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恋をすることはとっても素晴らしいことだと誰かが言った。
恋をするのに年齢も立場も何も気にすることはないとも誰かが言った。

だから、気にすることはない。自分の思う道を進めばいい。


「…わかってるよ、わかってるって!そんなこと言われなくてもさぁ!でもそんなのどうにかできたら最初からこんなに苦労なんてしないんだってばっ!」

No nameの悲鳴に近い叫び声がZ組の教室内に広がった。
何事かと教室内にいた生徒がNo nameの方へ白い目を向けた。しかし、No nameは見られていることなどまったく気づいていない…というより気にしていなかった。

「でも、どうにもならない時ってやっぱりあると思うんだよね…そう思うでしょ?お妙…」

「っていうか…叫ぶのは勝手だけど、まず周りに白い目で見られてることに気づきなさい」

「そんなの気にしてない…」

No nameは大きくため息をつき、机に額をぶつけ、うつ伏せた。そんなNo nameを見ていたお妙の方が今度はため息をつき、No nameの机に手をついた。

「…で?何がどうしたのか、一から説明してくれないと、どうもしてあげられないんだけど」

お妙の言葉を聞き、No nameは背筋をぴんっと伸ばしお妙の顔を見上げた。

「聞いてくれるっ!?」

「聞いてくれるって…無理やり聞かせる気満々じゃないの…その態度」

呆れたようにそういうお妙を他所にNo nameが話し始めようとしたその時、教室の扉が開いた。
扉の方へ視線を向けると、そこにはZ組担任の坂田銀八が入ってくるところだった。

お妙が何となしにNo nameの方を見つめると、はっとしたような顔をし、次第に顔が赤く染まりつつあった。
お妙がもう一度銀八の方を見ると、No nameの視線は違いもなく銀八の方へ向けられてた。

「……」

お妙は合点したようにふっと笑い、尚も銀八の方を見つめているNo nameの肩をつつくと、No nameははっとしてお妙の方へ振り返り、ばつの悪そうな顔をした。

「…あ…」

「分かりやすすぎよ」


*


今、自分が周りにどう思われていようが気にはならなかった。
おそらく、道行く大半の人間が今の自分の姿を見て好奇な、あるいは白い視線を向けていることだろう。
その証拠に汚いものを見るような目で卑下する言葉ばかりが耳に届いてくる。
しかし、No nameにとって本当にそれどころではなかった。
今目の前に突きつけられている現実がとても自分に起こったこととは思えなかった。

悔しくて悔しくて…だけど、その悔しさをどこにぶつけていいのかが分からずにただしゃがみこんでいた。

─ここで、ずっとこうしていようか…

そんな思いすら頭の中によぎった。
少なくとも、今の自分にはここから立ち上がる気力すら残されていない。

「……」

No nameがそうして何も発言せず、じっとその場にしゃがみこんでいると、頭の上で声がした。

「こんなとこでうずくまってると変質者と間違われるぞ」

No nameは当初、その言葉が自分に向けられているとは思わなかったので、そのまま黙っていると、発言した主は少し怒ったように続け、No nameの肩を掴んだ。

「え…っ!?」

「無視してんじゃねェよ。コノヤロー」

No nameはそこでようやく、その言葉が自分に向けられているものだということを理解した。そして、同時に目の前にいる男を見上げた。その男は、銀色の天然パーマで白衣の下に薄い緑色のシャツを着ていた。

