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季節は間もなく夏本番に差し掛かろうかという頃。
その日は朝から快晴で、空も澄み切っており爽やかな風が吹いていた。
だからと言って新撰組内で仕事の内容が変わるというわけではなく、町の巡回だったり、トイレ掃除だったり、書類書きだったりとそれぞれの隊士たちが自分の仕事に向かっていた。


「おい総悟、No name知らねェか?」

「No nameですかィ?さァ…?」

「そうか」

あてが外れたので、土方は即座にその場を後にしようとまわれ右した。そんな土方の背中に土方が声をかけた。

「なんでィ、No nameがどうかしたんですかィ?」

土方は足を止め、首だけを沖田の方に向けて答えた。

「あァ…ちょっと仕事頼もうと思ったんだけど…姿が見当たらねェんだよ」

「…そういや朝から見てやせんねェ」

「…ったくどこ行ったんだ、あいつ…」

「どっかで油売ってんじゃねェですか?」

「バーカ。あいつはお前とは違うよ」

総悟の指摘に土方は即座に否定した。

「つーか、お前が言えたことか。こんなとこで何してる」

「あァ、ちょいと眠いんで仮眠をね」

「一日何時間寝りゃ気ィ済むんだよ…お前は」


土方は呆れたようにそう言い、再び部屋を出て行こうとした。その寸前で再び沖田が「待ってくだせェ、土方さん」と声をかけてきた。
少しイラついたように土方が今度は無言で振り返った。

「そういや俺、心当たりありまさァ」

沖田は体を起こし、髪の毛をかき上げながらけだるそうに言った。

「は?何の?」

「…だから、No nameのいそうな場所でさァ」

「……なんでお前がそんなことに心当たりがあるんだよ」

土方は平然とそう答えたつもりだったが、どうやら無意識に怪訝な顔をしていたようで、総悟が意地悪そうに笑いながら返してきた。

「前に二人で出掛けた時にお気に入りの場所ってェの教えてもらったんでィ」

「…何?」

「気分転換にはいつもそこに行くって言ってやしたから、そこにいると思いまさァ」

そう言う総悟に土方はあくまでも相手にしないように軽くあしらった。

「お前の言うことなんざ、あてにならねェよ。どーせハッタリだろうしな」

「んじゃ…今から確かめに行きやすかィ?」

「あァ?」

「俺の言うことがハッタリかどうか…で、もし俺が思う場所にNo nameがいたら今日はこれで仕事あがらせてもらいやすね」

「はァ!?何言ってんだ、お前。そんなの許されるわけねェだろ」

「だって土方さん、俺の言うことハッタリだと思ってんでしょ?だったら、これくらいの対価はあってもいいと思うんですけどねィ」

「……」

沖田は相変わらず挑発的な視線を向けてくる。その視線にイラつきながらも、渋々その提案に乗ることにした。
沖田の考えなど真っ向から否定してやりたかった。しかし悔しいが、土方にはNo nameが行きそうな場所に思い当たる節がなかった。

「どーすんでィ、土方さん?」

「…分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」


*

その頃、土方と沖田がそんな言い合いをしていることなど知る由もないNo nameは仕事の息抜きと称して、以前から密かに気にいっていた場所へ来ていた。

「ん〜〜っ!やっぱ気持ちいいっ」

野原に寝転びながらNo nameは大きく伸びをし、爽やかに吹き抜ける風を肌で感じていた。
目を閉じればそのまま眠ってしまいそうになる。

「やっぱり、たまには息抜きしないとね。ずっと仕事ばっかりじゃ参っちゃう」

No nameはそう呟いていた。
もし近くに上司であり恋人でもある土方がNo nameのこの発言を聞いていれば、渋い顔をされるだろう。

No nameは体を起こし、あたりを見渡した。どこにでもありそうな河川敷の野原。その上の道を散歩したり、ジョギングしたりしている人がいる。なんでもない日常的な光景だが、No nameはこの場所が一目見て気に入った。

─いつかここに十四郎さんと一緒に来たいなぁ…

「でもきっと誘っても、渋い顔するんだろうなぁ……その前に自分から誘う勇気なんかないけど…」

No nameの脳裏に土方の無愛想な顔が思い浮かんできた。
No nameは一つ小さなため息をついて、もう一度その場に寝転がり、空を仰いだ。
するとそんなNo nameの視界に突然、見覚えのある顔が覆いかぶさってきた。


「えっ!?」

「ほらね、これで俺の勝ちですねィ、土方さん」

「そ…総悟…っ!?どうして…っ!っていうか、今…土方って…!」

No nameが慌てて体を起こすと、沖田の隣に思いっきり顔をしかめた土方が立っていた。

「十…じゃなくて…ふ、副長!……どうしてここに…!」

「……。…総悟のくだらねェ賭けに付き合わされた」

「ま、その賭けはたった今俺の勝ちが確定したんで、約束通り今日はこのまま上がりまさァ」

「…好きにしろ」

そのまま帰ろうとする沖田に吐き捨てるように土方は言った。

「んじゃーお先に」

「…あっ!ちょっと…!総悟っ」

─このまま、十四郎さんとここに残されるの…なんとなくすごい気まずいんですけど…っ!

