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始まりがどんなにドラマチックで熱く燃え上がっていたとしても、不思議なことに恋心というものは月日が流れれば徐々に沈下していくものである。
もちろん、すべてのカップルがそうだとは言わないが、そのほとんどが時間の経過によって新鮮さを奪われるのだ。要するにマンネリ化しているのである。

No nameは今まさにそんな状況下にいた。
恋人同士が付き合う期間に思いつくであろう行動は一通り終えており、頻繁にしていたキスも回数が徐々に減少し、最近では肌に触れることすらしていない。
しかしながらNo name自身、そんな状況を別に不満に思っていたわけではなかった。そもそもたとえ相手が恋人であっても他人に干渉されるのが好きな方ではなかった。だから、これくらいの間柄がNo nameにとっては心地よかった。それに、たとえ会いたいと思ってもすぐに会える位置に彼はいたのだ。

*

その知らせを聞いてNo nameは作業する手を一旦止めた。

「晋助とまた子が…?」

No nameがいつも通り仕事をこなしていると、万斉が部屋へやってきて高杉とまた子の様子がおかしいと言いだしたのである。

「神妙な空気…というか、我々が気軽に近づける雰囲気じゃないように思うでござる。…まぁ晋助は前々からそんな雰囲気を醸し出してはいたでござるが」

「…。どうせ攘夷活動関連で二人で打ち合わせでもしてたんじゃないの?」

「攘夷活動関連の話なら拙者たちも輪に入れられるはずでござる」

「…別にそうとは限らないんじゃないの?ほら、また子の武器って銃だし…戦いになったときまた子にしか担えない役割とかあんのよ、きっと」

「……」

No nameの答えに万斉は答えず、ただじっとNo nameを見つめてきた。

「…何か言いたそうね?」

「…いや、大したことではないでござる…」

「何よ、何かあるなら言えば?」

少し語気を荒げてNo nameがそう尋ねると、万斉は諭すように言った。

「…No nameが晋助を信用してそういう考え方に持っていこうと思ってるのは…まぁ分からなくもないでござるが…少しは危機感も持った方がいいでござる」

「何の話?」

「…晋助とまた子が攘夷活動を行う同志である以前に男女であるということをでござる」

万斉の言った“男女”という言葉にNo nameは少しどきりとした。頭の片隅にあった嫌な予感がくすぶられたような気がした。しかしNo nameは微塵も気にしていない風を装い万斉に返した。

「余計なお世話。私がその現場を見たわけじゃないもの…万斉の話したことが本当だとしても気にしないわよ。私は晋助のことを信じてる」

「…全く、強情なのも困ったものでござるね」

「…だから余計なお世話だって言ってんのよ…話がそれだけなら出てってくれない?私も仕事があるんだからさ」

「…いや、用件はもう一つあるでござる」

「何?」

「さっきの話に少し関係があるでござる」

No nameは眉間にしわを寄せ、「どういうこと?」と尋ねた。

「ぬしの長期潜入が決まったんでござる」

「は?…潜入?」

「そうでござる。…幕府の動向を探るために…将軍のお世話役をしながら情報を収集することが目的でござる」

「…それは分かるけど…その話がどうさっきの話と繋がってくるって言うのよ」

「タイミングの問題でござる…考えようによっては晋助とまた子が二人で密会をするためにぬしを遠くへ追いやろうとしているとは考えられぬか?」

No nameは動かそうとしていた手を思わず止めていた。そしてゆっくり顔を上げ、万斉を睨みつけた。

「どうしてもあんたは私と晋助の距離を置かせたいのかしら?」

No nameが挑発的にそういうと、万斉は鼻で笑った。

「あくまでも一つの可能性を述べただけでござる…No nameが関係ないと思うならそう思えばいい」

そして、No nameの返答を待たずにNo nameに背を向け、部屋を後にした。No nameは舌打ちをして仕事を再開させるべく机に向かった。しかし、気がつけば頭の中で高杉とまた子のツーショットが巡る。
そんな二人の姿を頭の中から消そうとするがそれをしようとすればするほど鮮明に浮かんでくる。

「あー…だめ、集中できないっ!」

No nameは書きかけの書類の一番上のページを破り、ぐしゃぐしゃに丸めて壁に向かって投げた。少しなりともストレスは軽減されるかと思ったが余計に不満が募っただけであった。

