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「ちょっと!総悟っ!またこんな適当な報告書書いて…っ!」

No nameの大声が新撰組屯所内に響き渡った。
心地よい風が吹いていていかにも睡眠を助長するかのような天気だったので、総悟は逆らおうとはせず大人しく眠りに就こうとした矢先のことだった。
サイレンのような叫び声に総悟は一気に現実に引き戻された。そして無意識のうちにげんなりした表情を向けた。

「こんな気持ちのいい日になんなんでさァ…っていうか俺今まさに寝ようとしてたところなんですけどねィ」

「寝るなっ!今仕事中でしょうがっ」

尚も大声で檄を飛ばすNo nameを面倒くさそうに両手で耳をふさぐ素振りを見せる。

「うるさいったらねェや…」

「あー!もうっ!じゃあ寝てもいいから、この報告書を書き直してからにしてくれる?」

「俺が起きたらね」

「今よ!今!そうしないとあんた何かと理由つけて逃げるでしょ!?」

「…今したいのは山々なんですけどねィ…残念ながら睡魔に勝てそうにねェんでさァ」

総悟が床に寝ころびながらそう言うと、No nameは顔をしかめて言った。

「何よ…その言い訳にもなってないふざけた理由…」

しかし、総悟はもはや答える気も失せていたので黙っていると、最初はぶつぶつと文句をこぼしていたNo nameもやがて何も言わなくなった。
少しして、総悟はうっすらと目を開けNo nameの方へ視線を向けると、黙々と与えられた仕事をこなしていた。

*

総悟が目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。
あくびを一つして体を起こすと、その反動で掛けられていたタオルケットがずり落ちた。

「……」

No nameだな、と総悟はタオルケットを見つめながら直感でそう思っていた。
そもそも9割以上男性隊士で占めている新撰組に、タオルケットを掛けてくれるような優男がいるようには到底思えなかったからだ。
総悟が立ち上がると後方から声をかけられた。

「随分まぁ長い昼寝だったわね」

総悟が振り返ると、そこには机に頬杖をついたNo nameがいた。

「あァ…誰かさんがこれを掛けてくれたお陰で、寝すぎちまったようでさァ」

総悟は手に持っていたタオルケットに目を落とした。

「…それをやったのが誰なのか分かってるなら、もっと素直にお礼を述べることってできないの?」

No nameが総悟の言葉に眉をひそめてそう言った。総悟はそんなNo nameの態度をまるで気にもせず平然と返した。

「何言ってんでさァ。今のが俺なりの礼の言葉なんですけどねィ」

「全ッ然伝わんないんだけど」

そう言うとNo nameは諦めたようにふっと息を吐き出して言った。

「ま、いっか。総悟にそんなこと言っても無駄だね…そんなことよりお腹すいたでしょ?ご飯、作っといたから」

「それより俺が昼寝する前に約束した書類の訂正が先なんじゃねェんですかィ?」

総悟がそう言うとNo nameは驚いたような表情を見せた。

「…珍しいね。自分から進んで仕事の話するなんて」

「別に。今書類を訂正したい衝動に駆られたんでさァ」

総悟が真顔でそう言うと、No nameはふきだした。その態度に総悟はむっとしながら「何がおかしいんですかィ」と言った。

「総悟でもそんな衝動に駆られること、あるのね」

尚もNo nameはくすくす笑いながらそう言った。

「…失礼にもほどがあるんじゃねェんですかィ」

「ごめんごめん」

No nameはそう謝罪の言葉を述べてから、すぐに真顔に戻り続けて言った。

「でもせっかくそういう気分になったのに申し訳ないけど、あの書類なら私が代わりに訂正して局長に提出したから」

総悟はぎょっとしてNo nameの顔を見つめた。すると、No nameの方も少し笑みを浮かべて言った。

「…いやね、最初は昼寝されてすっごいイラついたんだけど、総悟の寝顔を見てるとあんまり気持ちよさそうに寝てるから、起きてから仕事押し付けるの可哀そうだなぁと思って。…ま、母性本能みたいなもんかな」

「……」

「でも私の気まぐれもあったし…今回だけだけどね」

「No nameには叶わねェや」

総悟はNo nameの言葉を聞き思わず呟いていた。

「総悟が私を追い抜こうなんて十年早いっての」

冗談っぽくNo nameはそういうと白い歯を出して笑った。そんなNo nameの笑顔を見て総悟はかねてからNo nameに対して抱いていた疑問をぶつけた。


「…誰かに頼ろうとか思わねェんですかィ?」

総悟がそう尋ねると、No nameはふっと真顔に戻りきっぱりと続けた。

「思わない。そもそも新撰組に入隊したのも自分の精神を鍛えるためと自立心を育てるためだし」

「……」

総悟は何か言おうと思ったが咄嗟にその言葉が思い浮かばなかった。すると、先にNo nameが口を開いた。

「さ、こんなとこで話してたら風邪ひいちゃうよ?ご飯冷めちゃう前に食べておいで」

総悟がNo nameの顔を見ると、いつの間にか真顔から笑顔を取り戻していた。
そして、No nameはそう言うと総悟に背を向け歩き出した。

「食べておいでって…No nameは食堂に行くんじゃねェんですかィ?」

総悟がそう言うとNo nameは足を止め振り返り、言った。

「私はまだ仕事残ってるから」

「でも俺の報告書を書いたのは他の仕事片付いたからなんじゃねェんですかィ?」

「あれは局長に速やかに提出するようにって言われてたから。優先順位の問題よ。他にも仕事は残ってる」

そう言うとNo nameは再び足を動かした。


「んじゃ…俺も飯は後回しでさァ」

「えっ」

総悟の呟きにNo nameは驚いたように足を止め、再び振り返った。

「なんで…!?」

「…さっきも言いやしたけど、今書類をなんとかしたい気分なんでさァ…それに、一人でやるより二人でやった方が効率的だろィ」

総悟がそう言うとNo nameは呆れたような顔をしながら言った。

「ご飯、冷えてかっちこちになっても責任とらないからね」

「…そんなくだらねェことで文句なんて言わねェよィ」

「えーホントにぃ!?」

No nameは疑わしそうな顔をしながら、じっと総悟の顔を見上げてきた。

「本当でさァ。…それに…」

「…それに?」

「…冷えた飯食うより、一人で食う飯の方がまずいだろィ」

「え?」

「……なんでもないでさァ」



(No name)
(何?)
(自立してるのもいいと思いますけどねィ、No nameの場合はもう少し人に頼ることを覚えたほうがいいと思いまさァ)
(残念でした。周りに頼れそうな人なんていないもの)
(…あのねェ)
(何よ)
(何のために俺がいると思ってんですかィ)






((2012.09.06))

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