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「はーい。んじゃー明日からの新しい席順、ここに貼っとくからー明日の朝のホームルームまでに各自確認ー移動しとくようにー」

銀八先生はそう言ってホームルームを締めくくり、教室を後にした。

しかし高校三年生にもなると、たかが席替えにテンションのあがる生徒はほぼいないようで皆も適当に返答しながら、次々に教室を後にする。
結局、最後まで教室に残ったのはNo nameだった。
No nameは身支度を整えてから、黒板に掲示された席替え表を見に、教壇に歩み寄った。
別に期待はしていなかったが、やはり席替えというのは独特のドキドキ感がある。
No nameは淡い期待を抱いて、掲示された席替え表に目を移した。

「……」

そこに掲示された新たな席順を見て、No nameは目を見開いた。

「…嘘…」

何の取り柄も、特別目立つわけでもない私がなんの違和感もなくあなたに近づける、夢にまでみたシチュエーション。

No nameは大きく息をはいて、自身の胸に手を当てた。
落ち着いているつもりなのだが、そんな気持ちとは裏腹に胸の鼓動は信じられないほど速くなっていた。
夢じゃないことを確かめるように、No nameは何度も席替え表を見つめるが、それが書き換えられることはなかった。
そして、その度に、自分の名前と好きな人の名前が隣り合わせに並んでいるという事実にどうしようもなく幸せな気持ちになった。

No nameは首を振った。

─席や名前だけじゃなくて、いつか本当に隣に立つことが一番の夢なんだから、これだけで満足しちゃだめ。
これを機に絶対に距離を縮めるんだから。

そんなことを考えながら、No nameは教室を後にした。

*

「…あー…よく寝たぜィ」

チャイムが鳴り、先生が教室を後にすると、それを待ち構えていたかのようにNo nameの隣の席で沖田総悟が目を覚まし、大きな欠伸をひとつしてそう言った。
あの日の翌日からまた数日が経過しているというのに、未だにNo nameは沖田の声に慣れなかった。


新しい席順が発表されたあの日以来、No nameはなんとかして沖田との距離を縮めようとしていたが、思いと行動はそう簡単には伴わないもので、縮めるどころか話しかけようにも緊張ばかりが先走り、振り向くことすらままならない状態であった。

さらに、沖田に少しでも変なところを見られないように全身に気を配ることで精いっぱいだった。

─髪の毛はねてないかな…
─ノートの字汚くないかな…

そんなことを考えれば考えるほどいろんなところに意識がいってしまい、結局、授業中のほんの小さな隙を見て沖田を見つめることしかできなかった。

No nameはそんな自分に嫌気がさしながらも平静を装いつつ板書に励んでいた。
すると、突然コツコツという音がした。
No nameが音のした方へ振り向くと、細くて長い指で机の端をつつく音だった。
指から顔へ視線を移すと、沖田が右手で頬杖をつきながらこちらを見つめていた。

「…聞いてやすかィ?」

「…えっ!?」

No nameは驚いて、思わず身体が固まってしまった。まさか、沖田の方から話しかけてくるとは思わなかったのだ。

「…さっきから呼びかけてたんですけど、聞こえてやせんでしたか?」

「…あ、ごめんなさい。…板書に集中してたから…」

No nameはまた自分自身が嫌になった。
せっかく沖田から話しかけられているというのに、声が震えている。

「……」

沖田は何も言わず、No nameをじっと見つめ、小さく息を吐き頬杖を解いて言った。

「…俺、さっきの授業全部寝てたんでィ、板書全くしてねェんでさァ。だからあんたのソレ、今日一日貸してくれやせんかねェ」

そう言いながら、沖田はNo nameの机の端をつついていた人差し指を、ノートの方へずらした。

「私のノート…?」

「お願いしまさァ」

「…私のノートでよかったらどうぞ…」

懇願する沖田にNo nameは断る理由は何もなかった。それを聞いた沖田は眠そうな表情が一変し、普段の愛くるしい表情に変わった。
そのギャップにNo nameはまたドキドキし始める。

「ありがとうございやす。明日には返すんでィ」

「う、うん…!あ、でも私…字汚いから…読めるか分かんないよ…?それにメモ書きみたいなのも多いし…」

「…あァ。そんなん気にしねェんで大丈夫でさァ。…それにあんたの字が汚ねェなんて一度も思ったことありやせんよ?」

「…え?」

沖田のその言葉を聞いて、No nameは思わず沖田の方を凝視してしまった。
すると、沖田は付け加えるように続けて言った。

「たまにあんたの方を見るとねェ、いっつもバカみたいに綺麗な字ィ書いてるから感心してるんでさァ」

「…バカみたいって…それ…褒めてないような…」

「褒めてやすぜィ。…これが俺なりの褒め言葉ってやつなんでィ」

「…そうなの?」

「そうでさァ。…ま、そういうわけでこれ借りやすから」

そう言うと、総悟はNo nameの机から強引にノートを取り上げ、自分の机の上に置き、いつもつるんでいる土方や近藤の方へ行ってしまった。
歩いていく沖田の背中を見つめながら、No nameは初めて沖田と会話できたことに対するささやかな幸せを噛みしめていた。

