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目の前に山積みになった資料を見上げてNo nameはため息をついた。
「いったい何枚あるのよ…これ」
No nameは改めてこの量の書類整理を押し付けてそそくさと夜の街に繰り出した上司の近藤を呪っていた。
「局長のバカヤロー」
しかし、そんな暴言を吐いたところで周りも既に各自の仕事を切り上げ、自室に戻っているため答えるものはいなかった。
「終わる気がしない…」
No nameはもう一度ため息をついて、机の上に突っ伏していると、頭の上でコツンという音がした。
「え…?」
No nameが頭をあげると、手に缶コーヒーを持った土方十四郎が立っていた。No nameは思わず目を丸くした。
「副長…」
「まだ終わってねェのか」
「…思ったようにはかどんなくて…」
No nameがそう言うと、土方はNo nameの目の前に積まれている書類に視線を移して言った。
「…みたいだな」
「…副長は何しに来られたんですか?」
No nameがそう尋ねると、今度はNo nameの方へ視線を寄せて土方はそっけなさげに答えた。
「別に。大した用はねェけど、風呂から部屋に戻る途中でこの部屋の電気ついてんのに気付いたから様子を見に来ただけだよ」
「…あ。そうですか…」
そんな土方の言葉になんだかがっかりしている自分がいることにNo nameは気づいた。
そんなNo nameの微妙な表情に気がついたのか土方はNo nameを一瞥して続けて言った。
「んで、覗いてみたらできの悪い後輩が資料整理を頑張ってる姿が見えたんで、差し入れに」
「…できの悪い後輩って…私のことですか?」
No nameは少しムッとしてそう言い返した。
「他に誰がいるんだよ」
土方は平然とそう言うと、持っていたコーヒーの缶でNo nameの右頬に軽く触れた。
「…冷たっ」
「ずっと頭使ったままじゃ、はかどるもんもはかどらねェだろ?」
そう言いながら土方は、No nameの頬から缶を離し今度はNo nameに手渡した。
「飲め」
「ありがとうございます…」
No nameは両手でそれを受け取り、蓋をあけた。
No nameが口をつけたのを確認すると、土方はNo nameの隣りの席のイスをひき腰を下ろした。
「…んで?あとどれくらいかかるんだ?」
「できるだけ早く終わらせるつもりです…」
「そうか。…早くしねェと、明日になっちまうぞ」
「分かってます」
No nameは残ったコーヒーを一気に飲み干して、再び目の前の書類と対峙し、再び作業を開始させた。
*
一方で、無心になって作業を続けるNo nameを土方は無言で見つめていた。
そんな土方の視線に気がついたのか、No nameはやりにくそうに土方の方へ向き直った。
「あの…」
「何だ?どうした?」
「副長…いつまでそこにいるんですか?」
「あァ?なんだ?俺がここにいちゃいけねェのか?」
「…あ、いや。そういう意味じゃなくて。…なんていうか見られてるのが分かって、やりにくいっていうか……」
「…だから先に寝ろって?」
「っというか…明日も早いですし、副長の身体のためにお休みになった方がいいと思います」
「余計な心配してんじゃねェよ」
「…でも」
「俺の意思で今ここにいるんだから、お前には関係ねェよ」
そういう土方の端正な顔をNo nameはじっと見つめた。
「……」
「それに…」
「…なんですか」
「…No nameを差し置いて先に休めるか」
土方が視線を逸らしながらそう言うと、No nameは大きく目を見開き、息を大きく吸い込み言った。
「…すいません、気を遣わせて」
「どっかの逆らうバカよりはマシだよ」
その言葉にNo nameはふっと笑って、資料に目を落とし再び手を動かし始めた。
*
それからしばらくして、No nameはたった今整理し終えた書類を机の上で揃え、パソコンの電源を入れた。
「ふぅー」
No nameが大きく息を吐き出すと、隣りにいた土方が顔を覗き込んできた。
「なんだ?どうした?」
「…あとこれをパソコンで入力済ませれば終わりなんですけど…私、どうもパソコンって苦手で…」
No nameは目の前にあるパソコンの画面を見つめて、マウスを操作しながら土方の問いに答えた。
すると、土方はNo nameと同じようにじっとパソコンの画面を見つめ、「あァ…」と呟いた。
No nameが土方の端正な横顔を見つめていると、土方は突然No nameのマウスを握る手に自分の手を重ねた。
あまりに突然のことで、No nameは驚きの声を上げる暇もなかった。しばらくして土方の手の感触に慣れてくると、今度は驚きの代わりに胸がきゅっと締め付けられるような感覚がした。それと同時に急にドキドキし始めた。
「ん。こんなもんだな…な?簡単だろ?」
No nameが気がつくと既に作業が終わっていたようで土方が語りかけてきていた。
「…あ、いや…」
─それどころじゃなかったんですけど…!
No nameは内心でそう叫び、尚もNo nameの手に手を重ねている土方を見上げた。
「何だ?俺の顔に何かついてるか?」
「…いえ…そうじゃなくて…あの…手…」
No nameが恐る恐るそう言うと、土方は気がついたようにNo nameの手から手を離した。
「…あ、悪ィ」
「…いえ…」
二人の間になんだか気まずい空気が流れた。
No nameはその空気を打開するために何かを話さなければならないと思いながらも、妙な緊張感のせいで話のネタが思い浮かばなかった。
No nameはこのままではいけないと思い、土方の顔を見つめて口を開こうとすると、土方も全く同じタイミングで口を開いた。
「あの「おい」…!」
No nameは驚いて土方を見ると、土方の方もきょとんとした顔をしてNo nameを見つめていた。
「…あ…なんですか?」
「…別に。大したことじゃねェから…そっちこそ、なんだよ」
「…あ、私は別に…副長にお礼を…こんな遅くまで付き添って頂いたので…」
「礼なんかいらねェよ…俺が好きで付き添っただけのことだ」
「…でも」
「ん?」
「やっぱり…なんか申し訳なくて」
No nameがそう言うと、土方は「んじゃ…」と言いながらNo nameの方へ体を向けた。
「No nameがそう思うんなら、その礼を受け取る代わりに俺の提案に乗れよ」
「提案?」
「つっても…そんな難しいことじゃねェよ。今度の非番に出かけるのに付き合ってくれりゃそれでいい」
「え!?」
「な?簡単だろ?」
「…それ世間一般で言うデート…」
「デートじゃねェ!…ただ一緒に出かけるだけだ」
「……」
─それをデートって言うんじゃ…
No nameは喉まで出かかった言葉を思わず呑み込んだ。そんなことを言って土方の機嫌をわざわざ損ねる必要はないと思ったからだ。
No nameが黙っていると、土方がNo nameの顔をじっと見つめて続けた。
「でもNo nameがどうしてもデートにしたいっつーんなら」
「なら…?」
「…その時が来て、俺の気持ちに応えてくれりゃ…デートになるんじゃねェか」
「……」
(ところで、副長は何を言おうとしたんですか?)
(…もういい)
(え、なんで!?)
(…俺の用件は既に済んでる。二度も繰り返して頼むほど安い男じゃねェんだ、俺は)
【おしまい】
((2012.09.13))