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「俺、あんたのこと好きになっちまったみたいでさァ」


そんな夢のような言葉を打ち明けられてから早一か月が経過しようとしてた。
あまりに唐突な告白だったので、No nameはなんと答えたのかすら記憶に残っていなかった。しかし、周りの隊士たちが「どうやら付き合い始めたらしい」ということを噂するようになったので、あぁ、自分は付き合い始めたのか。ということをようやく頭で理解し始めた。
しかし、No nameは今でも信じられないような気持ちでいた。新撰組の中でも群を抜いた甘い顔の持ち主である沖田が自分のような何の取り柄もない女のどこを好きになったのか、まるで見当がつかなかった。

*

「おーい、No name」

No nameが書類を抱えて廊下を歩いていると後ろから土方に呼び止められた。

「あ、はい。なんでしょう?」

No nameが振り返ると、土方が手招きしながら言った。

「ちょっと頼んでもいいか?」

「なんですか?」

土方の後を追い部屋に入っていくと、No nameの持っていた書類を土方が取り、代わりに筒のように丸めた紙を渡される。

「この書類は?」

「あぁ…この前捕まえた攘夷志士の供述書です。さっき回ってきたので」

「…それじゃ、これは俺が預かっとく。んで…お前はこれ頼むわ」

「あ、はい……ってこれ…なんですか?」

「あァー、今、防災週間っつーんでそのために作ったポスターだと。まぁ屯所内に貼っても意味はねェと思うが…貼っとくように上から頼まれたから頼むわ」

「そうなんですか」

「画鋲はそこら辺にあると思うから勝手に持って行ってくれよ」

「分かりました」

No nameは画鋲を手に持ち部屋を後にした。土方の指示通り、手渡されたポスターを貼ろうと掲示板に向かったのだが、すでにありとあらゆるポスターが貼られており、新しく貼りつけるスペースがない。
…いや、正確には新しく貼りつけるスペースは残されているのだが、No nameの身長ではとても届きそうになかった。

No nameはため息をつき、諦めて何カ月も貼ったままになっているポスターをはがしてしまおうかと、掲示板に手を伸ばそうとしたその時、背後から声をかけられた。

「何やってんですかィ?」

その声にNo nameは思わず心臓が飛び出しそうになった。
恐る恐る振り返るとそこには沖田総悟が立っていた。

「…おっ沖田さん…!」

「……。…あァ、そのポスター貼るように言われたんですねィ」

沖田はNo nameの手に持つ紙に視線を向けて言った。

「…あ、はい…」

「ちょっと貸してみなァ」

そう言うと、沖田はNo nameの手に持つポスターを受け取り、軽々と上の方へ手を伸ばし、ポスターを貼り付けた。

「……」

No nameは思わず自分の隣に立つ沖田の横顔を見つめていた。凛としたその姿に思わず見とれてしまった。

「こんなもんでいいですかィ?」

貼り終えた沖田が笑顔で声をかけてきたので、No nameははっとして答えた。

「あ…ありがとう…ございます!」

「礼なんていらねェよ。…そんなことより」

そう言うと、総悟はふと真面目な顔をし、No nameに尋ねてきた。

「なんですか?」

「次の非番、いつですかィ」

「えっと…土曜日だったと…」

「予定とか入ってやすかィ」

「入ってないですけど」

「じゃ、丁度いいですねェ」

「え?」

「…出掛けませんかィ」

予想だにしていなかった提案に、No nameは思わず固まってしまった。

「……!」

「…なんだかんだ仕事に追われて、それっぽいこと全くしてないですしねェ」

「…でも私は非番ですけど、沖田さんは仕事なんじゃ…」

「気にすることないでさァ。そんなもん有給だしゃ終いですからねィ」

「…あ、そっか…」

総悟のその答えにNo nameは思わず素に戻ってそう答えていた。そんなNo nameの様子に総悟はふっと笑みを浮かべて言った。

「んじゃーそういうことで決まりですねィ。楽しみにしてまさァ。じゃ、俺仕事に戻るんでィ」

沖田はそう言い残して、その場から去っていった。途端にNo nameは緊張でどうにかなってしまいそうになった。

*

そして、その日はあっという間にやってきた。待ち合わせは江戸の町中にあるファミリーレストランになっていた。
到着した時、店の中を一通り見まわしたが、沖田が来ている気配は感じられなかったので、No nameは適当に席について待っていることにした。

