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退は、待ち合わせ時間を少し過ぎた頃に待ち合わせ場所に向かってゆっくりと歩きだした。
相手を待たせていることは分かっているのだが、身体全体が妙に緊張していて思うように足が動かないでいた。
しかし、自分から相手を呼びだした手前、今さら引き返すことはできなかった。


待ち合わせ場所に到着すると、当然のようにNo nameは公園のベンチに座って待っていた。
寒さを紛らわせるように、手と手をこすり合わせながら、時たまゆっくりと息を吐き出すさまが後方から見てもよく分かった。
そんなNo nameを申し訳なく思いながら、退はゆっくりとNo nameの座っているベンチの方へ近づいて行った。
すると、No nameの方も退の足音に気がついたようでゆっくりと退の方へ振り返った。
二人の視線が交わるのと同時に退が先手を切った。

「待たせたみたいだね」

「…みたい、じゃなくて待たせたよ。呼びだしたの退でしょ?なんで遅れてくるのよ…」

「…ごめん、定刻に仕事終わんなくてさ」

苦し紛れに退の口から出た言い訳は、もし上司の土方が隣りで聞いていれば眉をひそめそうなものだった。
もちろん丸っきりの嘘である。
今日もいつも通り定刻に仕事は終了していた。
自分の気持ちとそれに伴う言葉を整理しているうちに時間がぎりぎりまで迫っていた、とうのが正しい理由だった。

退がそんな自分の苦し紛れの言い訳を聞いたNo nameの反応を窺うようにそっと顔を見つめると、No nameは微塵も気にしていないようで「ふぅん、さすが公務員。大変だね」と返してきた。
退はそれに関して返答はせず、代わりにNo nameの座るベンチの空いたスペースを指さして言った。

「…隣り座っていい?」

退がそう尋ねると、No nameは少し自身の座っていたところから左に移動した。
その行動が了承を意味しているのだと思い、退はNo nameの右隣に腰を下ろした。
久々にNo nameの隣りに座ることで、再び退に表現しようのない緊張感が襲ってきた。
そして、全身をめぐる血液のめぐりが急激に加速したような変な感覚に陥った。

「…で?」

退が話し出さないのを待ちかねてか、No nameは退の方へ膝を向け、顔を覗き込むようにして尋ねてきた。

「こんなとこにわざわざ呼び出すんだなんて。何があったの?」

「あれ。俺は何かないとNo nameのこと呼び出しちゃいけないわけ?」

No nameの言葉に、退は思わずそう返していた。言ってから今のはまずかったかな?と思ったがNo nameの表情は変わらなかった。

「…そうは言ってないけど。だって今日久しぶりに会う約束するまでメールとか電話しても音信不通気味だったじゃない」

「……」

No nameにそうつっこまれてしまい、退は黙り込んでしまった。
確かに、No nameの言うとおり割かし頻繁に電話やメールをNo nameの方から寄こしてきていたのだが、退から滅多に返答することはなかった。
というよりも、凝った返答の仕方を考えていると時間があっという間に過ぎており、最終的には返すタイミングを見失っていた。
その繰り返しだった。

そんな退を見かねてか、No nameの方が苦笑気味に言った。

「…なんで黙っちゃうのよ。調子狂うなぁ、もう。新撰組入隊してから性格変わった?」

「…や。そういうわけではないんだけど」

「ってことは…相当重い話でも持ってきたのね?…それなら、退が話したいときに話してくれればよかったのに。電話とかでも相談なら乗れたよ?」

「電話だけじゃ伝わらないこともあると思って。それに今話すって決めたし」

「じゃあ話して?」

「……」

No nameに話の先を促されると、退は反動で黙り込んでしまう。
この先を告げてしまうことを自分の中で拒否しているように感じられた。
それはそうだろう、自分が今の気持ちをNo nameに伝えてしまえば、間違いなく“ただの幼なじみ”という関係から何かしらの変化が生まれるのだから。

やがて、No nameが大きなため息をついた。

「…退」

No nameに名を呼ばれ、俯きかけていた顔をそっとあげ、No nameの方を見ると、No nameは退の顔をまっすぐ捉えていた。
今までの笑顔はすっかり影をひそめて、真剣そのものの表情になっている。

「退が話してくれないと私も答えられない。ずっと黙ったまんまじゃ分かんない。だから話してよ。どんな内容でも一緒に解決策を考えるし…」

一生懸命に言葉を選びながらそう言うNo nameを見て、申し訳ない気持ちと同時に愛おしい気持ちになるのを感じた。
No nameは退が話そうとしていることとはかけ離れた内容を話す想像しているらしい。
退は思わず吹き出していた。

予想外の退の反応は、さすがにNo nameを不快にさせたのかNo nameは少し眉間にしわを寄せて言った。

「どうして笑うのよ。真面目に話聞こうと思って言ったのに」

「…あ、ごめん。あまりに可愛かったんでつい…」

「…え」

No nameの反応を見てから、退は自分の言った言葉を思い出してはっとなった。
そして、慌ててごまかすように言った。

「…あ、いや…別に思ったことをまんま言っただけで…深い意味はないっていうか」

そういうと、今度はNo nameの方が吹き出した。そして、優しい表情を退の方へ向けて言った。

「いいよ、謝んなくて。ちょっとびっくりしたけど退からそう言ってもらえてちょっと嬉しかった」

No nameのその言葉は、退の心の中にあった壁の様なものを取り除くのには十分だった。気がつけば、No nameの腕を掴んでいた。
突然のことに驚いたのか、No nameは大きく目を見開いた。

「…え、何?どうしたの…?」

「No name」

「…何…?」

「答えてほしいんだけど」

「…うん?」


「…俺が今、No nameに好きって言ったら…No nameはなんて答えてくれる?」



(…え)
(いや…なんていうか。もう俺の中じゃ、No nameのことただの幼なじみとは思えなくなってて。…じゃあどういうことなのかって考えたら…No nameのこと好きなんだって思った)
(…退…)
(だから…どうしても言いたかった)
(……)
(…勝手に好きになってごめん)







((2012.11.22))

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