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「No name」

「何?」

「…今から、俺の部屋に来てくれない?」

本日の仕事を終え、No nameが自室に戻ろうとしていたその時、後方から神威に呼び止められた。

「…いいけど…何か用でも…」

No nameがそう聞き返すと、既に背中を向けていた神威がくるりと振り返り、いつもの笑顔で言い返した。

「余計な詮索は無用」

「あ…ごめん…」

そんな神威の腹の内が全く読めない笑顔にNo nameは背筋に悪寒が走った。
そして言われた通り神威の後ろをついていくと、部屋に入るなり既に敷かれていた布団の上に押し倒されたのだ。

*

「か…神威…一体何を…」

「さぁね。それはアンタが決めること」

「…じゃあなんでこんな体勢なわけ…?」

「それは今に分かるよ」

「どういう意味…?」

「…俺たち、付き合って随分経つよね?」

至近距離にある神威の顔には先ほどと同じ、何を考えているか分からない満面の笑みが浮かんでいる。

「……うん」

No nameは何か言い返そうとしたが、こう返答するのがやっとだった。

「分かってるじゃん。…じゃあ俺の言いたいこと分かる?」

「…何となく見当はつく…かな」

「…んじゃあホラ」

No nameの返答に満足したようにもう一度微笑みかけた神威は先ほどよりもさらに自身の顔をNo nameに近付けた。

「…つまり…私からキスしろと…?」

「大当たり」

「…いや…それは…ちょっと…」

「無理だなんて言わせないから」

「でも…無理っ」

「…へぇ?じゃあこのまま俺を別れちゃう?」

「どうしてそういう結論に辿り着くのよっ!…っていうか…そんなの嫌っ」

「んじゃあ…大人しく俺の言うこと聞いちゃえば?」

「……」

No nameが変わらず黙っていると、神威は呆れたように言った。

「っていうか何?…キスくらいで何でビビってるわけ?」

「くらいって…!私にとっては大問題なんですけど…っ」

「…うん。じゃあ百歩譲ってそういうことにしようか。…だったら俺はアンタにキスされるためには何をしたらいい?」

「え……?」

「…だから、No nameが臆することなく俺にキスするためには、どうすればいいのかを聞いてるんだけど」

「ちょ…ちょっと待ってっ!あくまでキスすることは決定ですかっ!?」

「何を今更」

No nameの叫びに神威は平然と言ってのけた。

「ちょ…っと…神威…っ」

「何?」

「…ごめ…ホント無理…っ」

「……へぇ?」

あくまでも拒否しつづけるNo nameに、神威の顔から笑顔が消え、碧い大きな瞳を開いた。その瞳には優しさのかけらも感じられない。

「……っ!」

「…じゃあ、ワガママなNo nameに選択肢をあげるよ」

「…せ…選択肢…!?」

「No nameからキスすんのと…俺が…声もあげる暇もないくらいぐちゃぐちゃにしてあげるのと…どっちがいい?」

「ぐ…ぐちゃ…!?」

「…本当ならここまで駄々こねる赤子は問答無用で殺しちゃうんだけどね…彼女のよしみでそれは許してあげるよ」

「……」

「…まぁ…聞くまでもないとは思うけど」

「……」

尚も黙っているNo nameに、神威は再びNo nameを見下ろして続けた。

「…っていうか…本当は期待してるんじゃないの?」

そう言うと神威はNo nameの着ていたシャツのボタンに指をひっかけた。No nameはもがく様にその場で動くが、神威が上から押さえつけているため、思うように動くことができない。
そして絞り出すような声で「本当に…やめ…て…」と言った。
しかし、神威はそんなNo nameの提案など何でもないかのように涼しい顔をして続けた。

「…勿論。止めてあげるよ、No nameからキスさえしてくれればね」

「…どうして…そんなにキスにこだわるの…っ」

「アンタを手に入れてからそれらしいこと何もしてないから、かな。…まぁ俺の我慢の限界に達したっていうのもあるんだけどね」

「…そんなの…」

─それぞれのペースに身を任せれば…
と、No nameが続けようとしたが神威に先手を打たれた。

「…ていうか、話引き延ばそうとしてるけど…。何時間経とうが俺の気分なんて変わらないから」

神威のその言葉に、No nameはついに折れた。

「…分かったよ…するよ…だから…お願い…私の顔見ないで」

No nameの要求に最初はきょとんとしていた神威は面白そうに笑いながら続けた。

「…もしかして今まで拒否してた理由…それ?」

「…だって…自分のキス顔なんて…考えただけで恥ずかしくておかしくなっちゃいそうだったんだもん…それを神威に見られるなんて…」

「…。まぁいいや。突っ込みどころは多々あるけど…ホラ」

神威はNo nameの願いを聞き入れるようにそっと目を閉じて見せた。
目を閉じていても整った顔立ちをしている神威に少し見とれながら、大きく息を吐きだした。そしてNo nameは見られていないのを確認し、自分の唇を神威の唇に押し当てた。


「…はい、合格。…な、簡単だろ?」

「…簡単って…!私がどれだけ恥ずかしかったかも知らずに…!」

「うん。想像しただけで面白い」

「ひどい…!…っていうかキスしたんだから…離してよっ」

「…それは無理」

「えっ!?なんで!?」

「…簡単。気が変わったから」

「気が変わったって…」

「…バカだね。…自分の彼女が今目の前で無防備な姿でいるところを襲わないバカな男はいないよ」

「…えっ!?…えぇっ!?」

「覚悟しときな。…No nameにそんな下っ手くそなキスじゃなくて、本当の甘いのを教えてあげるから」



(っていうかさ)
(…何?)
(キス顔がどうとか…気にしてたけど。別にいいんじゃない?…俺以外に見せるわけでもないんだし)
(…え)
(…仮に見たやついたら…そいつを殺せば終わりだしね)








((2012.08.09))

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