text.41〜

73
1ページ/1ページ

「No name、早くしないと時間ないわよ?」

No nameの右腕を引き、あやめは廊下をただひたすらまっすぐに進む。
No nameは、その腕を振りほどこうとするが、あやめのあまりの力の強さでそれができなかった。

「時間ないって言われても…!どうせ今から言っても意味ないって…っ」

渋るようにNo nameがそう言うと、歩いていたあやめが唐突に足を止め、怖い顔をして振り返った。

「あら、じゃあ何?だからって諦めるわけ?」

「…誰もそうは言ってないけど…っ」

No nameはそう言いながら自身の左手首に付いている腕時計に視線を落とした。

「早く教室戻らないと、最後の朝礼始まっちゃうんじゃ…」

「大丈夫よ。ちょっとくらい。っていうか最後の朝礼だからこそ全員揃うの待つでしょ、普通」

「でも……」

No nameが言葉を続けようとすると、No nameの言葉に覆いかぶせるようにあやめが口を開いた。

「だいたい…あんたそんなことばっかり言ってるから今まで散々あったチャンスも潰してきたんじゃないの?」

「それは……」

あやめの返答にNo nameは思わず口をつぐんだ。

「ほら、図星。…分かってるんだったら行くわよ?今しかないんだから…」

「……」

「…それに、どうせ高杉のことだから卒業式終わったらすぐに帰るだろうし」

そう言うとあやめは再び足を動かし始めた。

「で…でもいいの?あやめ…あやめだって今日が終わっちゃったら銀八先生に会えなくなるんじゃ…」

「私の心配はご無用よ」

恐る恐るそう言ったNo nameにあやめはぴしゃりと言い返した。

「え…どうして?」

「だって、先生は異動にならない限りずっとここにいるでしょ?会いたくなれば会いに来ればいいだけの話だものね」

「………」

No nameは素直に感心した。
形はどうであれ、あやめのような積極的な行動は、自分ではとてもじゃないができる気がしなかったからだ。
現に、今だって高杉に対して“第二ボタンが欲しい”という言葉すらぶつけられずにいるのだから。

No nameの表情が曇っていたのだろう。
あやめは再び振り返って言った。

「心配しなくても、あんなやつの第二ボタン欲しがる物好きなんてNo nameくらいしかいないわよ」


*

「遅いわねー高杉のやつ。…まさか、卒業式の日まで遅刻するなんてことはないわよね…?」

高杉の下駄箱を覗いて、あやめは呆れたようにそう呟いた。

場所は変わって、今No nameとあやめは下駄箱にいた。間もなく朝礼が始まる時刻とあって下駄箱にはNo nameとあやめ以外誰もおらず、閑散としていた。

「…もう朝礼まで五分切ってるのに…どうしよう…」

「ったく…空気読めってのっ!あの野郎」

いい加減イラついてきたのかあやめが足で小刻みにリズムを取っていた。そんなあやめを苦笑しながらNo nameは見つめていた。
そうして二人がそこに佇んでいると、後方から声がした。

「なんだ、お前ら?…こんなとこでわざわざ俺の出迎えか?」

あまりに突然の事だったので、No nameとあやめは思わずぎょっとして振り返った。

「…晋助」

「やっと来たのね」

「…やっと?俺になんか用事でもあんのか?」

「ええ、No nameがね」

あやめがNo nameの名前を出すと、今まであやめの方を向いていた高杉の視線がNo nameの方へ向いた。
そのことにNo nameは急にドキドキし始める。

「…それじゃー、お邪魔虫は退散するとしましょうか」

あやめはわざとらしくそう呟いて、その場から踵を返して歩き出した。
あやめがその場からいなくなってしばらくして高杉が口火を切った。

「珍しいんじゃねェのか?No nameから俺に話があるなんてよ」

「クラス内じゃ…気軽に話かけられる雰囲気じゃなかったから…それに…」

「それに?」

「…今日、卒業式…だから…。今日しかないと思って…」

「…で?何の用だ?」

「…た、大したことじゃないんだけどね…っ」

「……」

自分でも気味が悪いと思うほど、声が上ずっている。そして、その気持ちに追いつこうと自身の鼓動も信じられないスピードで波打っている。

「あの…晋助…」

「どうした?」

「…その……だ…第…」

一生懸命に伝えようとするのだが、気持ちばかりが先行して言葉が追いついてこない。
そんなNo nameを見て、高杉の表情は見る見るうちに不審そうなものへ変化する。

「…ダイ?」

「だっ…大学…どうするんだっけ!?」

No nameの口から出た言葉に陰から見守っていたあやめはずっこけそうになった。

(なんで大学の話になんのよっ)

