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「修学旅行ってやっぱり、普段とは雰囲気全く違うじゃない?…だから何か起こったりするんじゃないかって期待しちゃうのよね」
…そう話すのは、No nameの隣に座っている志村妙である。何がそんなに嬉しいのか景色を見ていたかと思えば、突然キラキラした表情をNo nameの方に向けてきた。
「ないないない!ないってーそれは!っていうか行くのこのメンバーだよ?これで何か起こったら奇跡だよ」
No nameは大きくかぶりを振ってお妙の話に応戦し、あたりを見渡した。当たり前だが、見慣れた連中が周りの席を固めている。
「あらー、分かんないわよ?周りの連中はなくったって、No name自身に何かが起こるかもしれないじゃない」
そういうと、お妙はNo nameの鼻を人差し指で軽く押した。
「えっ、私?」
「そうよー何か起こるかもしれない…またはその行動を起こしそうな役者は揃ってるじゃない」
「…何それ…意味分かんないんだけど」
「分かんなくはないでしょー?ほら」
今度は身体をひねり、後ろの方に座っている銀髪で天然パーマの男を指差した。
「あれがいるじゃない」
「…ってそれ…銀さんのこと…?っていうか…あれ扱いですか…」
「最近みんな噂してんだからー!あなたたち二人の間に何かあるんじゃないかって」
お妙にそう言われ、No nameは「…何かって言われても…ただ幼馴染なだけで…それ以上でも以下でもないし…」などと呟きながら、無意識のうちに銀時の方へ振り返っていた。そんなNo nameの視線に気がついたのか、うつむいていた銀時が顔をあげ、一瞬視線が交わった。
No nameは突然のことに思わず自分から視線をそらしてしまった。
「…ないないない!やっぱり何もないっ」
「…なーんだ、つまんない」
本当につまらなく思ったのか、お妙は口を真一文字に閉じて再び窓の向こうにある景色を眺め始めた。
「……」
No nameは内心で大きくため息をついていた。
お妙に気づかれないように再び後方の銀時を盗み見ると、銀時も眠っているのか頭を下げていた。
*
修学旅行とは、旅行とは言いながらもそのほとんどが教師たちが綿密に練った計画なわけで、文字通り自由時間以外の時間にほとんど隙はなかった。そういうわけで、勿論お妙が言ったようなロマンスが起こることはなかった。
…いや、起きているのかもしれないのだが、少なくともNo nameの目の届く範囲でそれはなかった。
そして時間はあっという間に過ぎ去り、最終日の夜となった。
これまでの日と同じように、宿泊先の旅館での大浴場から出てきた帰りに何気なく部屋に戻ろうと歩いていると、それを待ち受けていたかのようにロビーの壁にもたれかかっている銀時がいた。
なんと声をかけていいのかも分からなかったのでそのまま前を通り過ぎようとすると、銀時が声をかけてきた。
「…何シカトしようとしてんだよ、お前は」
「…え」
「…こんな分かりやすい位置で待ち構えてるの見たら普通声掛けるだろーが」
「…いや、だって…その要件の相手が私じゃないかもしれないじゃない」
「わざわざ待ち伏せて声掛ける女なんざ、No nameしかいねェよ」
その言葉を銀時はどういうつもりで言ったのかは分からなかったが、No nameは妙に意識してドキドキし始めた。
「…私に何の用事?」
「…あァ…それな…」
そういうと銀時は大きく息を吐いて続けて言った。
「…この近くになんとかっつー夜景がキレーに見える穴場があるらしいから、今から行こうと思ってな」
「へぇ!いいね。行ってらっしゃい」
「…じゃねェよ!バカか…お前は」
「…え、なんで…?」
