企画系

V.沖田の場合
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その日、総悟はいつものように朝礼が行われる会議室に入ると妙に浮ついている隊士たちが多くいることに気がついた。
その証拠に、総悟が部屋に入っても気づいていないのか、挨拶に来ようとするやつがいない。総悟は思わず眉間にしわを寄せていた。
そんな総悟の雰囲気に気がついたのか、部屋の奥にいた山崎が真っ先に総悟の前へ走ってきた。

「あ、おはようございます!沖田隊長」

その山崎の挨拶につられるように部屋にいた隊士たちも次々に総悟に頭を下げる。そんな隊士たちに、総悟は冷めた口調で言った。

「…なんでェ、お前ら妙に浮ついてやしねェかィ」

「あれ…沖田隊長、今日が何の日か分かってないんですか?」

総悟の言葉に、隣に立っていた山崎が不思議そうな顔をしてそう尋ねた。

「…誕生日はもう過ぎてるぜィ」

「誕生日じゃないですよ!バレンタインです、バレンタイン」

山崎の指摘にようやく総悟は合点したように頷いた。

「あァ…デパートやお菓子メーカーの策略に乗せられて女子が大金をつぎ込むバレンタインデーねェ…」

「ちょっと、隊長…夢のないこと言うのやめてもらえます?」

「事実だろィ。だいたい…それがどうしたって言うんでィ。所帯持ちの奴らがほとんどなんだから、心配しなくても貰えるだろィ」

「分かってないなぁ、沖田さん。奥さんからもらってもそりゃ嬉しいのは嬉しいけど、意外な人物から貰ったりできるから嬉しさ倍増するんですよ」

一隊士の言葉を次いで、山崎が口を開いた。

「まぁまぁ!沖田隊長だってきっと貰えないから僻んでるだけ………ぎゃあああああああああああああああっ」

山崎が言い終わる前に、総悟は山崎の襟首を掴んで持ち上げ、そして喉元に刀を突き付けた。

「…誰が僻んでるって言うんでェ」

「…や、あの…すいません…おっ…降ろしてください…」

突然のことに山崎は顔面蒼白になり、懇願するように総悟の顔を見る。そして仕方なしといった感じで手を離した。そんな山崎を見てか、周りを取り囲んでいた隊士たちも黙り込んでしまった。
総悟はぐるりとあたりを見渡した。

「それにしても…テメェらそんなに言うからには貰うアテでもあんのかィ」

総悟が誰となしに尋ねると、一隊員が少し小馬鹿にしたように言った。

「いやだなァ、沖田隊長。No nameさんがいるじゃないですか」

「あァ……」

総悟は納得したように頷くが、皆には分からないように舌打ちをする。まさか、自分以外の人間でNo nameのことを狙う連中がいるとは思わなかったのである。

「…まぁ淡い期待くらいしといてって感じかな?ほら、No nameさんって副長にしか興味なさそうだし」

「だよなぁ…他の奴らならまだしも…相手が副長じゃどうしようもないよなぁ」

そんな総悟の心中などいざ知らず、隊士たちはそんな言葉を口にする。その言葉一つ一つが更に総悟をイラつかせた。
No nameが自分ではなく、土方に好意を持っていることは分かっていた。
しかし、そんなことは総悟にとって関係なかった。たとえそうであったとしても自分の思いを断ち切ることなどできるはずがなかった。
そんなことを考えていると後方からふすまを開ける音がした。振り返ると、そこにはNo nameが立っていた。

