟にチョコあげてないよ…?」

「何言ってんでさァ。俺の隊服のポケットに俺の目ェ盗んでチョコ入れただろィ」

「あれは…遅くまで頑張ってる総悟に差し入れをしただけで…」

「…本当にそれだけですかィ?」

「どういう意味…?」

「たかが差し入れなら、わざわざ俺がいない隙を狙わなくてもよかったんじゃねェんですかィってことでさァ」

総悟の指摘にNo nameは思わず黙り込んでしまった。No nameが何も言わないせいか、総悟は続ける。


「それに…差し入れなら他の隊士たちにもあげればよかっただろィ」

「…だから、あれは…あの時間まで頑張って仕事してた総悟に情けをかける意味で…」

尚も言い訳がましくそう言うNo nameに、総悟はぴしゃりと言い放った。


「…俺はそんな答えを聞きたいわけじゃねェんですがねィ」

「…え?」

No nameが聞き返すようにそう言うと、総悟は意を決したように大きく息を吐いて続けた。

「…同情なんてそんなもんはいらねェ。同情なんかじゃなくて、ただ真正面から俺と向き合ってほしいだけなんでさァ」

「…総悟…」

「俺はあんたが好きなんでさァ…だから、その気持ちに応えて欲しいだけなんでィ」

ありったけの思いをNo nameにぶつけるように総悟はそう言った。
そして、続けた。


「…ま、今すぐにとは言わねェ。…あんたの中から土方さんが消えるまでずっと待ってるつもりでさァ」



(キツイ言い方したみてェだな、トシ)
(…仕方ねェだろ?あァでも言わねェとNo nameの気持ちを俺から総悟に向けさせられねェんだからよ)
(あァ…まァそうだよな)
(…あとはあいつら次第。結果がどうなろうが俺にはしったこっちゃねェ話だ)
(あァ)
(ったく…なんで俺がこんな役引き受けねェといけねェんだよ……)







((2013.03.14))

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