企画系

V.土方の場合
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「うわーっ!どうしよう……」

バレンタイン前日の夜のこと。
No nameはたった今完成したバレンタインチョコを手に持ちながら、膝から崩れ落ちた。
バレンタインに好きな人にチョコレートを渡すと決め、試行錯誤を繰り返し、無我夢中で納得のいくものを作り上げたのはよかったのだが、そのチョコレートを何と言って渡すかを全く決めていなかったのである。

「“…副長っ!これ、本命チョコです…っ”……とか?…いや、ないな…そんなこと言っちゃったら私が副長のこと好きなのもろバレだし…」

No nameは膝をついた体勢から、お尻を床におろして三角座りをした。

「…じゃあ“お仕事お疲れ様です!これでも食べて息抜きしてください!”……とか?……いや、それもない…息抜きに差し入れするような大きさじゃないもんなぁ。しかもばっちり包装紙で包んであるし……」

自分の問いかけに対して誰かが答えてくれるわけもなく、No nameはひたすら自問自答を繰り返すが、いつまで経っても妙案は浮かんでこなかった。

「あーもうっ!…なんでこんなに根性無しなのっ」

終いには投げやり気味にNo nameはそう叫んでいた。
いつもそうだ。何かをしようと決心しても、いざその場面に直面すると自身の行動力よりも恥じらいが上回り何も出来なくなってしまうのだ。
No nameが考え込んでいると、自室のふすまを叩く音がした。誰かが訪ねてきたのである。こんな時に誰だろう…No nameはそんなことを考えながら重い腰をあげた。
そして、ふすまをあけるとそこには沖田総悟が立っていた。

「…あれ、総悟…」

「あれ…じゃねェよ。今何時だと思ってんでさァ」

見るからに不機嫌そうな顔をしている総悟を横目にNo nameは自室の時計を見た。
時刻は午後十時前だった。

「何時って…まだ十時前じゃん」

「…だから。こんな時間に自室でぎゃーぎゃー騒ぐ女がいるかって言ってるんでェ」

そう返した総悟の顔は先ほどより更に不機嫌なものになっていた。

「…あれ…?私、そんなに騒がしかった?」

「…少なくとも俺の部屋までは丸聞こえでしたねィ」

「…げっ」

No nameは自身の右手で口を覆った。そんなNo nameの様子を鼻で笑いながら総悟は続けた。

「ま。自分が根性無しだって気づいてるだけマシですかねェ」

「なんで総悟にそんな上から目線で言われなきゃいけないわけ?」

「そりゃそーだろィ。たかが土方さんにチョコ渡すくらいでこんなにあたふたしてるんだからねィ」

総悟のその言葉にNo nameは思わずぎょっとしていた。

「何をそんなに驚いてるんでェ」

「…なんでそんなことまで知ってんの…?」

「だから言ったろィ。No nameの叫び声は俺の部屋まで聞こえてたって」

「叫んだのなんて、根性無しのところだけなんだけど!しかも私と総悟の部屋の間って確か空き部屋だったわよねっ!?」

「甘ェや。この屯所の壁って結構薄いんでさァ。だから空き部屋だろうと関係ねェし、聞こえねェと思ってしゃべった言葉も筒抜けなんでさァ。それにその空き部屋通り越して声が聞こえてきたんだから、よっぽどの大声だったってことだろィ」