「…万斉が余計なこと言うから……」

口に出して万斉への不満を呟いてはみるもののNo name自身、先ほど万斉が言ったことを100%の自信も持って否定できない自分にも苛立っていた。そんなことはないと心では思っていてもどうしても頭の中でその状況が浮かんでしまうのだ。

「……」

No nameは髪の毛を掻きむしった。

*

数日後、万斉の言った通り正式に潜入の通達が自分の元へやってきた。そこには一週間後の日にち付けで異動するように記されていた。
別にこの通達に関して万斉が嘘をついているとは思ってはいなかったが、実際に目にすると本当に何かあるのではないかと勘ぐってしまった。

No nameはしばらくその異動通知を見つめながら大きく息を吐きだした。


そしてそれからあっという間に異動通知に示された日がやってきた。
結局、No nameは高杉に何も告げずに出て行こうと決めていた。というよりも何を言って別れればいいのかが思いつかなかったのである。
No nameは最小限にまとめた荷物を手にし、外へ一歩踏み出そうとしたその時だった。

「フツー出ていくときは何か言うもんじゃねェのか」

No nameはぎょっとして声のした方へ振り返った。そこには座ってあぐらをかいている高杉がいた。
No nameはあくまでも落ち着いた風を装い言った。

「…今更何かを言い残す必要もないかと思ったのよ」

「それが自分の男に対して言うことか?」

「別に。…っていうか晋助、私がしばらくいなくなっても心配なんてしないでしょ?」

「……」

「最近マンネリ気味だしね…離れてる間、気が変わったら別の女の子捕まえてもいいわよ」

「どういう意味だ」

「深い意味はないわよ、ただ…最近彼女らしいこと何もしてあげられなかったから、そういう欲を満たしてくれそうな女の子を見つけたらそっちに乗り換えてもいいって言ってるの」

No nameがなおも淡々とそういうと、No nameの言葉に耐えかねたのか高杉がおもむろに立ち上がりNo nameの左肩を掴んだ。

「さっきから黙って聞いてりゃ…まさかNo name…俺と離れてる間に向こうで新しい男作る気か」

「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ…まぁ晋助の場合は乗り換えるっていうよりも二股かけるのかもしれないけど」

No nameはその場の勢いで思わずそう言ってしまったが、言ってからはっとした。

「……あ」

No nameが呆然していると、高杉は何かを納得したように大きく息を吐いた。

「…やっぱお前、万斉に何か吹き込まれたんだな?」

「…え」

「ここんとこ、お前の様子がおかしいっつってまた子から聞いてた」

高杉の口からまた子の名前が出ると思ってなかったNo nameは目を見開いた。

「どうせ俺とあの女が隠れて会ってるっつーのを万斉に聞いて…勝手に不信感持ってたんだろうが、逆だ」

「逆…?」

「俺がまた子と会うためにNo nameを異動させるんじゃなくて、今回の件は俺とNo nameを引き離すために万斉が勝手に進めた話だ」

「…嘘…」

「信用ねェんだな」

No nameの言葉に高杉は自嘲気味に笑った。

「だって!晋助…基本何考えてるかわかんないんだものっ」

「あァ…でも、殊お前のことに関しては真面目にずっと想ってるよ」

照れる素振りも一切見せずに高杉はさらりとそう言ってのけた。
No nameは息をのんだ。
自分が今まで高杉に浴びせた言動をすべて取り消してしまいたかった。

─…どうして自分はまっすぐに晋助を信じることができなかったんだろう。


やがてNo nameは意を決したようにぼそっと小さな声で言った。

「…信じてもいいの?」

「安心しろ。…基本的に俺ァ執念深くてしつこい男なんだ。…だから安心して行って来い」


「…バカ」

「バカはお前だよ」

高杉はそういうとNo nameの額を小突いた。No nameはいろんな感情が爆発しそうになったが、じっとこらえて言った。


「…行ってきます!」



(ふむ…計画失敗…ということか)
(残念でしたね、万斉先輩)
(……)
(あぁいうのは…邪魔をすればするほど却ってくっついてしまうものなんっスよ)








((2013.01.10))

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