短編

□小指、つなご
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「ヒョクチェいる?」

突然の私の訪問にリョウクも驚いたようだった。それに加えて私は今ちょっとだけ不機嫌だから、リョウクはどことなくそわそわしてる。


「はい、ココア。これでも飲んで落ち着いて?」
「ありがとリョウク。…なんかごめんね」
「いやいや、僕も心配だし」

リョウクは私が怒ったり落ち込んでたりするといつも暖かいココアを入れてくれる。ヒョクチェがいたら思いっきり怒鳴りつけてやろうと思ってきたけど、なんだかリョウクといたら怒りが治まってきちゃった。

「今日強心臓の撮影で…そろそろ戻ってくると思うよ」
「そっか」



今日はいつもより早く仕事が終わって、夕方に家に帰ってきた。それでいつものようにヒョクチェの情報を追ってたら、ヒョクチェが小指を怪我して5針縫ったなんて記事が目に入ってきて。
それも昨日って、私昨日もヒョクチェとメールも電話もしたよ?普通に元気そうだったし、そんな様子は全然無かったのに。
ヒョクチェが心配かけないように言わなかったのは分かるけど、やっぱり言ってくれないのは悲しいし気付けなかった私自身にも腹が立つ。それに彼女である私がファンの子より早く気付いて声をかけられなかったのが一番悔しいし恥ずかしい。
だから一言も言わずに宿舎まで来たけど、まだヒョクチェは帰ってきてなかった。



「ただいまー」

何て言ってやろうかなんて考えていたら、タイミングが良い事にヒョクチェが帰ってきたみたいだった。

「あ、ヒョン丁度良か、…水羽ヌナ?」

ちょっと意地悪してやろうとヒョクチェを出迎えようと立ち上がったリョウクの腕にしがみつく。


「ねー玄関のヒールってもしかして水羽来て…あ、水羽!…ってリョ、リョウギ!?それ俺の水羽だよ!?」
「ち、ちが、これはヌナが…」
「私ヒョクチェよりリョウクが好き!」
「「え、」」

そりゃ自分の彼女が他の男の腕にしがみついてたら驚かないはずがないわけで。更に私の一言で驚くどころか涙ぐみはじめてるヒョクチェの右手の小指にはやっぱり包帯が巻かれていて、少しだけ胸が痛んだ。

「何で、」
「いや嘘だよ。ヒョクチェが好きに決まってるじゃん」
「水羽…!」

そう言ってリョウクの腕から離れてヒョクチェに向かって両手を開くと、ヒョクチェはぱっと顔を輝かせてそこに飛び込んでこようとするものだからそれを軽く避けた。

「水羽?何で避けるの?」
「ヒョクチェ好きだよ。でも今のヒョクチェ嫌い」
「え、」
「何で私に言ってくれなかったの?5針も縫うくらい傷深かったんじゃないの?そんな大事な事も話せないくらい私って頼りない…?…っ、そんなヒョクチェ嫌だよ、」


嫌い。

最後にそう付け足すと、今までの不安感とか思ったより元気そうなヒョクチェへの安堵感とかが一気に溢れてきて、流すつもりじゃなかった涙が次々に溢れ出す。

「水羽ごめん、心配かけたくなくて」
「分かってるよ馬鹿…っ」
「ごめん」

申し訳無さそうに眉毛を下げたヒョクチェは、ふわりと私を抱きしめてくれた。
そのせいでもっと溢れてきた涙はしばらく止まらなくて、抱きしめながらよしよしと頭や背中を撫でてくれたヒョクチェの背中に私も腕を回してぎゅっと力を入れる。

「…もう痛くない?」
「うんもう大丈夫」
「縫うの怖かったでしょ」
「…全然。怖くないよそれくらい」
「本当に?…でも思ったより元気そうで良かった」
「でもまあ小指だから。…だからそんな心配しないで?そろそろ泣き止んでよ俺まで泣きそうだよ〜」

だってヒョクチェって針苦手じゃん。注射さえ怖いのに指を縫うって、相当怖かったんじゃないのかな。気付いてあげられなくてごめんね。



「…っ、」
「、ヒョクチェ?」
「っごめ、やっぱ怖かった」
「いいよ泣いても」
「水羽ー!」

よしよし、と今度は私がヒョクチェの頭を撫でてあげる。
ふふ、強がってたけどやっぱ怖かったんだね。ヒョクチェのこういうところ可愛い。好き。愛してる。

二人で涙を流しながら、お互い苦しくなるくらいぎゅって抱き合った。











小指、つなご

(怪我が治ったらね)





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