「わざわざここまで来てNo nameに出かける報告をしなきゃならねェんだ!違ェよ!」
「…じゃあ何?」
「お前を誘いに来たんだよ!それくらい分かれ!」
その言葉にNo nameは自身の鼓動が急にとび跳ねたような感覚に襲われた。
「…な…んで?」
「なんでって…そりゃ、No nameと行きたくなったからに決まってるだろ?他に理由ないよね?」
そういうと銀時はNo nameの額を小突いてくる。
「…でも…」
No nameが渋っていると、銀時は大きく溜息をついて言った。
「分かった、分かった!」
「…え?」
なだめるようにそう言う銀時の顔をNo nameは見上げた。
「…どうせお前のことだから、先生がどうとか…消灯時間がどうとか考えてんだろ?」
「……」
「いーよ、別に。んじゃ、みんなが寝静まったの見計らって出てこいよ…待っててやるから」
「……え!?」
「あーそういや、場所だったなァ……場所はっと…ここな」
銀時は独り言のようにそう呟いて持っていた地図のある一点を指差した。No nameが見たのを確認すると、銀時は地図をたたみ、ポケットの中にしまい込んだ。
「んじゃー…また後でな。…待ってるから、No nameが来てくれるまで」
最後の方は周りに聞こえないように囁きながらそう言うと、銀時は一方的にひらひらと手を振り、その場から踵を返して立ち去って行った。
「……」
歩いていく銀時の背中を見つめながら、No nameは未だにドキドキしている自分の胸を抑えた。
*
部屋に戻ると、あからさまに不機嫌そうな顔をしたお妙がいた。
「…あれ…?どうしたのお妙…」
「どうしたもこうしたもないわよっ!あんたがお風呂行ってる間大変だったんだから!」
「…って何かあったの…?」
「猿飛さんが余計なことしてくれたおかげで…出入り禁止よ!出入り禁止!」
「…って…え?」
No nameがわけもわからずあたふたしていると、同じく同室に泊っている柳生九兵衛が事情を端的に説明した。
「…どうやら、修学旅行の思い出作りという名目で先ほど銀時が泊ってる部屋に忍び込んだらしいんだ」
「…え!?」
「でも結局、お目当ての銀時はいなかったらしくて失敗。挙句、同室に泊ってたメンバーに見つかって吊るし上げられ、さっきまで説教だったらしい…」
「…それで?お妙の言う…出入り禁止っていうのは…?」
「あぁ…そういうことをしでかす女子が他にもいないように今夜は夜通し先生が女子部屋の周りに監視を立てるんだそうだ。ちなみに、これによって男子部屋どころか女子部屋同士での部屋の行き来も禁止になった。…お妙ちゃんの言う出入り禁止はそういうことだ」
「…そりゃ大変だ…」
「なんであの女のせいでこっちまで被害を被らないといけないわけ!?あーむしゃくしゃするッ」
尚も怒りのぶつけどころに迷っているお妙を横目にNo nameは溜息をついていると、No nameの脳裏にふいに銀時の顔が浮かんできた。
「…あ」
「ん?どうした?No nameちゃん」
「…あ、えっと…その出入り禁止の話だけど…男子も勿論そうなってるんだよね…?」
「…そうなんじゃないか?…っていうかなんでそんなこと聞くんだ?」
No nameの疑問に九兵衛は眉をひそめてそう答えた。No nameが返答しようとすると、それを聞いていたお妙がキッとNo nameを睨みつけてきた。
「…まさか…あんたまで男子部屋に忍び込もうなんて…バカなこと考えてないわよね…?No name…?」
「な…!何言ってんのよっ!んなわけないじゃない!」
「…そう。それならいいんだけど…そんなこと言いだしたら…いくらNo nameでも殺ってしまうかもしれないわ」
「…あ、は…は…」
─そういう事情があるんなら、銀さんだって…出て行けないよね…?