「大学?…そんな先のことなんていちいち考えてねェよ」

「だよね!晋助だもん!」

「…分かってんなら、最初からんなこと聞くなっつーんだよ。つーか、何だ?お前…そんなこと俺にわざわざ聞くためにここにいたわけか?」

怪訝そうな顔をする高杉にNo nameは頭の中が真っ白になった。押し寄せる緊張でもうどうすればいいのか分からない。

そこからどうなったのかはNo nameにも分からなかった。ただ、気がつけば意識がぷつりと途切れていた。


目を覚ますと、まず最初につんとする匂いがNo nameの鼻腔をくすぐった。その匂いで今、自分は保健室にいることに気がついた。

「卒業式当日にぶっ倒れる奴がいるか、普通?」

No nameがわけも分からずあたふたしていると横に座っていた高杉が冷静につっこんだ。

「…晋助…どうしたの…?っていうか…ぶっ倒れ…えっ!?」

No nameは慌てて自身の腕時計に視線を落とすと、式の時間はとっくに過ぎていた。

「い…今からっ!」

保健室の布団を蹴飛ばし、ベッドから降りようとするが高杉に腕を掴まれて、それを阻まれた。

「止めとけ」

「…でもっ」

「今から行っても邪魔になるだけだ」

「あ…あやめは…!?」

「あァ…あいつはお前がぶっ倒れた後、俺にお前を押し付けて教室に戻ったよ。…んで、しょうがねェから、俺がお前を抱えてここまで来た」

「……え」

高杉のその行動にNo nameがどう返答しようか迷っていると高杉が思いだしたように付け加えた。

「そういや…あの女、立ち去る時に“あんたら二人の分も銀八先生から卒業証書受け取ってくるから、気にしないで保健室で休んでなさい!”とかなんとか言ってやがったな」

あやめらしいな、とNo nameは思った。
不思議とそう言い放ったあやめの姿が簡単に脳裏に浮かんだ。それと同時にNo nameははっとして高杉の方へ向き直ると、高杉に妙な違和感があることに気がついた。

「…あれ…?」

「どうした?」

「…晋助の制服…なんか違和感が…」

「あァ…これか…」

No nameに指摘され、高杉も自身の制服に視線を落とした。

「…俺が卒業式出ねェってのをどっかから聞きつけた下級生のガキ共に学ランのボタンを根こそぎ持ってかれたんだよ」

高杉にそう言われ、妙な違和感の正体に気がついた。そう言われれば、確かに高杉の学ランにはボタンが一つもついていない。
No nameは愕然とした。
自分が緊張ばかりして高杉に、ちゃんと伝えられずにいたせいで、倒れている間に狙っていたものを横取りされたのだ。
そのことにようやく気がついたNo nameは、悔しさで瞳に涙がにじんだ。

「…落ち着いたと思ったら…今度はなんで急に泣くんだよ」

「…だって…」

「…あ?」

「私だって晋助のボタン欲しかったっ…それを言いたくてずっと…頑張ってたのに…結局、いつも最後までちゃんと勇気が出ないから…!こうやってチャンスを逃しちゃうんだ…!」

No nameが絞り出すようにそう言うと、高杉はしばらく黙っていた後、理解したように小さくため息を吐いて続けた。

「……」

そして、唐突に高杉はポケットに手を突っ込んで、取りだした“それ”を指ではじいた。
はじかれた“それ”は軽く宙を舞い、No nameの手のひら目がけて飛んできた。

「受け取れ」

「……!?」

No nameがわけも分からず恐る恐る手を開くと、そこには金色に輝くボタンがあった。

「…やる」

「…ど、どうして…っ!?」


「バーカ。お前の考えてることくらいすぐ分かるんだよ」



(…というわけで、No nameと高杉は卒業式欠席なんで…)
(ふざけんなァアア!そんなの許されるわけねェだろーが!)
(だから、あの二人の代わりに私が先生の愛の籠った卒業証書受け取りますからっ)
(…それは、断固として許さねェ)







((2013.03.07))

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