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季節は秋。
夏の暑さも影をひそめ、朝夕が涼しくなってきた頃。
学校中の生徒たちが勝利を我がものとせんがために運動場を駆け巡る秋のお祭り…それは──


「よーし、お前らァ!今日から俺が体育祭に向けてみっちり指導してやるから覚悟しろォ」

校庭のど真ん中で、竹刀を片手に体育教師の松平片栗虎が大声を張り上げた。
しかし、そんな片栗虎のテンションとは打って変わり、Z組全体の士気はやや低めだった。そんな雰囲気を感じ取ったのか、片栗虎は眉間にしわを寄せて生徒を見渡した。

「…なんだァ、テメーら?元気ねェじゃねェの」

すると、生徒を代表して真ん中に座っていた近藤がはいっと手を挙げた。

「せんせー!」

「なんだ?近藤」

「俺たち、もう高校三年なんだから練習なんてしなくてもばっちり本番をやりきる自信、ありまーす」

近藤がそう言うと、片栗虎はさらに眉間に濃いしわを刻み、持っていた竹刀を地面に叩きつけて言った。

「バカ野郎!普段暴動ばっかりでまともな運動しねェテメーらみたいなやつらが、ぶっつけ本番で走ったりするから怪我するんだよ!すべこべ言わず言うこと聞け!」

怒鳴るように片栗虎がそう言うと、生徒集団の後ろの方から嘲笑じみた笑いが聞こえてきた。皆がその笑い声の方へ振り返ると、そこには銀魂高校の不良グループを束ねている高杉晋助がいた。

「…何がおかしいんだ、高杉」

「くだらねェ話だぜ。俺には関係ねェ…お前らだけでやってろよ。俺は抜ける」

そう言うと、高杉は片栗虎の返答を待たずにそそくさと集団の中から抜け出した。

「……」

そんな高杉の様子をNo nameは遠くから見つめていると、突然腰元を肘でつつかれた。
No nameが驚いてつつかれた方を見るとそこにはなぜかニヤついている猿飛あやめがいた。あやめがこういう表情をするときは嫌な予感しかしない。

「なっなによ…あやめ…」

「あんたの旦那。また悪ぶり発言してるわよー?止めなくていいの?」

「だっ旦那じゃないわよ!何言ってんのっ!っていうかなんで私が止めないといけないわけっ!?」

「愛おしそうに高杉のこと見つめてたでしょー」

「そ…それは…」

No nameはあやめの指摘に思わず口をつぐんだ。やはり、高杉のことを見つめていたのがバレていたのだ。No nameは必死で平静を装い続けた。

「…ただの幼なじみの腐れ縁でここまで来たから…またバカみたいなこと言ってるなぁと思って見てただけで…」

「あれはそういう視線じゃないと思うけど?」

「違うってっ!本当にっ」

「まぁまぁ!そんな意固地にならなくても…好きなら好きって言えばいいじゃない!私みたいに」

付け加えるようにしてそう言ったあやめの日ごろの行いを想像してNo nameはため息をついた。

「…あやめみたいにストーカーじみたことは死んでもしたくない」

「ちょっとそれどういう意味?」

─そのままの意味……
No nameがそう言い返そうとしたその時、頭を竹刀ではたかれた。ぎょっとして振り返るとそこには相変わらず眉間にしわを寄せた片栗虎が立っていた。

「…あ…先生…」

「いつまでしゃべってんだよ、テメーら。女子は長距離の練習つったの聞こえてなかったのか?」

「げっ…よりによって長距離っ!?先生、私がスプリンターなの知ってますよねっ!?」

「No nameが短距離走者だろうが長距離走者だろうが関係ねェ!すべこべ言わずに走れ!体育祭までもう時間ねェんだから」

「…はーい」

片栗虎に怒られるNo nameをよそに隣りでクスクス笑っているあやめを一睨みし、No nameとあやめは既に走り始めている女子の集団に合流した。

*

「えっ!?私がアンカー!?」

No nameは耳を疑った。
時刻は放課後。体育祭でのリレーの走る順番を決めるために女子だけが教室に残っていた。

「そうよ!あら、いいじゃない。No nameさん足速いんだし。短距離、自信あるんでしょ?」

クラスの女子の中心的存在である志村妙が平然と言った。

「いや…確かに、短距離なら自信はあるけど…それ以前に圧し掛かるプレッシャーの方が…」

No nameが辞退しようと恐る恐るお妙の方を見つめると、胸の前できつく握りしめたこぶしを出し、満面の笑みをNo nameの方へ向けた。
…まるで、反論など許さないと言ったような顔である。

「…あ。はい。喜んでやらせて頂きます」

No nameが細々とそう言うと教室後方からガタッという音がした。反動で皆が音の方へ振り返ると、高杉が教室へ戻ってくるところだった。
皆が口々に「…なんだ、高杉か…」などと呟き、元の方へ振り返った。No nameはじっと高杉が何をしに来たのか見つめていると、高杉は鞄を手にし、教室を出て行こうとする。

─なんだ…荷物取りに来ただけか…

No nameはため息をついて皆と同じように元の方向を見ようとしたその時、何となく振り返ると高杉と目が合った。
しかし、何か言うわけではなく高杉は何も言わずにそのまま教室を後にした。

「……?」

「…というわけでメンバーはこれで決まったわね!じゃあみんな優勝目指して頑張りましょう」

No nameが高杉のことを気にしている間も話は進んでいたようでもう終わろうとしていた。No nameも慌てて会話に加わった。

「あの…お妙さん…」

「何?」

「…万が一…負けたりなんかしたら…」

「あら、全力でやって負けたんなら仕方ないじゃない。誰も責めないわよ。……でも、そうね。このクラスは問題児の巣窟。勉強じゃとてもじゃないけど他のクラスに勝てないわ。となると、他のクラスをぎゃふんと言わせるためにはこの体育祭で優勝するしかないわけだけど…」

