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「ぎーんさんっ!」

No nameは自分でも驚くくらいの高く甘い声をして、目の前にある大きくて広い背中に抱きついた。
しかし、そんなNo nameの態度とは裏腹に銀時の方は低く唸るような声をあげた。
表情はと言えば、無表情に近くかろうじて言えば眉間に若干のしわが寄っているくらいである。

「…何?俺今忙しいんだけど」

「忙しいって…ジャンプ読んでるだけじゃないの…」

「だから忙しいっつってんの。…何か用事でもあんのか?」

「うん!やっぱり私銀さんが好きで好きでしょうがないなぁって改めて思ったから伝えとこうと思って!」

No nameがそう言うと銀時の眉間のしわがより一層深く刻まれ、片眉も吊り上っている。

「…またソレかよ。つーか俺、前にも言ったろ?積極的な女は好きじゃねェって」

「でも私は好きだもん」

「No nameが俺のこと好きでも、俺はNo nameのこと好きじゃねェんだって」

相変わらずジャンプに目を落としながら、真剣に話を聞いているのかも分からないような表情をしながら銀時は冷静に言い返した。
No nameはそんな銀時の態度にショックを受けながらも、それを表に出さないように満面の笑みをし、あくまでも明るい声を出して言った。

「わかってるって!銀さんが私のことなんか眼中にないことくらい…でも私が勝手に好きって言うことくらい自由でしょ?」

No nameの返答に銀時はようやくジャンプから顔をあげ少しだけNo nameの方へ視線を向けた。

「……」

銀時が何も言わないので二人の間に妙な空気が流れた。
No nameはそれをごまかすように、ぽんと手を叩き「あーそう言えば、買い忘れあったんだった」と言い、あわててその場を後にした。

「…何なんだ、アイツ…」

部屋を後にしたNo nameの見えない姿を見つめて、銀時は思わずそう呟いていた。
すると、一連の流れを無言で見つめていた新八がため息をつきながら言った。

「何なんだ、じゃないですよ。全く…なんであんなこと言うんですか?」

「あァ?あんなことってなんだよ?」

「だから…俺は好きじゃない、とか…」

「しょーがねェだろ?本心なんだから」

「…だからモテないんですよね、銀さん」

「誰に言われようが知ったこっちゃねェがお前だけには言われたくねェよ、新八」

「あーハイハイ。僕のことはなんて言おうといいですけどね。…でも本当にさっきのは戴けないです」

「…だから、どこが?」

「…別に無理やりNo nameさんを好きになれって言ってるわけじゃないですよ?僕は。…そうじゃなくて、何を発言するにせよ、相手の気持ちを考えて発言するべきだと言ってるんです」

「は?」

「…どうせ銀さんのことだから、No nameさんにはどんな言葉投げかけても平気だとか思ってるんでしょ?」

新八は腕を組んでソファに腰をおろし、続けて言った。

「No nameさん、あぁ見えて結構傷ついてると思いますよ?」

「……」

「…銀さん、いつか言ってませんでしたっけ?笑顔は女の一番の化粧だって。笑顔であぁは言ってても本心はどう思ってるかなんて分かったもんじゃないですよ?」


*


万事屋から逃げるように飛び出してきたNo nameは遠くで聞こえているサイレンの音を耳にしつつ、行くあてもなくぼーっとただまっすぐ歩いていた。

「まーたフラれちゃったか…」

─ま、分かってたんだけどね。私が銀さんに釣り合わないことくらいさ。

心の中で自分で自分を慰めるように言いながら、No nameはそう呟いていた。

銀時の手前では平静を装っていたが、実際言葉としてそれを受け取ると、これ以上辛いことはなかった。
今まで何度となく「好き」だということは伝えてきたが、その度に今回のように跳ね返され何度となく傷ついてきた。
ここまで断られ続けているのだから、素直に諦めればいい話なのだが、それができれば苦労はしない。

No nameがそうその場で考え込んでいると今まで遠くで聞こえていたサイレンの音がだんだんと近づいてきた。

「何のよ…もう。こんなときに…」

いい加減、サイレンの音が耳につき始めたNo nameが音のした方へ振り返ると、パトカーの軍勢が猛スピードで歌舞伎町の大通りを駆け抜けていた。
何かあったのだろうかと、事の成り行きを見守っていると、先頭を走っていたパトカーがNo nameの隣に急停止した。

