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「しっかしまぁ…偶然ってあるもんだなァ」

「そうね」

お酒の入ったグラスを傾けながら、銀時は懐かしそうに呟いた。


偶然の再会だった。
No nameがいつものように仕事を終えて家に帰宅しようとすると、いつも通勤に使う道で、事故か何かがあったのか通行止めになっていたのだ。

No nameは舌打ちをした。
この道が使えないとなると、自宅へ戻る道は少し遠回りになるが、歌舞伎町の大通りを横断しなければならないのだ。
そのまま通行許可が出るまで時間をつぶしてもいいのだが、いつ許可が出るかも分からない状況で、この場でずっと待ち続けるのも時間がもったいないと思った。
No nameは仕方なく踵を返し、歌舞伎町へ足を踏み入れたのだった。
ホストクラブや飲み屋の勧誘を適当にかわしながら大通りを進んでいく。そして、その大通りを間もなく抜けるといった頃、突然誰かに肩を掴まれた。
新手の勧誘かとうんざりした表情で振り返るとそこには、懐かしい人物が立っていた。


「何年ぶりだっけ?」

「…はっきり覚えてるわけじゃないけど、寺子屋に通ってた時以来でしょ?」

「あァーそうだった。そりゃそんだけ経ちゃァ俺も年食うわな」

「やだ、何それ。まだ二十代なのにそんなこと言わないでよ」

「いやいや、実際。枕に染みついた匂いとかやべェから!なんかこう…信じられねェ匂い発してるから!」

「ムキになって言うことじゃないわよ、それ」

銀時はNo nameの記憶のなかよりも随分大人びていた。最後に会ったのが十数年前なのだから、当たり前だと言えば当たり前なのだが。
しばらくそのまま話しこんでいると、銀時が飲みに行こうと言いだしたのである。断る理由も特になかったNo nameは、銀時に誘われるがまま飲み屋に入って行ったのだった。


「…で?なんでお前、歌舞伎町のど真ん中を一人で歩いてたわけ?」

「いつも通勤で使う道が通行止めだったのよ。家に帰るにはその道使うか、ここ通るしかないからね」

「へぇ…んじゃ本当の偶然だったわけだ。つーか、この辺に勤めてるんだったら連絡くらいすればよかったんじゃねェの?」

「連絡も何も…私、銀時がこの辺に住んでるなんて知らなかったし。っていうか卒業してから今日まで会ってなかったのに連絡先なんて知るわけないでしょ?」

No nameのもっともらしい指摘に、銀時は「それもそうだな…」と言いながら酒を飲む。そしてふと思いついたように続けた。

「次があるか分かんねェけど。でも、もし次からここら辺歩くんだったら気ィつけろ」

「は?なんで?」

「団体行動するんならまだしも…一人でこの辺歩くんじゃ危険だからよ」

「あら、心配してくれてるの?」

「お前の心配なんてしてねーよ。…ただ、この町の怖さを知ってるから忠告してやってんだ」

「…素直に心配してるって言えばいいのに。そんなんじゃモテないわよ?」

「余計なお世話だよ」

「…でもまぁ、心配してくれてるってことで素直に受け取っとくわ、ありがと」

No nameがさらりとそう言うと、銀時は少し怒ったように言った。

「No name…テメェ…」

「ふふっ。寺子屋時代散々苛められたからね、そのお返し」


No nameはグラスに入ったお酒を一口飲みながら、寺子屋に通っていた時のことを思い返していた。
休み時間に差し掛かる度にいつの間にかNo nameの隣にやってきては髪の毛を引っ張っては逃げていく銀時の姿を。
どういう意図でその行動をしていたのか、当時も今もNo nameには全く分からない。ただ漠然と、銀時は自分のことを嫌っているからそんなことをするのだろうと思っていた。


「…それにしても、お前があの長ェ髪を切るとはなァ」

それからしばらくして不意に銀時が口にした言葉はNo nameを驚かせた。一瞬、自分が心の中で考えていたことを覗かれたような、そんな気がした。

「何よ…いきなり。…っていうか、何年前の話してんのよ…ずーっと同じ髪型の女なんて普通いないでしょ?」

「そりゃそうなんだけどよ…あの長ェ髪ってNo nameの代名詞みたいなもんじゃん?それが無くなるんだからそりゃビビるって」

「…その割にそこ歩いてたのが私だってよくすぐに認識できたわね?」

「髪型変わっても顔は変わらねェだろ?…まぁ顔は多少大人びたか…」

「銀時は髪型も顔も変わってないけどね」

「俺の話はいいんだよ。…で、なんで切ったんだ?あの髪。俺結構好きだったんだけどね」

「えっ」

No nameが咄嗟にしたその反応に銀時は不思議そうな顔をした。

「あれ?俺なんか変なこと言った?」

「…銀時…私のロングヘアー嫌いなんだと思ってた…」

No nameの言葉に銀時は怪訝そうな顔をする。

「はァ?なんで?」

「だって、寺子屋通ってた時毎日のように私の髪の毛引っ張ってはバカにしてたじゃない」

銀時は虚をつかれたような表情をする。
そして、思い出したように顔を少し歪めた。

「あー…そんなこともあった気がする…」

「気がする…ってことは忘れてたのね…?」

No name頬杖をついて隣に座っている銀時の顔を軽く睨みつけた。

「お、怒るなってっ!…あれはその…アレだ!よく言うだろ?ガキの頃っていろいろ捻じ曲がってるって!」

「…意味分かんないんだけど」

No nameが冷めた口調でそう返すと、銀時は思いついたように牽制してくる。

「っつーか!今その話関係ねェだろ?俺が聞いてんのはお前が髪切った理由だっつーの」

あまりにしつこく尋ねてくる銀時を少し不審に思いながらもNo nameは小さくため息をついて銀時の表情を窺うように言った。

「トラウマよ」

「トラウマァ?」

「…というか嫌な思い出って言った方が正しいかもね」

「……」

「昔ある人に髪の毛引っ張り続けられたせいで、髪長いのがコンプレックスみたくなってさ。それで卒業と同時にバッサリ。…ま、寺子屋卒業してから今日までその人とは一回も会うことがなかったから、意味なかったんだけどね」

No nameがそう言うと、銀時は不満そうな表情を浮かべた。

「完全に俺のことじゃねェか」

「だからさっき驚いたのよ。まさかそんな風に思ってるとは思わなかったから」

No nameはそう言ってグラスの中に残っていたお酒を一気に飲み干した。そして、空になったグラスをカウンターに置き、銀時の方へ少し身体を向けた。

「…で、同時に聞きたくなった。あの時、どうしてあんなことしてたの?ってね」

「…だからさっき言ったろ?ガキの頃だからいろんな感情が歪曲してたんだよ」

「あぁ…好きな子だから気を引こうとして苛めるとかいうの?」

No nameがさらりと口にしたその言葉に銀時は呆れたように返してきた。

「自分で言うか?普通…」

「あら、でもこれは一般論でしょ。銀時がそうとは限らないじゃない?」

淡々とそう話すNo nameの額を銀時は軽く小突きながら、睨みつけて言った。


「…そのまさかだった場合、なんて返せばいいんだよコノヤロー」


(…別にガキの頃の話なら、今更緊張して話すこともないんじゃない?)
(誰がガキの頃に限定した話をしてんだよ)
(はぁ?)
(…なんでもねェよ、バカヤロー)







((2013.02.07))

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