しかしNo nameの思いなど、まるで届いていないかのように沖田はまっすぐパトカーの方へ向って歩いて行った。

No nameは諦めて土方の方に視線を向けたが、土方はどうやら怒っているようでNo nameの方を見ようともしない。

「あのー…副長」

「……」

「…し、仕事さぼってたのは謝りますから…!機嫌直してもらえませんか?」

No nameが意を決してそう言うと、土方は諦めたようにため息をつき、尚も目線をそらしながら言った。

「…お前さァ」

「は…はい…!」

「俺と出掛けるの渋るくせに、総悟とは頻繁にどっか行ってるんだな」

「……はい…?」

土方の口から飛び出した言葉はNo nameを混乱させた。

「…あの…仰ってる意味が…」

「とぼけんな」

「え」

「…だったら、なんで俺が知らない場所をアイツが知ってんだ?」

「……」

「お前がこんな場所来てるっつーの、さっき総悟に聞くまで知らなかったけどな」

土方は怒ったようにそう言った。
そして、そんな土方の発言はNo nameにある考えを思い起こさせた。そしてその考えを助けるべく、No nameは土方に恐る恐る問いかけた。

「……副長」

「なんだよ」

「…もしかして妬いてるんですか?」

「……」

口を真一文字に閉じる土方を見て、No nameは質問したことを後悔していた。
しかし、しばらくして視線をNo nameの方に向けて土方は言った。

「…悪いか?」

「…あ、いえ…あの…」

あまりにもストレートにそう言った土方に、No nameは思わず顔を下に向けて続けて言った。

「それは誤解っていうか…ちょっと訂正させて頂きたいんですけど」

「……」

「…確かに、この場所は総悟と来ました…けど、オフじゃなくて、仕事で…」

「仕事ぉ!?」

土方のリアクションに驚いたNo nameはぱっと顔をあげた。

「…あ、はい…前のパトロールで総悟とタッグだった時に…。なんでも総悟が…たまに副長の目を盗んでここに昼寝しにくるとかで…ここを教えてもらったんですけど」

「それにしたって普通乗るか…?そんな話」

「私だって拒否したんですけどっ!総悟があんまりにも押してくるから…渋々。でもいざ来てみたら本当にいい場所で…だから…ご、ごめんなさい…」

No nameはもう一度頭を下げた。

「…次からそういうことあったらちゃんと俺に言え」

「はい……」

「あのヤロー…帰ったらたたき切ってやる…」

「…総悟に何か言われたんですか?」

「なんでもねェ」

“前に二人で出掛けた時にお気に入りの場所ってェの教えてもらったんでィ”

─あのヤロー…わざと俺を挑発するために嘘言いやがって…

土方は脳裏に沖田の生意気そうな顔が浮かんでいるのか、こぶしをきつく握りしめた。
そんな土方の背中にNo nameは言いにくそうに続けて言った。

「…あ、それから…もうひとつ訂正させてほしいんですけど」

「…まだ何かあんのか」

「…十四郎さんと出掛けるのを渋るのは…それだけ十四郎さんのことを意識しちゃうからで………」

無意識に、No nameは普段二人きりで話すときの口調に変わっていた。

「なんだよ」

「つまり…それは好きだから色々考えこんじゃって…緊張するっていうか……」

「……」

「総悟と話すんだったら何もないから…言葉も次から次へと出てきちゃうし…」

尚も何か言おうとするNo nameを今度は土方が遮った。

「…もういい」

「…でも」

「もういいっつってんだろ」

「……」

「…これ以上アイツの名前をお前の口から聞きたくねェ」

そう言うと土方は一息ついたように煙草に火をつけて一服し、あたりをも見渡して腰を下ろした。そして吹っ切れたように息を吐いて続けた。

「…まァでも、確かにいい場所だな。No nameが気に入るのも分かる」

「…隣、座ってもいい…?」

「あぁ」

二人はしばらく無言でそのまま座っていると、土方が呼びかけてきた。

「No name」

「何?」

No nameが土方の方を向くと、土方に唇を塞がれた。
No nameはあまりに突然のことでそのまま体が固まってしまった。

「な…っ」

「これくらいで挙動不審になるなよ」

No nameが尚も少し呆気にとられながらそう言うと土方は少し笑いながら言った。

「や…だって、あんまり…突然だったから」

No nameがそう言うと、土方はふっと真顔に戻って言った。

「…さっきは悪かったな」

「…えっ!?」

「…お前のことになると、どうもムキになっちまうんだよ……たとえあのバカ相手でも。…だから勝手に引き込まれた賭けとはいえ、こんなくだらねェことでも…お前のことでアイツに知られたっていうのが悔しくてしょうがなかったんだ」

「……!」

「…でもま、さっきの言葉聞いて安心したから。もうこんなバカみてェな愚痴、言わねェよ」

「十四郎さん……」

「…好きだ」

「…うん」




(…あ、でも…仕事サボるのだけはいただけねェな)
(ああああっ!ちょっと休んだら屯所に戻るつもりだったのに…っ)
(…まぁいいよ。巡回なんて他のやつらもやってる)
(え…でも)
(ま、その代わり書類整理はやってもらうけどな)
(…一番地味で面倒臭い仕事じゃない…それ…)
(ま、心配すんな。俺も手伝ってやるから)



【おしまい】





((2012.07.12))

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