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「おーい、No name。ちょっと…」

No nameは書いていた報告書から顔をあげて声のした方へ振り返ると、そこには何やら意味深な表情をした近藤が手招きをしていた。
近藤のその表情に、No nameはある一つの嫌な予感が頭をかすめた。
しかし、こんなに近くで上司を無視するわけにもいかず、作業を一旦中断させてNo nameは近藤の方へ歩み寄った。

「…なんですか?」

No nameがそう問い返すと、近藤は何も言わずに豪勢な装飾が施された台紙を差し出した。
その台紙を見るなり、No nameは思わず顔をしかめた。
嫌な予感が的中したのだ。

「上からのお達しだよ。今度こそ首、縦に振ってもらえねェかな?」

「お断りします」

No nameは台紙を受け取らず、その台紙をそのまま近藤に突き返した。

「そう言わずに頼むわ。これ以上、上に気分損ねられたらたまったもんじゃねェし…別に今すぐ結婚しろって言ってるわけじゃねェんだし…それにほら、見てみろ。今回はなかなかの男前だって話だ」

「…男前だかなんだか知りませんが、私には関係ありません。お見合いに行く気も、結婚する気もさらさらないので」

「そう言わずに行ってくれるだけでいいんだよ。ほら、俺もとっつぁんも仲介者として付き合うからさァ」

近藤は懇願するようにNo nameにそう言った。No nameはそんな近藤を一瞥して返した。

「じゃあ…その見合いの席で、長官と局長がいる前でその男前をぶん殴ってもいいなら喜んで参加させて頂きますけど」

「ダメだよッ!何言ってんの!」

「じゃあ、契約不成立ですね。このお話はご破算と言うことで」

No nameは一方的に吐き捨てるようにそう言うと、さっさと自分の席に戻ろうと回れ右をしようとした時、後ろから近藤に左腕を掴まれた。
No nameはげんなりした表情を近藤に向けた。

「…まだ何か?」

「話はまだ終わってないぞ」

「私の中では終わりました、手。放してください」

No nameがそう言うと、近藤はため息をつき諭すように言った。

「…何をそんなに頑なになってんだ?お前もいい加減、いい年だろ?」

「余計なお世話です。っていうか、そっくりその言葉を局長にお返しします。私に結婚相手紹介してる暇あるんだったら、局長こそ上に言っていい人探してもらったらどうなんですか」

