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それはある夏の夜のこと。
No nameが就寝しようと、自室の布団に潜り込もうとした寸前で、幼馴染みの沖田総悟が部屋を訪ねてきた。

「起きてやすかい?」

「今寝ようと思ったとこよ。どうしたの?」

No nameがそう聞き返すと、沖田は言いにくそうに問いかけた。

「…ちょっと出てこれやせんかねェ?」

「…いいけど…いったいどうしたの?」

「実はねェ…この暑い夏の夜を乗り切るためにみんな会議室に集まって稲山さんの会談話で盛り上がってるんでさァ。…だからNo nameもどうかと思いやしてねェ」

沖田の提案にNo nameの顔は思わず引きつった。

「…総悟、私が怖がりなの知ってるよね…?」

No nameの返答に、沖田は思った通りだとも言わんばかりの表情をし、ため息をついて言った。

「だから俺はみんなに言ったんでさァ。No nameはビビリだから来ねェって」

「でも呼びに来てるじゃないっ!」

「念のためってやつでさァ…ま、予想はしてたけどねィ」

そう言うと、沖田はNo nameの部屋のふすまに手をかけた。

「そうと分かればもう用はねェや…んじゃ、お休み…みんなには来ねェって言っときまさァ」

そしてそのままNo nameに背を向けて出て行こうとする沖田を、No nameは思わずひきとめた。

「ちょっ…ちょっと待ってっ!」

「何でィ?」

「私を一人にしないでっ」

No nameの叫び声に沖田は思わず目を見開いた。そしてふと我に返ったように素っ頓狂な声をあげた。

「…はァ?」

そんな沖田にNo nameは慌てて手を振って答えた。

「…あ、…そういう変な意味じゃなくて…」

「……」

「…総悟がっ!稲山さんの話なんて持ち出すからっ!…とてもじゃないけど…眠れなくなったのよ…」

少し言いにくそうに目線を逸らしつつそういうNo nameに、総悟が思わずふきだしながら続けた。

「ガキ」

「うるさいっ!私が怖がりなの知ってるくせにっ」

「…あァ…すまねェ…思わず本音が出ちまっただけでさァ。…まァそれはいいとして…怖いんだったらここにいた方がいいんじゃねェですかィ?」

「いやっ」

「…んじゃーどうすんでィ?」

「…私も…その怪談…聞きに行くっ」

「…そんなもん聞いちまったら…余計に眠れなくなるんじゃねェんですかィ」

「そうだけど…でもっ!一人でいるよりずっとマシだもんっ」


No nameが駄々をこねるようにそう言うと、総悟は大きくひとつため息をついた。


*

「…振り返るとそこに冷酷な笑みを浮かべた女がこっちを見てたわけ。…で、慌てて逃げようと俺たちがその場から走り出そうとするんだけど、すでにその女に行く手を阻まれて…動けなくなっちまったんだ」

「…ひっ」

稲山の話を聞いて、No nameは思わず隣に座る沖田の服の左袖を掴んでいた。
そんなNo nameを沖田は呆れたように見つめて小声で話しかけた。

「…だから、怖いんだったら来るなって言ったじゃねェですかィ」

「だってっ!…さっきも言ったけど…一人で取り残される方が怖いんだもん」

そう答えたNo nameに沖田は面倒くさそうにため息をついた。

「…んじゃーせめてもう少し離れてくれやせんかィ?これじゃあひっつきすぎ…」

沖田が続きを言おうとNo nameの方を向くと、No nameが掴んでいる袖にさらに力が加わった。見ると、No nameは稲山の話に聞き入りながらも震えていた。

「……」

そんなNo nameを沖田はしばらく静かに見つめた後、諦めたように自分の左腕をNo nameに預けた。



しばらくして、会談話大会はお開きとなった。稲山のリアルな語り口に充てられたせいか、参加していた面々はみな妙に涼しそうに感じられた。

「…怖かったぁ…」

部屋を出ると、No nameが大きなため息と同時に溜まっていたであろう感想を吐き出した。
そんなNo nameを横目に沖田はいまだNo nameが掴んだままの自身の左腕に目を向けて言った。


