企画系

V.銀時の場合
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その日のNo nameのテンションはいつになく高かった。今にも鼻歌なんかが聞こえてきそうな様子である。

「……」

いつも冷静沈着で、仕事に私情を挟むことなどないNo nameが変に浮ついているのだから、周りにいる隊士たちもNo nameの身に何が起こったのかと不審そうにNo nameのことを見ている。
そんな隊士たちに交じっていた山崎退がしびれを切らしたのか、遠慮がちに口を開いた。

「…あのー、姉さん…?」

「ん?何?どうした?退」

「…なんでそんなにテンション高いんですか?」

「…何、その質問。私がテンション高くちゃいけない?」

「いや…そうは言ってないんですけどね。…なんていうかいっつも堂々としてる姉さんがそんなんだと、俺たちの調子が狂うっていうか……」

山崎のその言葉に続いて、「なぁ?」という風に隊士たちの方へ振り返った。隊士たちも合意するように皆、首を縦に振る。

「そうかな?」

「そうですよ。何かあったんですか?」

「今はまだ何もないけど…」

「今は、ってことはこれから何かあるんですか?」

山崎の質問にNo nameは思わず眉間にしわを寄せた。そんなことをわざわざ自分の口から話すのは妙な感じがしたのだ。
そんなNo nameの表情の変化に気がついたのか、山崎の周りを取り囲んでいた隊士のうちの一人がはっと思いついたように山崎に耳打ちをする。
それを聞いた山崎も納得したように小さく頷いた。

「…あ。なるほど…バレンタイン……ってことは、万事屋の旦那のところへ行くんですね?」

「まぁね」

「いいなぁ、旦那。No name姉さんからチョコ貰えるなんて」

「じゃあ後でファミリーパックのチョコ買ってくるからそれでも食べといて」

「…義理チョコ感満載ですね……」

「当たり前でしょ、売約済みなの。私は。っていうかそこは貰えるんだから素直にありがとうでいいでしょ、チョコのサイズに文句つけられる筋合いはないわよ」

No nameは一旦止めていた手を、再び動かし始めた。そして山崎たちの方に見向きもせずにそう言った。
そうこうしているうちにほとんどの隊士たちは自分の仕事を思い出したように部屋をどんどん後にしていった。結局、最後まで残ったのはNo name同様、潜入捜査の報告書を仕上げなければならない山崎だけであった。
そこへ土方が書類を持ってやってきた。


「No name、ちょっといいか?」

「はい。なんですか?」

今度はきちんと手を止めて、土方の方へ向き直って答えた。

「悪いけど、この書類のデータ整理、追加で頼むわ。終わったら、同一ファイルにまとめといてくれ」

「…え」

No nameは土方の顔をまじまじと見つめ返した。

「ん?なんだ?どうした?」

「…あの…副長…。…つまり、残業ということでしょうか」

「あァー…今日朝お前に頼んだ仕事量見るとそうなるな」

「……」

先ほどの高揚した気持ちが一気に冷めていく。No nameはなんだか高い壁から突き落とされたような感覚に陥った。

「なんだ?いきなり黙り込んで。何かあんのか?」

No nameの表情が曇ったのが分かったのだろう。まだ同室にいた山崎が気まずそうに口を挟んだ。

「副長…さすがに今日、それを頼むのは……」

「あァ?なんで?」

「だって…今日、バレン「…分かりました、やります」」

山崎が言い終える前にNo nameは慌てて了承の意を述べた。そして、山崎の顔を一睨みする。山崎は不思議そうな顔をするが、No nameは何も言わずに首を横に振った。

No nameの返事を聞き、土方は「んじゃ、頼む」と言って部屋を後にした。
土方が部屋を出た後、山崎はNo nameに尋ねた。

「姉さん…なんで引き受けたんですか?」

「仕事に私情を挟むのは言語道断」

「…でも、その書類整理をこなしてたら今日が終わっちゃうんじゃ…?」

「じゃあ、退が手伝ってくれるわけ?」

No nameは無意識のうちに怖い顔をしていた。しかし、すぐにはっと我に返って続けて言った。

「…あ、…ごめん……」

「……」

「大丈夫よ。これくらいの書類整理なんて余裕」

笑顔でそう話すNo nameに山崎は何も言えなくなってしまった。

*

結局、No nameが全ての書類整理を終えたのは午後十一時を過ぎてからだった。
間もなく、今日が終わろうとしていた。
山崎に宣言した通り、一日で終わらせることはできたが、今から万事屋に出向いても銀時はおそらく夢の中だろうし、そもそも14日の間に間に合うとはとても思えなかった。
それでも、渡さないという選択肢はNo nameの中にはなかった。
直接渡すことはできなくても最悪ポストの中に放り込んでおけばいいと思った。
No nameは悩んだ末に今から万事屋に向かうことに決めた。


その日は想像以上に冷え込んでいた。
No nameはこれでもか、というほどに厚着をして屯所を出た。
そして、万事屋に向かって歩き出そうとすると、突然後方から声がした。


「こんな遅くからそんな恰好で、どこに巡回しに行く気だよ」

No nameはその聞き覚えのある声に驚き、思わず肩を震わせた。そして、恐る恐る振り返った。そこには銀時が屯所の壁にもたれかかるようにして立っていた。

「銀さん…っ!?な…なんで…」

No nameが尋ねると、銀時は面倒くさそうに髪の毛を掻きながら答えた。

「…誰かとは言わねェが、お前があのマヨネーズ野郎に無理やり仕事押し付けられて半べそ掻いてるからっつーんで、慰めに来てやったんだよ」

「はっ…半べそなんて掻いてないわよ」

No nameとしては、あくまでも強気に返したつもりだったがいつの間にか目に涙が溜まっていくのが自分でも分かった。

「そういう強気な言葉は涙拭いてから言えっての」

「これは…あれよ、目にゴミが入って…」

「言い訳すんならもっと高度なのを言えっつーの」

「うるさいっ」

No nameのその叫び声とともに、しばらくの間二人の間に静寂が流れるが、やがてNo nameがぽつりと呟いた。
…時刻は既に15日になっていた。

「銀さん…」

「あ?」

「…会いに来てくれてありがとう。もう少しで最低のバレンタインになるとこだった」

「素直に最初からそう言やァよかったのに」

そう言うと、銀時はNo nameの頭を数回ぽんと叩いた。No nameはそんな銀時を見上げてチョコの包み紙を差し出した。

「…これ。…14日過ぎちゃったから…もうバレンタインチョコじゃなくて普通のチョコになっちゃったけど…」

「日付なんて関係ねェさ」

「え?」

「…だから。14日過ぎてもNo nameの気持ちは籠ってんだろ?…それで十分だよ」

「……」

「お前にとっちゃ最低のバレンタインになったかもしれねェけど、俺にとっちゃ最高のバレンタインになった」

「……銀さん」

「サンキューな」




(…あ、退)
(あ。No nameさん。おはようございます、どうしたんですか?)
(…はい、これ)
(…え。これって…)
(チョコよ、チョコ)
(なんで俺に?)
(…別に深い理由はないわよ。…ただのお礼だから)
(……)





((2013.02.14))

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