「悪趣味っ!」

「何言ってんでさァ。別に俺は聞こうと思って聞いてるんじゃねェし。勝手に聞こえてくるもんを聞いて何が悪いんでさァ」

「だから!そういうのを悪趣味だって言ってんのよっ」

No nameがわめくようにそう言うと、総悟はため息をついてNo nameの瞳をじっと見つめた。

「…そんなことより、No nameは忘れてんじゃねェんですかィ」

「何を?」

「俺の部屋の隣が土方さんの部屋だってこと」

総悟にそう指摘され、No nameの頭の中が一瞬にして真っ白になった。
…そう言えばそうだった。
しかし、すぐに思いついたように慌てて言った。

「…でも関係なくない?確かに、総悟の部屋の隣が副長の部屋でも、私の声がそこまで響いてるとは限らないじゃない?」

「でもそう言いきれる根拠もないだろィ」

ぴしゃりと総悟に言いきられてしまい、No nameの中で言いようのない不安が徐々に募っていく。

「ど…どうしよう…総悟…」

「俺に言われても知らねェよィ」

「なんでよ!ケチッ!同僚が困ってるんだから助けてくれてもいいでしょっ」

「嫌でさァ。他人の色恋沙汰に首突っ込むのは俺の主義じゃねェもんでェ」

総悟はNo nameの方を見向きもせずにそう言った。どうにかしていい方法はないかとあれこれ考えていると、不意にNo nameの脳裏に妙案が思い浮かんだ。

「…じゃあ首突っ込まなくてもいいから…これ副長に総悟から渡してくれない?誰からとは言わずにさ」

No nameは総悟に紺色の包みを差し出した。

「…それで俺が素直に了解すると思いやすか?」

「お願いっ!総悟以外に頼れる人がいないのっ」

「そんなもん、自分で渡さねェと意味ねェだろィ」

総悟がぴしゃりと吐き捨てたその言葉にNo nameがどう反応しようか迷っていると、総悟は「んじゃ、これ以上騒がねェでくだせェ」と言い残して部屋を後にした。

「……」

No nameはそんな総悟の背中を呆然と見つめていた。
…これで頼れるのは自分しかいなくなてしまった。

*

バレンタイン当日。
結局、妙案が思い浮かばず寝ては起きるの繰り返しで頭がぼーっとしていた。
午前中は寒さで無理やりにでも目覚めさせられた感じがしたのだが、午後になると昼食を食べたこともあり、眠さがピークに達していた。

No nameが眠さと戦いながら仕事をしては、いつタイミングを見て土方にチョコの話を切り出すかを窺っていた。
そんな動作を何度か繰り返し、渡す予定のチョコレートの小包をぼーっと見つめていると、いつの間にか背後に土方が立っていた。

「どうした?」

「…ふっ副長っ!」

「今日のお前、なんつーか挙動不審だぞ」

「そんなことないです!…ちょっと、昨日眠れなくて…睡魔と戦ってただけで…!」

No nameはそう言いながら、無意識のうちに小包を持ったままの手で手を振っていた。
土方は目ざとくNo nameが手にしているそれを指摘する。

「なんだ?それ…」

「…あ、いや……」

No nameははっとして慌てて、その小包を背中の後ろに隠した。

「なんで隠すんだよ」

「いや…あの…これは…その…もうちょい後で…」

「は?」


「そういや、今日はバレンタインですねェ」

土方がそう素っ頓狂な声を上げると、いつの間にか同室に来ていた総悟がふと思いついたように言った。
土方は総悟の方へ振り返りながら、不思議そうな顔をして言った。

「…バレンタイン?」

「No nameが挙動不審だったのは、そのチョコ土方さんに渡すタイミングを窺ってたからじゃねェんですか?」

総悟はNo nameに同意を求めるようにそう言った。

「…え、っと…まぁ…はい……でもそれは…また後……」

No nameが言い終わる前に、土方は納得したように頷き、No nameから強引に紺色の小包を取り上げた。


「あァ…そう言うことなら、これは有り難く貰っておく」


そう言うと土方はニヤリと笑って、No nameからチョコレートを取り上げた。

「えっ!?あ…ちょっと…返してくださいっ!」

No nameがチョコを取り返そうとすると、土方はNo nameの手が届かないようにチョコを高いところへ持ち上げた。

「…あァ、残念。もう俺が貰っちまったもんで返せねェな。つーかどうせ渡すんなら後でも今でも同じだろうが」

「…いいんですか…?」

「いいも何も…そのために作ったんだろ?」





(ナイスアシスト!総悟)
(あーぁ、手助けするつもりはなかったんですけどねィ)
(ほんと感謝してるよ!)
(…それならそれで、チョコの一つや二つ、寄こしてほしいもんでさァ)





((2013.02.21))

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