「えっ!?」

No nameが驚いて思わず首をすくめていると、急停止したパトカーの中から見覚えのある顔がNo nameの顔を覗き込んできた。

「丁度いいときに丁度いい奴と出くわすもんだな…つーか何してんだ?こんなとこで」

「…土方さん…」

新撰組副長の土方十四郎であった。

「…ていうか…それはこっちのセリフですよ。こんな街中、大量のパトカーでブッ飛ばされたら迷惑極まりないんですけど」

「あ?」

「…せっかく人が感傷に浸ってるってときに…」

「仕事なんだよ、我慢しろ」

「おまわりさんは市民の安全を守るのが第一のはずなのにこれじゃあ安心どころか、むしろ騒音で訴えたくなるレベルですよね」

「…お前なァ…女だったらもっと可愛げのある言い方できねェのか?」

「どうして土方さんに可愛げのある物の言い方をしなきゃだめなんですか」

No nameが真顔でそう聞き返すと、土方はあきれたようにため息をついて言った。

「…てめェんとこの主人がそういうものの言い方ばっかりしてっから、そんな口調になるんだよ」

土方の何気ない言葉にNo nameはなぜだか無性にイラついた。しかし、土方の方はと言えば当たり前だが、そんなNo nameの態度に微塵も気づいていないようで続けて言った。

「んで?聞きたいことあるんだが」

「…なんですか」

「さっきこのあたりで桂を見かけたっつータレこみがあったんだが…見てねェか?」

「…知りませんよ。気晴らしに散歩してたのに、それを邪魔する騒音まがいのサイレンぶっ放してるバカな公務員の軍団なら今目の前にいますけど」

No nameが抑揚も付けずにそう言うと、土方の表情が見る見るうちに険しくなっていった。No nameが無言で土方の様子を見下ろしていると、やがて土方は手錠を取り出してNo nameの目の前にちらつかせた。

「…あんまり減らず口叩くとこれでしょっ引くぞ?」

「…なんですか、それ。脅迫?おまわりさんが民間人相手に権力振りかざしていいと思ってるんですか」

No nameがそう言い返すと、土方は軽く舌打ちをしてNo nameの左腕を唐突に掴んだ。

「何するんですか」

「公務執行妨害で逮捕」

「はぁ!?」

そう言うと土方はNo nameの掴んだ左腕にめがけて手錠を振りおろそうとする。
しかし、その寸前で手ぶらになっていた右腕を誰かに掴まれ強引に引っ張りこまれた。

「えっ!?」

No nameの頭上にある大きな影が誰なのかを認知するのに時間はかからなかった。

「悪いねェ…俺んとこの女が迷惑かけたみたいでさァ」


「銀さん…!」

No nameの隣に立つ銀時を見て、土方の表情はより一層険しいものになった。

「なんだお前か……つーか、お前はこの女にどういう教育してんだよ」

「だから、悪いってさっき言ったじゃねェか。こいつ、社会の社の字も理解してないようなガキだから、自分の思うようにいかねェことがあるとすーぐ不機嫌になるんだよ」

銀時の言葉にNo nameは、はっとして銀時の顔を見上げた。しかし、銀時はNo nameの視線を気にすることなく、変わらず土方を見つめて続けた。

「…まァ、だからそういうわけで許してやってくんねェか?」

銀時がそう言うと、土方は再び舌打ちをして手錠を隊服のポケットに忍ばせた。

「おっ、話分かるねェ。さすが天下の新撰組の副長」

「てめェに言われても何も嬉しくねェんだよ」

そう言うと土方は大きく息を吐き「無駄な時間だったよ」と言い残し、そしてパトカーの窓を閉めその場から走り去っていった。

No nameがいまだ掴まれたままの腕を凝視していると、頭上から大きなため息が漏れた。No nameが銀時を見上げると、先ほどの表情からは一変し、険しい表情となっていた。


「なーにが泣いてるだよ、やっぱ女心なんて微塵も分かってねェじゃねェか、あのダメガネ」

「あの…銀さん…?」

銀時の言うことが理解できずにあいまいな表情をすると、銀時は怒ったように続けた。

「てめェも素直に泣いてりゃまだ可愛げがあったのに…心配して迎えに来てみりゃなんでしょっ引かれそうになってんだよ」

銀時の言葉にNo nameはムッとした表情をして見せ、言い返した。

「だって!土方さんが」

「だってじゃねェよ、さっきの流れじゃ明らかにお前が悪いだろ。…俺にフラれたくらいで他人に八つ当たりしてるうちはまだまだだな」

「……」

「そんなんじゃいつまでたっても好きって言ってやんねェぞ」

「…さっき、私のこと好きじゃないって言ったくせに」

「あァ…まぁそれは事実だけど」

No nameは迷いなくそう言った銀時の言葉にまたショックを受けた。しかし、銀時はすぐ付け加えるようにして「…でも」と続けた。

「No nameが考え方改めて、もうちょっと大人びたら…そういうのも考えてやらねェこともないけど?」



(って言えばいいわけか?)
(いいわけかって…やっぱり慰めるつもりでそういうこと言ったのね…?)
(弱気になるなって。誰も可能性がないとは言ってねェから)
(でもゼロに近いんでしょ?)
(…まずはそのネガティブ思考をなんとかするんだな)







((2012.10.18))

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