Shot・Shot

□だから何度でも
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静かにスライド式のドアを引くと、白が広がっていた。


もう見慣れてしまった白一色の部屋の中に、上条は足を踏み入れた。

開け放たれた窓からは夕焼けの茜色が垂れ込み、白を赤く染めている。


その部屋の中央に置かれているベッドに、彼女はいた。

点滴の管が巻きついている細い腕は病的なほどに色白く、柔らかな茶色い髪は伸びてシーツの上に広がっている。



御坂美琴。



かつて学園都市第三位の超電磁砲と呼ばれていた少女は、今は機械に囲まれて眠っていた。



ピッ、ピッ、ピッ



規則的な電子音が静かな部屋に響く。

美琴の脈拍を測る心電図を横目で覗いてから、上条は勝手知ったるように椅子を引っ張り出して座った。


ベッドの中で埋もれるように眠る美琴の美しい顔の半分は酸素マスクで覆われている。


浅い吐息の音は耳を澄まして聞かないと聞こえないほど小さくて。


彼女の息を聞き逃さぬよう、上条は瞼を閉じて聞き入る。

今聞ける美琴の声は、この小さく吐く息だけだった。



「……美琴」



上条は、呟くように、小さく彼女の名を口にする。

返事がないのを理解していながら。ただ美琴の吐息に耳を傾けた。











御坂美琴と呼ばれる少女が交通事故に遭ったのは半年前のことだ。




《第三位の超電磁砲》



無敵の電撃姫とすら呼ばれる彼女は、車が行き交う交差点で、信号無視の車に撥ねられた。



幼い小さな女の子を庇って。



否、正確には、





その女の子を庇おうとした、上条を庇って。





『……本当に、アンタってやつは』




最後に聞いた、呆れたような美琴の声。

とん、と上条の背を軽く押した小さな手から伝わるのは、その声とは正反対の優しい温もり。


苦笑が浮かんだその顔を視界の端で捕らえた後、彼女の身体は遠くに放られた。



放物線を描いて散る血液。

騒然となる現場。

泣き出す女の子。



上条は、座り込んだまま、動けなかった。


華奢な美琴の身体が地面に叩きつけられる瞬間が、何度も何度もリピートされる。


血溜まりの中に投げ出された細い手からは、あの温もりは消えかけていた。




上条は強く目を瞑る。

震える唇から紡がれる贖罪の言葉は、もう何度囁いたのだろう。






『どうして、助けて下さらなかったんですの』


病院に駆けつけた白井に、泣きながら責められた。

何も言えずにただ俯く上条の頬を、彼女は強く叩いた。


一緒に駆けつけたという初春や佐天は、しゃっくりを上げて泣き崩れた。




もう、目を覚ますことがないかもしれない。




そう、カエル顔の医者に告げられて。






ウソだろ。

手術を終えたばかりの医者に、上条は掴みかかるように、あるいは縋るように詰め寄った。



アンタに不可能はないんだろ。俺の身体だって何度も治してきたじゃないか。

だったら、美琴も救ってくれよ――――



カエル顔の医者は、悔しそうに唇を噛みながら、低い声で言った。




『すまない』







ウソだろ。


なあ、美琴―――――










『ねえ、当麻』




もう、あの笑顔を見せてくれないのか。















半年経っても、美琴は目覚めない。


上条は毎日病院に通った。

平日は学校が終わってから、休日は一日中美琴の病室にいた。


ただじっと、彼女の顔を見つめていた。



病室にずっといると、白井たちが見舞いに訪ねてくる。


最初は邪魔かと思い席を外していたが、佐天が大丈夫だと言ってくれてからは病室の隅にいることにした。


彼女たちは色々と美琴に話し掛ける。

その日の出来事、友人たちのこと、美味しいケーキがあるカフェのこと。


話題は尽きない。彼女たちは懸命に美琴に話し掛ける。


目を覚まさせると決意して。



お前は、こんなにも慕われてたんだな。


誰彼構わずケンカをふっかけたり、人のことを追い回してる、破天荒な少女。


上条の第一印象はそれだった。



しかし、実際は違った。


曲がったことが嫌いで、誰かが傷付くのが許せないから。


守るために、彼女は進んだ。


美琴は、強かった。





「美琴……」



そんなお前のことを、守れなかった俺は、何て弱いんだろう。


能力を無効化する右手があっても、なんの役にも立たないじゃないか。



「美琴…!」



伝えたいことだって、まだあるのに。

まだ全然言葉にしていないのに。


言いたいんだ。今、お前に。


そのためには、お前が目覚めないといけないんだ。




だから、何度でも、


俺はお前の名前を呼び続ける。




「美琴……美琴、み、」




そのとき。


握り締めていた彼女の手が、返すように小さく動いた。



「え……?」


「………に」



呆然と上条がその手を見つめていると、掠れた声が耳に入った。



「なに、情けない顔してんのよ…」



半年前は当たり前のように聞いていた、気の強そうな声。


ゆっくりと、首を動かして彼女の顔を見る。



今まで閉じられたまぶたが開いて、真っ直ぐに上条を見つめていた。




「当麻…!」




あぁ……


上条は涙を流しながら、愛しい愛しい彼女の身体を抱きしめた。








だから何度でも


(愛しいキミの、あの笑顔がみたい)


End
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