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「……」

No nameはあくまでも自然な雰囲気を醸し出しながら、読んでいる新聞と持っている手の隙間から垣間見える土方十四郎の顔を見つめていた。
そして自分なりに気持ちを高ぶらせては、目を伏せて報告書を書き、それに飽きては再び近くの土方に視線を戻す、その繰り返しだった。
そんなNo nameに、土方は気づいているのか気づいていないのか、座ったまま新聞に目を通していた。


しばらくして、土方がおもむろに読んでいた新聞から顔をあげた。

「…何か用か?」

「えっ」

「…さっきからちらちらこっち見てただろ?」

「きっ気づいてたんですか?」

No nameが焦ってそう言うと、土方は怪訝そうな顔をNo nameに向けて言った。

「…気づかねェ方がおかしいだろ。それとも俺が気づかねェとでも思ったか」

怒っているのかそうじゃないのか、声のトーンを聞くだけでは判断できなかったが、土方の低い声にNo nameは思わず首をすくめた。

「…で?何の用だ?」

「…あ、いや…別にこれといった用事があるわけじゃなくて…」

「……わけじゃなくて?」

「…な、なんでもないです…」

「……」

No nameのその返答に、土方は釈然としないような表情を浮かべ、再び新聞に視線を戻した。
No nameはほっと胸をなでおろした。
まさか、土方の横顔に見とれていたなんてことは口が裂けても言えなかった。
気にしないように書きかけの報告書に向かおうとするがまるで集中できなかった。

*

意を決したのは今朝のことだった。

土方とは付き合い始めてから随分と経っているが、基本的にクールで二人でいるときもさほど盛り上がるわけではなかった。むしろ、No nameは二人でいる時より、他の新撰組隊士と話している時の方が口数が多いような気がしていた。
しかしそれだけのことで土方を責めるのは間違いだと思っていたし、そんなことに自分が口を挟む権利なんてないものだと思っていた。だから、気にしないようにしていたのだが、思いと態度は伴わないもので知らず知らずのうちに同僚に嫉妬心を燃やしているのも事実だった。
そんな自分にNo nameはどうしようもない嫌悪感を抱いていた。相手が女性であれば共感も得られるのだろうが、新撰組の中じゃ女性隊員は皆無で、今の自分の嫉妬心のすべてが男性に向けられるのである。

─自分はなんて心の狭い人間なんだろう。

そう思ったことは何度もあった。けれども、土方のことを愛するが故にくだらない感情や嫉妬を抱いてしまうのだ。

土方がNo nameに対して好きだと言う気持ちを露わにしないこともあった。そんなことを求めるのは自分の勝手なわがままだということも自覚はしているつもりだが、言葉で表現してもらえないとどうしようもなく不安になるのだった。
好きだという気持ちを安易に口にしないのは、本当は自分のことなどもうどうとも思っていなくて、ずるずると関係を引きずっているだけなのではないか。と。

だからNo nameは意を決して土方に尋ねることにしたのだ。


─本当に私のことが好きですか?

*

No nameがそんなことを考えながら、なおも目の前の報告書に向かっていると、すぐ隣りに誰かが立つ気配を感じた。
No nameが気配のした方へ振り向くと、土方がNo nameの顔を覗き込むようにして立っていた。

「…やっぱお前、今日ちょっと様子が変だな」

「…え」

「さっきから妙に上の空だし、報告書も進んでねェ」

「……あ」

「何かあったのか?」

そう問いかける土方の声はなぜだかいつになく優しく聞こえた。
自分の様子がおかしいことに土方が気づいてくれたことに対する嬉しさが上乗せされたからかもしれなかった。しかしそれと同時に、土方に対する申し訳ない気持ちもわき上がってきた。

「…副長……」

「ん?」

「ごめんなさい…私…」

No nameが謝罪の意を述べると、予想だにしていなかったのか土方はきょとんとした表情を向けた。

「…なんでいきなり謝るんだよ」

「だって…私の心が狭いから…」

「はァ?…何言い出すんだ、いきなり…」

土方にそう言われ、No nameは覚悟を決めて思いのたけを話し始めた。

「…副長が…私のこと本当に好きでいてくれてるのかがずっと不安だったんです」

「…なぜそう思ったんだ?」

「…だって…二人でいる時もそんなに話すわけじゃないし…寧ろ私と居る時よりも他の隊士たちと話してる方がイキイキしているように見えて…それに…副長、あんまり好きって言ってくれないから、私のこと本当に好きなのかが分かんなくて…」

No nameの言葉を聞き、土方は軽く鼻で笑いながら言った。

「…さっきから何か言いたそうにしてたのはそういうことか…。つーかなにくだらねェ心配してんだよ」

「…くだらない?」

No nameは自分の耳を疑った。そして聞き返すようにそう言った。

「くだらねェな」

しかし、土方は言い聞かせるようにぴしゃりと言い放ち、続けてNo nameの瞳を見つめながら諭すようにいった。

「…好き、なんて言葉は軽々しく口に出すもんじゃねェだろ?」

「…え」

「好きだの…愛してるだの、そんなもん毎日毎日聞いてみろ。言う方も聞かされる方も面倒くさくなるだけじゃねェか」

「……」

「…まァ、それはあくまでも俺の考え方だからNo nameに無理やり押し付けるのもおかしな話だけどな」

「…副長…」

No nameがじっと土方の顔を見つめると、土方はふっと笑って続けた。

「…でも、たまには悪くねェよな」

「…え?」

No nameが顔をあげると、土方はNo nameの唇を自分の唇で塞いだ。No nameは突然のことに驚いて身体が固まってしまった。そして、しばらくして顔を離すと悪戯っぽく笑いながら土方は言った。

「…これでもまだ不満か?」



(…なんでいきなりキスッ…!?)
(別にいいんじゃねェか、たまには)
(たまって…!突然すぎて心臓止まるかと思ったんですけど…!)







((2012.12.13))

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