「なっ…何なんですか!あなた…いきなりっ」

「何って……道端でしゃがみこんでる女見つけたら、普通何かあったんじゃねェかと思うだろ?…って…」

「……?」

「…泣いてんのか?」

「え…」

目の前にいる初対面の男に指摘され、No nameは初めて自分が泣いていることに気がついた。
指で目頭を擦ると、確かに指は濡れていた。

「……」

「…泣くんだったら家帰ってから泣け。こんなところで泣いたって、どうせまともな解決策なんて見当らねェんだから」

男のその言葉にNo nameは思わず、叫んでいた。

「嫌っ!家になんて帰りたくない…っ!」

予想だにしていなかったNo nameの声のボリュームにその男は一瞬たじろいだ。しかし、すぐに冷静さを取り戻して聞き返した。

「なんで?」

「…人生の挫折を味わったばかりだから…です」

No nameがそういうと、その男の表情が見る見るうちに険しくなった。

「人生の挫折だァ?…俺より生きてる年数少ねェくせに何言ってんだ。そんなこと言う奴に限って大したことじゃねェんだよ」

「大したことですよっ!…絶対成功すると思ってた高校入試で失敗しちゃったんですから…」

No nameは自分で言ってまたショックを受けた。そして同時に自分の目の前にいる男に、この苦しみが分かるわけないと勝手に決め付けた。

「…その言い方だと、全落ちしたのか。…そりゃ辛ェわなァ」

馬鹿にされると思い込んでいたため、意外にも慰めの言葉をかけてきたその男にNo nameは少し驚いた。
そして、付け加えるように続けた。

「…あ、いえ…全落ちしたわけじゃないんです…」

「あ?」

「一つだけ…合格したところはあるんです」

その言葉に、目の前の男は驚いたように片眉を吊り上げた。

「なんだァ?受かってんだったらそんな悲観することもねェだろ?」

「…でも、その高校…あんまり評判よくないって聞いてて…」

「どこの高校?」

「…銀魂高校ってとこです…」

No nameがそういうと、その男は目を大きく見開いた。しかし、平静を装うように続けて言った。

「…へェ…あの高校…」

「…前に学校見学行ったんですけど…なんか騒々しくて…どうしてもその高校で高校生やってる姿が想像できなくて…」

「見た目だけじゃ分かんねェもんさ。…入学したらしたで楽しいこともあるかもしれねェだろ?」

「…そうですけど…」

不満そうな表情をするNo nameに男はため息をつき、銀色の髪の毛を掻きむしりながら言った。

「…たった一つでもそこに受かったっつーことは、何かしらその高校とあんたを結ぶ縁があったってことだよ」

「縁…?」

「あァ…その縁が今では分からなくてもその高校を卒業するころには大切な何かに変わるかもしれねェよ?」

No nameははっとして、目の前の男を見上げた。確かにこの男の言う通りだと思った。
…なぜ、そんなことに今まで気がつかなかったのだろう。

自然と涙も引っ込んでいた。
目の前にいるこの男に話すだけで今まで胸の中にあったつっかえが自然ととれたような気がした。

─その理由はなぜか分からなかったが。


「…っと、その様子だと元気出てきたか?」

そういうと、その男は呆れたような表情から一変し、今度は笑顔を向けた。

「…というより…自信が出てきました…」

「そりゃァよかった。んじゃな」

No nameがそういうと、その男は満足したようにその場から立ち去ろうとNo nameに背を向けた。
No nameはあわててその背中に声をかけた。

「待ってっ!」

「ん?」

「どうして…私に声をかけてくれたんですか?」

「あァ…それは…」

そこまで言うと、その男は再びNo nameの方へ振り返り、大きな右手をNo nameの頭の上に乗せ、数回ぽんっとたたき、言った。

「教師っつー仕事してるとな…お前みたいなガキを見てると、自然と手を差し伸べたくなるんだよ。…だから声をかけたまでだ」

「え…?教師っ…!?」

No nameが驚いて口をあんぐりあけていると、その男はそれには答えず手をひらひらと振った。

「んじゃな。気ィつけて帰れよ、お嬢さん」

そう言うと、その男は再びNo nameに背を向けた。No nameはあわててその背中に声をかけた。

「あの…っ!」

男は足を止めた。
しかし、今度は振り返らなかった。

「…あなたの…名前はっ!?」

No nameがそう尋ねると、その男はゆっくりと振り返り、真剣な表情をこちらに向けて言った。


「坂田銀八。…お前がこの先、高校生やってたらまた会えるかもな」



*

あの日以来、私はずっと彼に恋をしている。

あの日のことを思い出すと、いつもNo nameはぎゅっと胸が締め付けられる思いがする。
銀八先生がNo nameのことを覚えているかどうかは怖くて聞き出せずにいるが。
その答えを聞いてしまうと、もしも銀八が覚えていないと答えた時、どうしようもないショックが自分を襲うことくらい予想ができていたからだ。

でも…それでも構わなかった。
この恋は決して誰にも話すつもりはなかったからだ。

けれど、理想と現実は相対するもので、決して思い通りにはならない。
その証拠に…先ほどほぼ自分の失態のせいで、お妙に銀八先生への気持ちに気付かれてしまった。

「分かりやすすぎよ」

そう言われてしまったので、No nameは問い詰められる前に数年前の出来事を自ら白状した。
すると、お妙は気味が悪いくらいの笑顔をNo nameに向けた。
お妙のその笑顔と言葉を見ているとNo nameの脳裏には嫌な予感しかよぎらなかった。
そして、その嫌な予感はすぐに的中することになった。

放課後、お妙の後をついていくと銀八の前まで引きずって行かれたのである。そして、二言三言お妙が話した後、突然廊下にNo nameだけが取り残されたのだ。


銀八はため息をつき、髪の毛を掻きむしって言った。

「なんだァ?質問なら一人で来いよ。わざわざ志村がついてくる必要あったか?」

「…あ…えっと…」

「ん?」

「えっと…その…」

銀八に見られていると思うと、どこを見つめていいのか、何を話していいのかが分からなくなる。
何かを話そうとするが、焦りと緊張で言葉が何も出てこなかった。

そんなNo nameにしびれを切らしたのか、銀八は大きく息を吐き、No nameの方へ歩み寄ってきた。
No nameは反射的に首をすくめてしまった。

「質問じゃねェな?その様子だと…」

「…え…どうして…?」


銀八の言葉に驚いてNo nameが聞き返すと、銀八は意味ありげな笑いを浮かべて言った。

「…教師っつー仕事をしてるとな…お前みたいな表情してるやつは単なる質問じゃねェことくらいすぐ分かるんだよ」

銀八のその言葉にNo nameは思わず顔を上げていた。

「先生…」

No nameが消えそうな声でそう呟くと、銀八は真剣そうな表情をして言った。

「…忘れるかっつーの」

「えっ」

「…俺のこと誰だと思ってんの?」

「…坂田…銀八…」

No nameが答えると、銀八は満足そうに笑いながら続けた。

「…だから言ったんだよ。お前が高校生やってたらまた会えるって」




(…ま、単なる質問じゃねェことに気付いた理由は他にもあるが)
(…え?)
(…せめて質問つー風に言うんなら手ぶらじゃなくてノートくらい持って来い)
(……あ)









((2012.10.10))

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