text.41〜

53
1ページ/1ページ

「No name」

「何?」

休憩室のソファで本を読んでいたNo nameは神威の方へ見向きもせずに返事をすると、神威がNo nameの左肩に顎の先を乗せた。
No nameはぎょっとして左側に顔を向け、眉間にしわをよせた。

「…何?いきなり」

「なんでまだ何も言ってないのに、そんなに不機嫌そうなのさ」

「私今本読んでるの。見て分かんない?」

No nameはため息をついて再び読んでいた本に視線を落として言った。

「そんなんどうだっていいでしょ?そんなことより俺の一大事なんだけど」

「一大事って口に出す人ほど大した用件じゃないと思うんだけど」

「だから言ったでしょ。俺の一大事だって」

「…なに?どっかの誰かにでも殺されかけた?」

尚もNo nameは顔をあげずに言った。

「…それ、本気で言ってんの」

その返答が神威にとってはとても不服だったようで声のトーンが一段階低くなった。
No nameは大きく息を吐き、本から顔をあげて聞き返した。

「本気も何も…怒るんだったらさっさと用件を言ってくれない?私だって暇じゃないの」

No nameの無愛想な態度に神威の顔から笑みが消えた。そして碧く大きな瞳を見開き、自身の右手でNo nameの喉元を切り裂こうとする。
殺気立った神威の気配を察知したNo nameは左手首で神威の攻撃を受け流し、神威の整った顔を睨みつけた。

「…あんた私と殺し合いでもしに来たわけ?」

涼しい顔でそう答えたNo nameを見て、神威はぴゅーっと口笛を吹き、再び笑顔に戻った。

「さーすがNo name。これで減らず口叩かなきゃ完璧なんだけどね」

「…で?用件は?」

No nameは神威の言葉を無視してそう聞き返した。

「お腹減った」

その返答にNo nameは思わず座っていたソファからずり落ちそうになる。

「…は?」

「…だから、お腹減ったんだって」

「……」

「なんで黙ってるの?」

「…いや、なんていうか。さっきまでの緊張感…どこ行った?」

「No nameが勝手にそういう空気にしたんでしょ」

神威の言葉にNo nameは思わず顔をしかめた。そして、それをごまかすように話の軌道を元に戻した。

「…それで?私に何か作れって言いたいわけ?」

「そういうこと」

神威の満面の笑みにNo nameはまた大きく息をはき、読んでいた本を閉じて、その場に立ちあがった。

「あり合わせだから大したもん作れないよ?」

「いいよ、No nameの作ったもんだったら何でも」

「……」

No nameは立ち上がり壁にかけてあったエプロンを取ろうとする寸前で手を止めた。
振り返ると、神威は既にソファの上に寝転がっていた。

*

「ほら、出来たよ?」

「お!たくさんあるっ」

机に並べられたたくさんの料理を見つめて神威は感激の声を上げた。

「…神威を黙らせようと思ったら少々の量じゃ足りないでしょ?」

No nameの返答を聞き、神威は合点がいったような顔をした。

「それ見越してこんなにいっぱい作ったんだ」

「…何年あんたと一緒にいると思ってんの?」

「それもそうだね」

「…じゃ私、本の続き読むから。…もう邪魔しないでね?」

No nameがそう言い、しばらく神威の食べる様子を見つめたあと、読みかけの本に手を伸ばそうとしたその時神威が声をかけてきた。

「No name」

「…今度は何?」

No nameは振り返り、思わず目を見開いた。先ほどまでたくさんの皿に盛られていた料理の数々が今では見る影もない。

「って…神威…。もう食べちゃったの…?」

「うん。うまかったし」

「…そりゃよかった」

No nameがそう言って再び本に視線を落そうとすると、それをさせまいと神威が横から口をはさんでくる。

「んーでもなんだかなぁ」

「何?」

「…なんか。物足りない」

神威はまるで駄々をこねる子どものようにそう言った。

「あんだけの量…今食べたばっかりなのにっ!?」

「…なんていうか、胃は満たされたんだけどね」

「はぁ?言ってる意味が全く分かんないんだけど」

No nameが素っ頓狂な声をあげると、神威は思いついたようにぽんと手を叩いて言った。

「あ、分かった」

「何が?」

「だから、何が物足りないか」

「……?」

「No name、ちょっとこっち来て」

そう言いながら、神威は手招きをする。

「何なのよ…もう」

No nameはため息をつき、面倒くさそうに神威の方へ歩み寄った。しかし、それでは遠いのか神威は尚も手招きを続けている。仕方なしにNo nameは神威の口元に自分の耳を近付けると、No nameが油断した一瞬のすきをつき、No nameに口づけた。

「…なっ」

No nameが驚いて神威の大きな碧い瞳を見つめると、神威は満面の笑顔で言った。

「ごちそうさま♪」



(…何してんの?)
(何って…キス?)
(そんなことは分かってるっ!私が聞いてるのは、どうしてキスしたかってことなんだけどっ!)
(あぁ、それなら飯作ってくれたお返し。ギブ&テイクってやつ?)
(…それで私になんの利益があるっていうのよ)
(堅いこと言うなって。俺がキスしたかったからしたの、文句ある?)
(…もういい。…好きにして)






((2012.09.20))

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