「ふぁあ〜…っ」

気がつけば何度もあくびを繰り返している。
目を閉じてしまえばそのまま眠ってしまいそうになる。
No nameは二人きりで出掛けるということを意識しすぎて前の晩よく眠ることができなかったのだ。

眠気覚ましにコーヒーを注文したが、睡魔は一向に去ろうとはしなかった。

「沖田さん…遅いなぁ…」

No nameはそう呟いてもう一度大きなあくびをした。

─やばいなぁ…本当に眠っちゃいそう…

頭では抑制していても睡魔を止めることはできなかった。やがて、No nameは無意識のうちに目を閉じ、自分の腕の上に頭を落としていた。



それからどれくらい時間が経過したのかは分からなかったが、No nameが頭をあげると目の前に片手で頬杖をつきながらこちらを見つめている沖田がいた。


No nameは思わず目を見開いた。

「お…沖田さん…!い…いつからそこに…」

「さァねェ…一時間くらい前じゃねェですかィ」

「い…一時間っ!?」

No nameは思わず自分の耳を疑った。そして慌てて自分の腕時計に目を落とす。
確かに、総悟の言うとおりNo nameがこの店に到着してから一時間以上立っていた。

「どっどうして起こしてくれなかったんですか!?」

「あんまりにも気持ちよさそうに寝てたんで…起こすのも可哀想かと思いやしてねィ」

「…そ、それで一時間そのままで待ってたんですか…?」

「まァね」

「ご…ごめんなさい…っ!私…っ」

「気にすることないですぜィ。俺もちょっと遅れやしたしね。それに初めてのデートでいきなりあんたの寝顔、見れると思ってなかったから逆にラッキーでさァ」

すると沖田は思い出したようにいたずらっぽく笑った。その笑顔にNo nameは恥ずかしくなって思わず顔をそむけてしまう。

─本当に…どうして…この人は私なんかを好きになったんだろう……?

しばらく黙ったままのNo nameを置いて、沖田はおもむろに席を立ち上がり、コップに水を入れて戻ってきた。
そして突然、コップをNo nameの頬に触れさせた。

「冷た…っ!?」

「何怒ってんですかィ」

「お…怒ってないですよっ!別にっ…ただ…」

「ただ?」

「……あ」

No nameは思わず言ってしまいそうになったことを寸前で止めたが、沖田は聞き逃していなかったようで怪訝そうな表情を向けてきた。

「なんでィ…はっきり言わねェと分かりやせんよ?」

「…沖田さんは…どうして私なんかを選んだんですか…?」

「……」

No nameの突然の質問に沖田は虚を突かれたような表情をしたが、すぐに真剣そうな表情に戻り口を開いた。


「…なるほどねェ」

「…え」

「俺が告ったあの時から…今日に至るまで妙によそよそしいと思ってたのはそんなこと考えてたからってわけですかィ」

「……」

沖田の指摘にNo nameは何も言い返せなくなった。図星だったのだ。
No nameが何も言い返さないのを見て、沖田はため息をついた。

「明確な理由はないでさァ。…いつこんなことがあってあんたに惚れたって言えやァいいんでしょうが、残念ながら俺はそういうわけじゃねェ」

「……」

「…ただ、いつも仕事に対して真面目で、一生懸命で…でもどこか危なっかしくてね…そんなあんたを見てるとどうにも放っておけなくてねェ」

No nameははっとして顔をあげた。
すると、沖田の方もまっすぐにNo nameを見つめていた。

「……」

「っていうか…人を好きになるのに特別な理由なんていらねェでしょ?あんただから好きになった、それだけの話でさァ」

「沖田さん…」

「…何か不満は?No nameさん?」

沖田の優しい表情にNo nameは思わず目頭が熱くなり、そのまま涙が溢れて出したそして、その涙とともに心からこの人のことが好きだという気持ちも溢れだした。

「沖田さん…」

「なんですかィ?」


「好き…です…っ」



(あァ…でも一つだけ気にくわねェことあるんですけど)
(えっ)
(いつまでも俺に敬語使うことでさァ)
(…あ)
(仕事上はまだしも…二人でいるときくらいはありのままでいてくだせェ)
(…!)
(…その方が俺だけのNo nameさんを発見できますから)



【おしまい】





((2012.07.19))

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