「Electro Rythm」

□episode6 予兆
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PM9:30 第七学区



暗くジメジメとした路地裏に、二つの人影があった。

一人は少年らしく、ジャージ姿だった。

まだ幼さの残る声で、もう一つの人影に言う。


「なあ…約束の金は持ってきたんだ。早く渡してくれよ」


焦れったそうに、少年は相手を睨む。

その相手は、やや呆れたような声を出した。


「分ーかってますって。そんなに焦らないでくださいよ」


その声は少女のもので、ガラスを指で弾いたように高く響くそれはソプラノを思わせる。

13歳くらいの少女だ。

少し長めのブロンドの髪は手入れが行き届いており、ふわふわとパーマが掛かっている。


少女は面倒くさそうに、ふう、とため息をつき、


「まったくもってメンドイですね。だから下っ端なんて嫌なんですよ」


ぶつくさと文句を言いながら、少女は腰につけているウエストポーチから一つのケースを取り出した。

シャープペンの芯ケースほどの大きさで、中には、白い粉末が詰まっていた。

少年の表情が歓喜のものに変わる。


「は、早く寄こせ!」

「おっと、まだ早いですぜ」


手を伸ばす少年に、少女は腕を高く上げてケースをヒラヒラと振る。

いじめっ子がおもちゃを取り上げたような格好をしながら、少女は言う。


「お、おい!」

「はーうるさいな。良いですか、これは忠告です」

「忠告…?」


少年は瞳を怪訝そうに目を瞬いた。その顔に不安げなものが過ぎる。


「コイツを服用する時は、少量にしといて下さい。少しです」

「しょ、少量って、どのくらいだよ?」

「んー、だいたい飴玉一個ぶんってところでしょうか」


少女の適当な答えに、少年は不満そうに口を曲げる。

少女はそれを気にする風でもなく、頭の上に掲げたそれを再びヒラヒラと振った。


「ほら、いらないんですか?早くしないと仕舞っちゃいますよ?金は返しませんけど」

「ふ、ふざけんな!いるに決まってんだろ!」


怒鳴りつけるようにそう言って、少女の掌に納まっているそれを奪い取る。

つまらなそうに息を吐いて、少女は少年に背を向けた。


「忠告は守ってくださいねー…って、聞いてねえか」


少女は振り返ることもせず、路地裏の向こうへと消える。

後ろでは、少年が嬉々とした表情でケースを握りしめていた。


「や、やった…!ついに手に入ったぞっ!」


小躍りでも始めてしまいそうな勢いで少年は喜びをかみ締める。



その時。



少年のいる反対側―――路地の入り口方面から、カツッと、足音が響いた。


「ちょっと、良いかしら」


静かで淡々とした口調だった。

それは少女の声で、先ほどの少女のものとはまた違う、低く澄んだアルト。


少年は怪訝そうに振り返り、

次の瞬間、



「ギャアアアアァァアアァアアッ!!?」




暗い路地に絶叫が反響した。








「ん?」


路地の奥へと進んでいた少女は、遠くで誰かの悲鳴を聞いたような気がして顔を上げた。

しかしそれはすぐに消えてなくなり、街の喧騒しか聞こえない。


「んー……」


少女は数瞬、悩んだ素振りを見せ、


「ま、いっか」


あっさりと結論を出し、少女は再び足を進める。

歩きながら、腰のウエストポーチを撫でるように指を這わせ、少女は薄い笑みを浮かべた。


「こんなものに命削るなんて…馬鹿げていますよねぇ、ホント」


先ほどの少年の表情を思い出し、少女はくつくつと笑う。



「さて。どんな結果が出るんでしょうね」



少女の姿は、やがて路地裏の闇へと同化した。
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