─つまり、負けることは許さない、ということだろう。
その証拠にお妙の目は全く笑っていない。

「…あ、ちなみに聞いてみただけです」

「あら、よかった。敗北宣言なんてされたらどうしようかと思ったわ」

尚も薄い笑いを浮かべてそう言うお妙にNo nameは乾いた笑いを返した。

*

体育祭が今週末に控えていることもあり、No nameは放課後一人残って走りこんでいた。今日もいつも通り一人で練習に取り組んでいると、後ろから声を掛けられた。

「随分とまァ…熱心だな」

No nameはぎょっとして振り返るとそこには高杉が立っていた。No nameは大きく息をはいて言った。

「…どうせくだらないことに力注いでるって笑いに来たんでしょ?」

「別に。ただ見知った顔がいたんで興味が湧いただけだ」

「…何よ、それ……」

No nameは一応そう呟いて、再び練習に戻ろうとするが、高杉に見られていることが分かると高杉のことばかり気になってどうにも集中できなくなった。
緊張しないように努力はしていても、身体を動かしているせいで鼓動も高まっているので妙にドキドキして余計に意識してしまう。
No nameは焦らないように一つ大きく深呼吸をして走り出そうとするが、その寸前で右足をひねり、その場に派手に転倒した。そのせいで足に激痛が走る。しかし、No nameはそんなことよりも高杉の目の前で転倒した恥じらいの方が大きかった。
No nameは平静を装って無理やりその場に立ちあがろうとすると、高杉がそれを制止した。

「動くな」

「…え」

No nameが驚いて顔をあげると、全身がふわっと浮き上がる感覚がする。
しばらくしてNo nameは高杉に抱きかかえられていることに気がついた。
途端にNo nameの鼓動が高まってくる。

「…ちょっと、晋助…何して…っ」

「…じたばたすんな。落ちる」

「どっどこ行くのっ」

「保健室以外ねェだろ」

No nameの質問に端的に答えて、No nameを抱きかかえたまま歩き出した。久々に女の子扱いされてしまい、どうしていいか分からずNo nameはどぎまぎした。しかし、高杉の方はそんなことは微塵も気にしていないような様子で宣言通りNo nameを保健室まで運び、ソファに座らせた。

「…あ、ありがと…」

No nameが礼を述べると、高杉はこらえていたものがあふれ出すように突然ふきだし、面白そうに笑いながら言った。

「普通こけるか?」

「うっうるさいっ!…ちょっと…肩に力入っちゃって…」

「肩に力入れる前に足に力入れとけよ」

「…う」

高杉のもっともらしいツッコミにNo nameは何も言い返せなくなった。それと同時に少しでも女の子扱いされてときめいた自分に反省した。

「…何よ。素直にお礼言った私がバカみたいじゃないっ」

No nameがそう言うと、高杉は途端に真顔に戻って言った。その突然のギャップにNo nameはどうしようもなくドキドキした。

「あァ。でも…俺が近くにいてよかったじゃねェか」

「…え、どうして?」

「…意固地なNo nameのことだから、絶対こけてもそのまま無理やり立ち上がって走ろうとしてたろ」

「……」

「つーか、くだらねェ体育祭なんかのために、こんな怪我するくらいプレッシャーで追い込まれてんなら最初からアンカーなんて引き受けんな」

No nameは驚いて高杉を見つめた。

「どうして知ってるの…?私がアンカーだって」

「…教室中に響くような大声で言っといて聞くなっつー方が難しい」

「あ……」

No nameが呆然としていると、高杉は近くに置いてあったタオルを濡らして青紫色にはれ上がっている足に放り投げるように置いた。

「…取りあえず、それで冷やしとけ」


「あ…ありがとう…」

No nameは足にかけられたタオルを見つめた。乱雑に置かれているが、そのタオルからは確かに高杉の不器用な優しさが感じられた。
しばらく無言が続いた後、No nameはふと疑問に思ったことをぶつけた。

「…そう言えば、晋助。いつまでも私に付き合っててもいいの?」

「なんだ、気に食わねェか」

「…そうじゃなくて…いつもの仲間とか待ってるんじゃないの?」

「気にすることねェよ。…まだやることがある」

「…そうなんだ」

「…それに俺があいつらんとこ行ったら…お前はどうやって帰るつもりなんだ」

「…どうやってって…私いつも一人で帰ってるし」

「…その足じゃ無理だな」

「大丈夫だよ!…ちょっと時間かかるかもしれないけど」

No nameがそう言うと、高杉は大きく息を吐きだした。

「…何のため息?」

「お前の鈍さ加減に呆れてるんだよ」

「何それ…!失礼すぎるんじゃ…っ!?」

そう言うと高杉は唐突に立ち上がり、再びNo nameを抱きかかえた。

「無理だっつってんだから、素直に言うこと聞いとけよ」

「ちょっと…っ!何してっ」

「このままお前を家まで送り届ける」

「え…でもさっきやることあるって言ったよね…!?」

「……だから。送ってやるっつってんだよ」



(聞いたわよぉーNo name)
(…え、何を…?)
(放課後、走りこみ練習してたところ怪我して、高杉に手当してもらった上に家まで送ってもらったって?)
(…なっなんでそんなこと知ってんのよ、あやめっ)
(あら、みんな知ってるわよ?)
(み…んな!?)
(…高杉ってば不良グループのリーダーのくせにあんたにだけは優しいんだもんねー。…分かりやすいったらないわぁ)







((2012.09.27))

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