「俺はいいんだよ、好きな女性がいるしな」

─何よ、それ……

No nameは声には出さなかったが、思わず眉間にしわを寄せていた。
しかし、近藤はと言えばそんなNo nameの様子に気がついてないようで、続けて言った。

「じゃあ聞くが、No nameは恋人とかいるのか?」

「…いません」

No nameは返答に窮した。
頭の中にある人物の顔が一瞬浮かんだが、それを否定するかのようにすぐに消し去った。

「じゃあ拒む理由はないだろ?今回だけでいいから頼むわ、この通り」

近藤は懇願するように大げさにNo nameの前で手刀を切る。
No nameがなんと言って断ろうか迷っていると部屋の扉が唐突に開き、土方十四郎が入ってきた。

「なんの騒ぎだ?」

その声にNo nameは思わず背筋をぴんっと伸ばし、声のした方へ振り返った。
ついさっきNo nameが自分の頭の中で思い浮かべた人物が目の前にいたからだ。

「おぉ!トシか!」

「…近藤さん。それにNo name…何やってんだ?二人して…」

そう言うと、土方は近藤がNo nameの手を掴んでいるのを見るなり、ため息をついて言った。

「あァ…密会中だったか。…邪魔したな」

No nameはぎょっとして土方を見て言った。

「…何勘違いしてんですか!副長っ!違いますっ!断じてそういうのじゃないですからっ!」

No nameが慌てたようにそう言うと、土方は出ていこうと横に引いた扉を持つ手を止め、振り返った。

「じゃあ何してたんだ?二人で…」

「見合いだよ、見合い」

土方の問いに近藤が答えると、土方は普段の彼らしからぬ素っ頓狂な叫び声をあげた。

「見合いィ!?誰の?」

「だから、No nameの」

「…なんだ、No nameか…俺ァてっきり近藤さんかと…」

「俺はお妙さんがいるから不要よ」

少し照れたようにそう言う近藤を見つめながら、No nameはイライラを募らせていると、土方がNo nameの方へ向き直って尋ねた。

「…で?No nameはその話受けんのか?」

「受けるわけないですよ!だからこうして拒絶してるのに…!局長が無理やり…」

No nameはいい加減いらついていたので、喚くようにそう言った。

「だから…俺だけじゃなくて上もそう言ってるんだって!一回だけでいいから、ほんと。No name、頼むって!」

「お断りします!もしその一回でうまいこと話まとめられて…結婚なんてことになったら…もう最悪じゃないですか」

「あー!もうじゃあどうやったら来てくれる?」

「どうもしなくても、私の気持ちはノーから揺らぐことはありません」

半ば口げんかのような状態になってきた近藤とNo nameの言い合いを見かねてか、土方がため息をつき、二人の間に割り込んだ。

「とりあえず落ち着け、二人とも」

そう言いながら、土方は近藤が掴んでいるNo nameの右腕を離し、土方自身がNo nameの腕を掴んでNo nameを庇う体制をとった。

「近藤さんの気持ちも分かるが…結婚なんてもんは自分のタイミングで決めさせてやるのが一番なんじゃねェの?」

No nameは土方のその発言にはっとして眼前の大きな背中を見上げた。
No nameにはその大きな背中がいつも以上にとても頼もしく見えた。

「…あんただっていつかみたく勝手に結婚させられそうになっちゃたまんねェだろ?」

「…そりゃそうなんだが」

「それにこいつのこの性格じゃ…たとえ見合いはうまくいっても、その後はうまく続かねェさ」

「…副長、それどういう意味ですか」

「そういう意味だ」

No nameは一瞬でも土方にときめいたことを後悔した。

「どーせ上が持ってきた見合いの話なんだろ?…となると、どっかのボンボンの可能性が高い。そんなおぼっちゃまじゃこの女は釣り合わねェさ」

尚もそう言ってけなし続ける土方に、No nameはイラつき、強引に腕を振りほどこうとするが、それよりも強い力で掴まれており離すことができなかった。

「……!」

No nameが驚いて土方を見上げると、土方も少しだけNo nameの方へ首を回して言った。

「怒んな」

「…え?」

「…別にお前という女を否定してるわけじゃねェよ」

今までの言い方とは打って変わり、途端に優しくそう言った土方にNo nameはドキッとした。
そう言うと土方は近藤の方へ向き直り、続けた。

「…この女は俺たちみたいな野蛮な連中と付き合うくらいがちょうどいいとは思わねェか?」

土方のその言葉に折れたのか、近藤はやがて小さくため息をついて言った。

「お前にそこまで言われたんじゃ、これ以上勧めるわけにはいかねェよなァ、トシ?」

「あァ、そういうわけだからとっつぁんには断っておいてくれよ」

そう言うと土方はやっと自身の腕からNo nameを解放した。No nameの右腕には土方に掴まれていた感触が少し残っていた。
No nameは眼前の土方をぼーっと見つめていると、近藤がしみじみと言った。

「しっかしまァ…お前らそういう関係なら最初からそう言えよ。トシと付き合ってんの分かってりゃ、俺もしつこくNo nameに見合いの話なんて持って来たりしなかったっつーのに」

近藤の発言でNo nameは我に返り、慌てて首を横に振る。

「違いますっ!局長!私…副長と別にそういう関係じゃ…」

「あれ?違うのか?」

「そうです!ほんっと!なんでもないただの上司と部下で…!」

─冷やかされるのが、この上ないくらい恥ずかしかった。少なくとも自分にとっては単なる少し気になる上司なだけで、土方は自分のことなどどうも思ってはいない。
No nameが全力でそう否定すると、「なんでもねェは言いすぎなんじゃねェの」と土方が横から口を挟んだ。
No nameははっと我に返り、眼前の土方を見上げると、土方はいつも以上に険しい表情をして立っていた。

「…あ」

No nameは何か言い返そうとしたが言葉が思い浮かばなかった。土方もNo nameが何か言おうとするのを待っているのか黙ったままでいる。二人の間に気まずい空気が流れた。
そんな二人の気まずい空気を察知したのか、近藤が逃げるように部屋から退散する。
やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、土方も部屋から退散しようと回れ右する姿勢を取った。
No nameは慌てて土方の腕を掴んだ。

言葉で表すよりも先に手が出ていた。
引き止めてしまった手前、何かを言わなくてはならないのに言葉が出てこない。

土方はそんなNo nameを不審そうな顔で見下ろしていたが、No nameの異変に気がつき、はっとした表情をした。
No nameの頬に涙がつたっていたのだ。

「………!」


No nameは自分でもなぜ急に涙が出てきたのかが分からなかった。
しかし止めようにも、涙は次から次へと溢れ出てきて止まることはなかった。

「…なんで泣くんだよ。…今泣かれたら明らかに俺が悪いみたくなるだろーが」

「ふ、副長の…せいですっ…」

「は?なんで?」

「…だって…自分でも自分の気持ちが分かんなくて困ってるのに…!局長に話ふられて…私のこと、けなしたと思ったら庇って…私は副長とそういう関係だって思われるだけで恥ずかしいのに…なんでもないって言ってくれれば安心できるのに…っ」

「…じゃあ諦めるんだな」

No nameの口から溢れ出るように出た言葉を聞き、土方はため息交じりにそう返した。

「俺はつきたくもねェ嘘はつかねェ主義なんだよ。…好きな女目の前にしてなんでもねェなんて言えるか」

「…え…?」

No nameが涙で潤んだ瞳で土方を見上げると、土方はNo nameから視線をそらし、照れを隠すように怒って続けた。

「だいたい…!なんで受けたくもない見合いの話なんて聞くんだよ!引き受ける気がないなら最初から断れっ!聞いてるこっちの気持ちも考えろっつーんだ!」

「そんな勝手な…っ!っていうか断ってましたよっ!ずっと!なのに局長が懲りずに何回も何回も話を持ってくるからっ!」

止まりかけた涙が再び溢れ出した。

「…でもその度にどうしてだか…副長の顔が頭に浮かんで……どうしても消えなくて…っ!…だから自分の気持ちが分かんなくてっ…だから…」

No nameの言葉に土方は何も言わずに見つめている。

「…好きだなんて言わないでくださいっ!…そんなこと言われたら自分も副長のこと好きだって認めなきゃいけないじゃないですかっ」

No nameは自分が口にした言葉で、ようやく自分の気持ちに気がついた。

─あぁ…そうか。何かある度にいつも副長の顔が浮かんでいたのは…私が副長に恋をしてたからなんだ……

一方で、土方はと言えばふっと笑ってNo nameの腕を引き、自分の胸元に押し付けた。

「あァ…なら…意地でも認めさせてやるから覚悟してろ」



(…つーわけで、今後No nameへの見合い話は勘弁してもらえねェかな…とっつぁん)
(あー…畜生。せっかくあいつをいいとこに嫁がせて政略しようとしてた俺の計画が丸潰れじゃねェか)
(まァーそう言うなってェ。相手がトシじゃどうしようもねェんだよ)






((2012.11.08))

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