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「No name、No nameってば」

No nameははっと我に返り、声がした方へ振り返ると、そこには怪訝そうな表情をした神威がNo nameの顔を覗き込んでいた。

「…え、あ…何?どうしたの神威?」

「動き、止まってる」

「え…」

神威に指摘され、No nameは思わず自分の身体に視線を落とした。

「調子でも悪いの?」

神威にそう問われ、No nameは無言で首を横に振った。

「…ならいいけど。最近ぼーっとしてるのよく見かけるけど」

「…えっ」

神威の言葉にNo nameは思わず目を見開いていた。

「何?なんでそんな驚いてんの?」

「…あ、ううん…なんでもない…」

No nameはそうごまかして神威にばれないように小さく息を吐き、自分の胸に手を当てると信じられないほどドキドキしていた。
自分の小さな異変に気づいてくれたことがこんなにも嬉しいとは思わなかったのだ。

「なんでもないなら続けるけど…いいかい?」

「…うん」

No nameが了承の意を述べると、神威は先ほどの続きを話し始めた。とは言っても、何か重要な計画の作戦会議というわけではなく、いつものように、神威が皆の愚痴を一方的にこぼしにきているだけだった。
神威にとっては単なる愚痴こぼしでもNo nameにとっては幸せな時間だった。
大切で、幸せで、この時間が永らく続いてほしいとも願っていた。

しかしその一方で、このままではいけないとも思っていた。内に秘めるだけじゃなくて、いつかは自分の思いを告げなきゃいけないと。それに、自分の神威に対する想いをいつまでも自分の心の中に仕舞いこんでおける自信もなかった。しかし、そんな想いとは裏腹にいざ本人を目の前にすると神威に恋する女としての話し方ではなくただの同僚として話しかけてしまう自分がいた。

No nameは今も尚楽しそうに自分の話をしている神威の横顔を見つめた。
今目の前にいる神威が恋しくて恋しくて仕方がないのにそれを表現できない自分にいら立ちを覚えた。

しばらくして神威が唐突に話を打ち切ったかと思えばいつもの笑顔から途端に真顔になりNo nameの瞳をじっと見つめて言った。


「やっぱりNo name、変だね」

「…え?なんで…?」

「いつもみたく俺の話を楽しそうに聞いてくれないし。なんていうか上の空だしさ。俺の話、つまんない?」

あからさまに不満そうな表情をする神威にNo nameは思わず叫んでいた。

「つまんなくない!私はただ…」

─…こんなに近くにいるのに、好きっていう一言が伝えられない自分にいら立ってるの。
恋しくて恋しくて仕方ないのに…そんな想いを伝えて楽になりたいのに、それを伝えることで今あるこの関係が壊れてしまうことを恐れてる自分がいるの。


「…ただ?」

「…あ…」

「何?俺に言いたいことがあるんなら言えばいいじゃん」

「…言えない」

「なんで?」

「…なんでも」

「…へぇ?」

No nameがそう返すと、神威は先ほどの不満そうな表情から一変し、不気味なくらい満面の笑みになり頬杖をついてそう言った。
神威の笑顔など見慣れたはずなのに、No nameの背筋にはなぜだか悪寒が走った。


「…俺はNo nameに何でも話すのに、No nameは俺に何も話してくれないんだ?」

「…何でもって…神威だって人に絶対に言えないことくらいあるでしょ…?」

「あるよ。でもそれは阿伏兎や他の連中の話。少なくともNo nameには、思ったこと感じたことを全部話してる」

「……え」

神威が言ったその言葉にNo nameは少なからずドキドキさせられた。

「だから俺がNo nameに話せないことなんて何もないよ」

「…それでも私が言えないことはどうしても言えないの」

「だからどうして?」

「…言えば、今の関係が壊れちゃう…そんな気がするから、だから絶対に言いたくない」

「あぁそう、だったらもういいよ。二度とNo nameのところには話に来ないし、現れないから」

そう言うと神威は部屋を出ていこうとする。

「あ…神威、待ってっ」

「……」

「…神威っ」

No nameの呼びかけにも神威は答える気は一切なさそうだった。
No nameは泣きたくなった。こんな状況になっても「好き」だと言えない自分の臆病さに腹が立った。自分のせいで二度と神威と話せなくなるかもしれないのに。

「…好き…っ」

No nameが思いのたけを爆発させるようにそう叫ぶと、出ていこうとする神威の足がピタッと止まった。

「神威が…好きなのっ!」

「……」

「神威が好きだから…言っちゃえば関係が壊れると思った!だから言うのが怖かったのっ」

No nameがそう叫ぶと、神威は扉近くからNo nameに無言で歩み寄りNo nameの頭をぽんっと撫でた。

「…そういうことなら仕方ないね」

「…え」

「そりゃ、No name。臆病だもんね。言えただけでも褒めてあげなきゃいけないね」

「…神威…」

「…さっきはごめん、言いすぎた。けど、好きって言葉でチャラにしてあげるよ」


(ねぇ、返事は?)
(返事?)
(…そう。私の気持ちに対する返事)
(そんなのいらないでしょ?)
(え…なんで…)
(わざわざ改めて伝える必要もないからさ)







((2012.12.20))

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