*

翌日、ホームルームが始まるまでNo nameは自分の机で読書をしながら過ごしていると、突然頭を軽くはたかれた。
No nameが驚いて振り返ると、今しがた登校してきたばかりの沖田が隣りに立っていた。

「約束通り、これ返しやすねィ」

「あ…うん」

また、総悟から話しかけてきたことでNo nameはまた急に緊張してきた。
続きを何か話さなければと迷っていると、総悟が先手を打った。

「ってかねェ…昨日、写してて思ったんですけど、やっぱりNo nameって字ィ綺麗だと思いやすよ」

「…そうかな…?」

No nameは素直にそうリアクションしたが、しばらくして妙な違和感を覚えぎょっとしながら沖田の方を見つめた。

「って…どうして…私の名前…っていうか、呼び捨て…」

No nameが慌てたようにそう言うと、沖田は苦笑しながら言った。

「どうしてって、思いっきり表紙に名前書いてあるじゃねェですかィ」

「…あ」

「…それと、呼び捨ての件ですけどねェ…今更、苗字で呼び捨てっつーのもアレなんで、名前を呼び捨てたまででさァ」

「……」

「…あァ、でも…俺に呼び捨てされるのが気に食わねェなら苗字に変えてやりやすけど?」

沖田は、No nameの瞳をじっと見つめてそう言った。

「気に食わないなんて…そんな…!急だから、びっくりしただけで…」

「ならいいんですけどねィ。…ま、そんなんどっちでもいいんでさァ。とりあえず、助かりやしたよ。っつーわけで、俺がまた寝てたら助けてくだせェ」

「う…うん!」

そう言うと、総悟はまたカバンを置き、そそくさと土方と近藤の元へ言ってしまった。

“また”

そんな小さな言葉でまたNo nameは幸せな気持ちになった。

─だって、次も期待していいんだよね…?


そうこうしていると、授業開始の時間になった。

No nameは、また沖田に“ノート貸して”なんて言われるかもしれなと思うことで、妙な気合いが入った。
そんな自分に内心で苦笑する。

─単純だなぁ、私も…

そんなことを考えながら、ノートを開けるとNo nameは微妙な変化に気付いた。

─あれ…?
こんなの挟んだっけ…?

No nameが不思議に思いながら紙を開け、内容に目を通すと、鼓動が一気に速まった。


“ノートのお礼に何かおごるんでィ、放課後教室で待っててくだせェ”


─嘘。

No nameは自分の身に何が起こったのか分からなかった。そしてまた夢じゃないかと、思わず自分の頬を自分で引っ張ったが、痛みは確かに感じた。
とっさのことで、どう反応していいのか分からず思わず沖田の方を見てしまう。
しかし、案の定沖田は寝ていてその返事を聞くことはできなかった。

─ど、どうしよう…
No nameは妙に緊張してしまい、手にも汗をかいていた。

結局、No nameはその時間の授業に終始集中できず、本当に今起こったことが現実なのかどうかということばかりを考えていた。
授業が終わると、それを待っていたかのように沖田が起きだし、No nameの名を呼んだ。

「No name」

「…な、何?」

「さっき言うの忘れてたんですがねェ…手紙挟んだの忘れてたんでさァ。…気ィつきやしたか?」

沖田のその問いで先ほどのことが現実だということをNo nameは改めて知らされる。

「あ、うん…さっきの授業中気づいて…」

「んじゃーちょうどいいですねィ。…今日の放課後空いてやすかィ?」

「う、うん…も、もちろん…!」

「んじゃーそういうわけでィ、待っててくだせェ」

「…うん」

「んじゃー放課後」


─夢じゃなかった。
そんなことが分かってもNo nameはまだ夢心地だった。
本当にこんな日が来るとは思わなかった。
でも焦ることはない。これがチャンスなんだったら、最良の形になれるように努力をすればいいんだから。

No nameは大きく膝の上でこぶしを握り、大きく息を吸い込んで答えた。


「うん!あとでね…っ!」



(んじゃ、どこ行きやすかィ)
(…あ、決めてなかった…)
(…それじゃー適当にその辺歩いて決めやすかィ)
(あ、ごめんなさい…)
(いいでさァ。…たまには女連れてぶらぶら歩くっていうのも悪くねェ)






((2012.11.01))

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