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「No nameちゃん」

書類整理をしているNo nameのところへ山崎が歩み寄ってきた。

「何?」

No nameは顔も上げずにそう言うと、山崎は申し訳なさそうに言った。

「また潜入捜査決まっちゃったんだけどさ」

「そう」

あまりにも聞きなれたセリフでNo nameは淡々とそう返した。そんなNo nameの反応に山崎はツッコミを入れるように返した。

「いやいやいや…」

あまりにも大げさな山崎の声にNo nameは面倒くさそうに顔をあげた。

「何?」

「…リアクション薄すぎやしない?」

「だって退の潜入捜査なんて聞き慣れすぎて今更驚くことなんてないんだもの」

先ほどまでと同じように淡々とそう言うと山崎はNo nameを試すように少し溜めて言った。

「…それがたとえ三カ月でも?」

「え?」

「だから、三か月の長期任務でも?」

「三か月っ!?三日の間違いじゃないの?」

「残念ながら間違ってないんだよね」

「…そう…なんだ…」

そこでようやく山崎がNo nameに対して申し訳なさそうに言った理由が分かったのか、No nameも少しトーンを落として言った。
しかし、またすぐに明るく続けた。

「…ま、しょうがないんじゃない?…退とこれからも付き合っていくんだったら三か月くらい耐えないとね!」

そんなNo nameの態度を不満に思ったのか、山崎は怪訝そうな表情をして言った。

「いや、あのさ…」

「何?」

「…一応聞いてみるけど、普通のカップルみたく…駄駄こねて引きとめたりしてくれないの?」

山崎の口からは考えられない言葉がNo nameの耳に飛び込んできたため、No nameは思わず素っ頓狂な声をあげた。

「…はぁ?」

「はぁ?じゃなくて…もっと寂しがるかと思ったんだけどさ」

「…退。あんた、私が“行ってほしくない”…なんて言うような女に見える?」

「…とか言いながらも本心としてはね。言ってくれると思ってた。というか俺としては言ってほしかった」

「…なんで?」

「なんでって…俺、No nameちゃんと三か月近くも離れるなんて考えただけでも辛いし」

「そんなこと言われても仕事なんだからしょうがないじゃない…っていうか、よくもまぁそんな恥ずかしいセリフさらっと言えるわね?」

「別に。俺は思ってることまんま言ってるだけだしさ。…っていうかさっきから仕事仕事って、No nameちゃん俺と仕事どっち取るの?」

「…何寝ぼけたこと言ってんの?」

「至って普通だよ」

「副長が今のセリフ聞いたらまた殴られるわよ」

No nameが副長という単語を口から出すと、山崎は少し不機嫌そうな顔をして続けた。

「副長は今関係ないって、とにかく答えてくれない?」

「…そんなのそもそも天秤にかけること自体間違ってるでしょ、仕事は仕事。恋は恋」

No nameは感情を表に出さないようにそう言うと、山崎は大げさなため息をついて言った。

「…No nameちゃん、本当に俺のこと好き?」

「…何よ唐突にその質問……」

「改めて聞いてみようと思って。答えてみてくれない?」

「大好き」

「…嘘くさい」

「はぁ?」

「…なんていうか好きの重みが感じられないんだよね、今の言葉だと」

No nameはだんだんと山崎のらしくない言動にイラついてきた。

「…退…あんたどっかに頭ぶつけたんじゃないの…?さっきから言ってることらしくないにも程があるんだけど」

「…さっきも言ったけど至って普通だよ、俺は。言いたいことと聞きたいこと、思った事を全部口に出してるだけ」

「……」

「それよりさ。本当に好きなんだよね?俺のこと?」

「当たり前でしょ、好きじゃなかったら付き合ってないって」

「んじゃ、No nameから俺にキスしてよ」

「…どうしてそうなった?」

「愛情表現ってやつ?」

「…仕事中だから無理」

ぶっきらぼうに言えば山崎はあきらめてくれるかとNo nameは思った。しかし、山崎はあきらめるどころかNo nameの肩を掴み、強引に振り向かせたかと思えば、唐突にNo nameの唇に自分の唇を落としたのだ。
普段の山崎からは考えられない大胆な行動にNo nameは思わずぎょっとした。

「…何してんの…?」

「何って…キス?」

「そういうことじゃないっ!」

「じゃあどういうこと?」

「どうしていきなりこんなことしたの?」

「……」

「…なにかあったのね…?」

No nameが問い詰めるようにそう言うと、山崎は観念したように続けた。


「…夢を見たんだ」

「…夢…?」

「俺が潜入捜査に行ってる間にNo nameが副長や沖田隊長に盗られる…そんな夢を」

「…それで今日は言動がおかしかったのね?」

No nameは納得したように小さく息を吐き出した。

「どうせバカだとか言うんじゃないの?」

「うん、大バカね」

「ほらね」

「退に対してじゃなくて自分に対して」

「?」

「…だって、そうでしょ?それが分かってても退から離れられない私って大バカでしょ?だからバカ同士お似合いじゃない」

「……No name」

「だから…くだらない心配しなくてもいいよ、離れるつもりなんてないからさ」



(それに退みたいなやつに合わせられる女なんて私くらいなもんよ)
(…自分で言っちゃうのかよ、それ…)
(…最後まで聞いてよ)
(何が?)
(…だから、退も離れたら許さないからね?)






((2013.01.17))

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