「おはよ。みんな」

今まさにNo nameの話をしていたせいか、総悟を含めほとんどの隊士たちがぽかんとしている。

「…あれ?みんなどうしたの?」

No nameの問いに代表して山崎が慌てて答えた。

「いや、なんでもないです」

「あら…そう。んじゃーみんな、今日の仕事の指令を出すわね」

そう言うと、No nameは手にした資料に目を落としつつ順番に隊士たちに仕事内容を告げては告げられた隊士たちは部屋を行く。そして一番最後に総悟の番になった。

「…で、総悟は江戸の巡回と報告書の作成ね」

「りょーかい」

「大変だよね、巡回の後に報告書なんて…一番大変な流れだね」

「どうせ、その仕事組んだの土方さんだろィ…それにその流れは慣れてるからどうってことないでさァ」

顔をしかめてそう言った総悟にNo nameは笑いながら言った。

「頼もしいね」

そんなNo nameの笑顔に総悟は鼓動が高まった。

「…それじゃ、仕事がんばってね」

総悟が黙っていると、No nameはそう言って部屋から出て行こうとする。総悟は慌ててNo nameの腕を掴んで呼び止めた。

「No nameさん、待ってくだせェ」

あまりに突然のことに驚いたのか、No nameは少し肩をびくつかせた。

「え、何?どうしたの?」

そう言うNo nameの表情はきょとんとしていた。総悟は言うかどうか迷ったが、No nameの腕を掴む手を離し、意を決して口を開いた。

「俺にNo nameさんのチョコくだせェ」

最初はきょとんとしていたNo nameもやがて合致したように頷いて言った。

「神妙な顔してるから何かと思ったら…そんなことか。…でもごめんね、あげたいのは山々なんだけど…私、本命以外には渡さない主義なのよ。…期待させちゃ申し訳ないしね」

No nameの言葉はまるで自分の存在など眼中にないと言っているように聞こえた。なるべく表情を変えないように努力したつもりなのだが、それでも少し表情が曇ったのだろう。No nameは慌てて付け加えるように言った。

「別に私のチョコに拘らなくても、総悟だったらくれる人たくさんいるわよ」

「俺は不特定多数の人間から欲しいんじゃなくて、No nameさんのが欲しいんでさァ」

「…って言われてもなぁ…」

総悟の言葉に、No nameは困ったように顎に手を置いて考え始めた。そしてしばらくして、ふと思いついたように続けて言った。

「じゃあ明日あげるよ!」

「今日がバレンタインなんだから、今日じゃねェと意味ねェでしょ?」

「えっ。…それじゃあ私の本命チョコが欲しいみたいじゃない」

「だからさっきからそう言ってるだろィ」

総悟の言葉にNo nameは黙り込んでしまった。何と返せばいいものかを迷っているらしい。
すると、そこへ総悟が今一番見たくない人物がやってきた。

「おい、テメェらそこで何してる」

「…あ」

「…土方さん…」

「こんなとこで油売ってねェでさっさと仕事行け」

「……」

いつものように命令口調でそういう土方に総悟は苛立ちを覚え、無言のまま睨みつけてその場を去った。
そんな総悟の背中をNo nameはじっと見つめていると、土方はNo nameの頭を軽く小突いて言った。

「No nameも。さっさと行け」

「……はい」

*

結局、総悟がこの日江戸の巡回を終えて屯所に戻ってきたのは午後八時を過ぎていた。
軽く見渡して終わらすつもりが、こんな日に限って攘夷志士たちに出くわすのだから皮肉なのもいいところである。更にはここから書類整理が待っているのだから、総悟のイライラは相当なものだった。

総悟は自身の席について隊服の上着を椅子の背もたれにかけ、座り込みぼーっとしていた。
しばらくして我に返ると、腹が悲鳴を上げており、自分が何も昼から何も口にしていないことに気がついた。
取りあえず、自身の空腹を満たすため外へ買いに出るようと立ちあがるが、再び上着を羽織るのを面倒くさく思ったので、シャツの上から直にコートを羽織って屯所を出た。

屯所に再び返ってくると、他の隊士たちは自室に戻っているのか妙に静まり返っていた。
そんな屯所内の空気が更に総悟を憂鬱にさせた。


それから数時間経ち、総悟が仕事を終えて自室に帰ろうと隊服のポケットに手を突っ込むと妙な違和感があることに気がついた。
普段、ポケットに荷物を入れることはほとんどないのだ。総悟は今朝からの自分の行動を思い返したが、何度考えてみてもポケットに“何か”を入れた記憶はない。
総悟が不思議に思ってその“何か”を取り出すと、それはファミリーパックで一度に大量購入されたであろう個包装のチョコレートだった。

「…なんでェ、これ…」

総悟がおもむろにそのチョコレートをひっくり返すと、付箋がついていた。


─仕事、遅くまでお疲れ!糖分取ってしっかり休んで、明日の仕事に差し支えないようにね。No name。


総悟は思わずあたりを見渡していた。
当たり前だが、部屋には誰もいなかった。
どうリアクションすればいいのか分からず、総悟はしばらくぼーっとしていたが、やがて我に返り、そのチョコを口に放り込んだ。

チョコレートの甘さが総悟の口の中に広がっていった。



(よぉ、お前ら)
(あれ?沖田さん、どうしたんスか?)
(ちょいと聞きてェんだが…お前らNo nameさんからチョコ貰ったか?)
(貰えるわけないじゃないですか。差し入れ程度の小さなチョコでも大喜びなのに、それもないんだもんなァ)
(……)
(っていうかなんでそんなこと聞くんですか?)
(…別に。なんでもねェよ)





((2013.02.14))

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