「だから言ったのにねェ…まぁ…そんなことより…いい加減俺の腕から手ェ離してくれやせんかねェ」

「…あ、ごめん…思わず…痛かった?」

「別に。ただ…ずっと同じ体勢だったんでちょっと痺れたくらいですかねェ」

「嘘っ!ごめん…!言ってくれれば離したのに…!」

そういうとNo nameはあわてて沖田の左腕から自身の手を離した。

「…あのなァ…あんなに震えながら手ェ掴んでたヤローにそんなこと言えるわけねェだろィ」

「…ごめん…」

返す言葉が見当たらないのか、No nameはそのまま頭を下げた。

「…ま、No nameの怖がりは今に始まったことじゃねェから気にすることないでさァ」


そんなことを話しながら歩いていると、やがてNo nameの部屋の前に到着した。

「…んじゃァ、お休み」

それだけ言って沖田が踵を返そうとしたその時、No nameは総悟の背中に呼びかけた。

「…あ、総悟…待って」

「ん?」

「…今から総悟の部屋…行っちゃだめ?」

「…なんでィ、そりゃまた唐突な話ですねィ」

「だって…やっぱ…さっきの今じゃ怖いから…総悟の傍にいたいなって…」

「……」

「…だめ…?」

少し言いにくそうに上目遣いで見つめるNo nameに沖田は思わず目線を逸らしてしまった。そんな表情をNo nameに悟られないように、沖田は右手で自身の顔を覆いながら答えた。

「…しょーがねェヤローでィ」

「ありがとうっ!」


そして、沖田はNo nameの言われるがまま自身の部屋にNo nameを通した。部屋と言ってもほぼ寝るためだけのものなので、あるものと言えば小さな机とそれに備えつけられた照明、そして布団くらいだった。
二人が既に敷かれた布団の上に隣同士に腰を下ろすと、No nameが口を開いた。

「稲山さんの口調ってなんであんなにリアルなんだろう…考えたくないのにそういう光景が鮮明に浮かび上がっちゃうんだもん…もうホント怖いったら…」

「ずっとビビってやしたもんね、No name」

「だって…!ホント、泣きそうになっちゃったんだから…!でも…」

「ん?」

「隣りに総悟がいたから…逃げ出さずに済んだ」

No nameのその言葉に沖田は思わずはっとしてNo nameの方を見つめると、No nameも笑顔でこちらを見ていた。


「…あァそりゃどうも…でもおかげで俺は左手が痺れたんですけどねィ」

気の利いた言葉を言い返そうとしたが、思いつかなかった。そんな思いとは裏腹に口から洩れた言葉は自分の思いとは全く逆だった。
沖田のその言葉にNo nameは少し眉をひそめて答えた。

「人がせっかく感謝してるんだから、そういう言い方しなくてもいいんじゃないの?」

「…悪いねェ…今はそういう言葉しか出てこねェんでさァ」

「え…どういう意味?」

「…自分で考えなァ」

「何それ…変なの」


総悟がそれに返答せず黙っているとNo nameが大きなあくびを一つした。

「…ねむっ」

「部屋に帰りやすかィ?」

「……」

「まさか…まァだ怖いって言うんじゃないでしょうねィ」

「…えへへ…そのまさかだったりする…」

「…あのねェ」

「ねぇ」

「何でィ」

「…一緒に寝ちゃだめ…?」

「………は?」

「だめ…かな…?」

「だめ以前に…俺一応男なんですけどねィ」

「大丈夫だよ」

「…何を根拠にそんなこと言ってるんでィ」

「総悟は変なことしないって信じてるから」

「……」

No nameの言葉に沖田は何も言えなくなった。そして、最終的には諦めたように「好きにしろィ」と答えていた。

それからしばらくして二人が一つの布団で眠っていると、沖田の耳にNo nameの寝息が立てる音が届いた。
No nameを起こさないように、沖田が寝がえりを打つと、目の前にNo nameの寝顔があった。
眠りに落ちようとしていた沖田の目が途端に目覚めた。

─総悟は変なことしないって信じてるから

先ほど、No nameが自分に言った言葉が脳裏によみがえった。


「…ふざけんな」

No nameの寝顔を目の前にして、沖田は思わずそう呟いていた。


(おはよう)
(…あァ)
(あれ…総悟…顔色悪くない?…よく見たらクマもできてるし…)
(……)
(…もしかして…眠れなかった?)
(…あァ…誰かのせいでねェ)
(えっ!?)







((2012.08.02))

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