こぶしに精いっぱいの力を込めて脅してくるお妙に乾いた笑いを返しながら、No nameは内心でそんなことを考えていた。
*
翌朝、No nameはけたたましい叫び声で起こされた。眠い目をこすって渋々目をあけると、目の前にはお妙がいた。
「…おはよ…どーしたの?いったい…」
「どうしたもこうしたもないわよ!銀さん!いなくなっちゃったんだって!」
予想外の言葉にNo nameの眠気は一気に吹っ飛んだ。
「それ…どういうこと!?」
「詳しいことは分からないんだけどね…同室に泊ってる沖田くんたちがそう言ってたらしいわよ」
お妙のその言葉を聞き終わらないうちに、No nameは慌ててカーディガンを手に取り、そのポケットの中にホテル周辺の地図を放り込んだ。
「って…No name!?どこ行くの…!?」
「連れて帰ってくるから!銀さん!…心配しないで!先生たちにはうまく言い訳しといてね!」
そう言い捨ててNo nameは部屋を飛び出した。
─まさか…そんなこと…
No nameは地図に目を落とし、銀時が昨日指し示した場所へ向かった。
─でも…銀さんが…昨日あのままその場所へ向かっていて…昨日の一件を知らないとすれば…
…いや、そうとしか考えられなかった。
でなければ銀時が部屋にいない理由を説明できない。
“待ってるから、No nameが来てくれるまで”
確かに銀時はそう言った。
そんなことを約束するような男ではないのはNo name自身、よく分かっていた。けれど、それ以上に自分が言ったことをやすやすと曲げるような男でもないということも知っていた。
着いてみると、その場所は確かにあたりを鬱蒼とした樹木に囲まれており、確かに穴場というのに相応しい場所とも言えた。
No nameは荒くなった自身の呼吸を整えながら銀時を探すようにあちこちに視線を向けていると、やがて見覚えのある髪型が視界に入った。
「…銀…さん…?」
No nameが消えそうな声で問いかけると、見るからに不機嫌そうな顔をした銀時が振り返った。
「…遅い」
「遅い…じゃないわよ…まさか…ここで一晩中ずっと待ってたなんて…言わないよね…?」
「…待ってたよ?昨日、そう言ったしな。…まァ朝になっちまったから目当てのもんはもう見れねェけど」
そういいながら、銀時はNo nameにこっちへ来るように手招きをし、自分の隣へ座るように促した。
No nameが恐る恐る銀時の左隣に腰を下ろすと、No nameの右肩に銀時の頭が倒れ掛かってきた。
「…え…!?ちょっと…」
「眠いんだよ。…誰かさんをずっと待ってたおかげで…肩くらい貸してくれってェの」
そう言うと銀時はNo nameの肩に頭を乗せて目を閉じた。
「…私が来ないかもってことは考えなかったの…?」
「No nameが俺のこと放っとくわけないからなァ。…その可能性は考えなかった」
「…どうして…そう思ったの?」
そう尋ねるNo nameの心臓の鼓動はいつの間にか自分でも驚くくらい早くなっていた。
「そりゃ…お前…。俺がNo nameのこと放っておけない理由と同じだからよ」
「……」
No nameが銀時のその言葉になんと答えていいのか分からずに黙りこんでいると、銀時が突然ふきだした。
「…え?」
「…すげェな。お前の心臓の音、ここまで伝わってきてんぞ?…今更そんなに緊張することかよ…恋愛経験ない証拠だな?」
「…怒るよ?」
「あーハイハイ。照れなくていいから」
「あーっ!もうっ!」
「俺に勝とうなんざ、数十年早ェよ」
「…バカヤロー」
「…そりゃこっちのセリフだよ。…で?結局なんでこんなに来るの遅かったわけ?」
ふと思い出したようにそう尋ねた銀時にNo nameは昨日の一連の流れを説明した。
聞き終えた銀時の顔がまた見る見るうちに険しくなっていった。
「…またかよ、あのストーカー女…」
「みたいだね」
「…そりゃしょーがねェか。…ある意味で部屋にいねェで助かったってことか…」
「あ!そうだ!それで今朝になって銀さんがいないって大騒ぎになってて…!だから早く帰んないと…!」
慌てて立ち上がろうとするNo nameの右腕を銀時は軽く引っ張った。
「…待て」
「え?」
「…もうちょいこのまま」
「…なんで…?」
「…どうせ宿舎に帰ったら、先生に説教喰らわされたり、あのストーカー女に追いかけまわされたりでお前の側に行けねェから」
「…だから…?」
「今はNo nameの近くにいたいんだよ」
No nameは大きく目を見開き、冷静につっこんでみせた。
「…らしくないよ、銀さん」
「相手がNo nameだからだよなァ、多分」
「…ちょっとだけだからね…?」
(…てわけでこういうことがあったんだけど…これってお妙の予想は…当たってたことになるのかな…?)
(なるのかな…じゃないわよ。人に散々迷惑かけといて!自分だけロマンスしてんじゃないわよ!ふざけないでくれる?)
(いや…あの…なんていうか…それは、つい…場の勢い…?でそうなった感じ…?っていうか私もこんなことになるとは思ってなかった…)
(思ってなかった…じゃないわよ!散々、私がフラグ立てておいたじゃない!その通りに事が運ぶなんて…!ベタもいいとこなんですけど!)
((2012.10.25))